海猫
潮の匂いがするから、海が近いことが分かった。
砂利を多く含む砂浜は、裸足で歩くには向いてない。
堤防の丁度いい高さの岩に座り、海の浅瀬で足をチャプチャプ洗った。
砂利と共に、赤い血がほんのり流れてゆく。
風が強くて長い髪がバサバサ揺れる。
ズボンの裾を捲りながら、ぼんやり荒波になりゆく海を眺めていた。
海に沈む夕日は美しかった。
美しいと思うのが罪に思える程。
遠くにいる人々が、一人、また一人帰っていく。
体育座りしながら、刻が過ぎるのを待った。
いつまで待つのかは分からなかった。
足元で小さなカニがテクテク歩いて、足の甲を昇って横切っていく。
たまにペットボトルの蓋が風に煽られ転がる。
そうしている内に、喉が渇いていることも、お腹が空いていることも、財布の中身が十円玉と一円玉しかないことも、明日のことも、どうでもよくなっていった。
夕日はその身体を揺らしながら、空に綺麗なグラデーションを描いて、残光を散らして沈んでいった。
小石を拾って、遠く海に投げ捨てた。小石は空を舞うように軌道を描いて、やがて水面にポチャンと攫われていった。
随分長い時間ここにいたせいで、少し身体がベタついている。
気持ち悪い。
気持ち悪いと思えることが不思議だった。
上を見上げると星がチラついていた。
帰らなきゃ。
そう思うのに、身体が思うように動かない。
砂がどんどん靴の中に侵食して、帰りを遮っているみたい。
そもそも帰る場所なんてあったのだろうか。
ここが私の帰る場所だったらいいのに。
どんどん荒っぽくなる波を眺めながら、鼻水を啜った。
寒い。風も身体も心も。
そろそろと爪の甘皮を剥いて、歯を食いしばった。
体温を逃さないように身体を丸めた。
探さないでいいから。
見つからなくていいから。
生きていていいから。
誰か、地獄がここより地獄だと教えてくれ。
込み上げる、何度目かの激情が身体を駆け巡る。
月がやたらと眩しくて、波音さえ慰めにならない。そんな夜。
私だけが動けないまま、この浜辺に取り残されていた。




