卑怯とは言いませんよね?
先の大戦により多くの男性が戦死しました。
なので今、この国の男女比にはかなり偏りがあります。
未婚の女は概ねが婚活に苦労するこのご時世、成人した下級貴族の次女や三女がとれる道は大体三つしかありません。
即ち、高位貴族の妾になるか、裕福な平民に嫁ぐか、女騎士として身を立てるかです。
え?ただでさえ男女間では体格や体力に差があるのに、なんで貴族令嬢が騎士に……ですか。
そうですよね、魔法でもあれば違うのでしょうが、あいにくそんな便利なものはありません。私がいくら鍛えても、叩き上げの精鋭男性騎士には絶対に勝てないと思います。
でも幼い頃から鍛えて技術を身につければ貴族令嬢だってその辺の男性よりは遥かに強くなれますし、平民の方よりも良いもの食べて育っている分、体格も結構良かったりするんですよ。
そして、貴族出身の女騎士には正規軍とは違う特殊部隊として一定の需要があるのです。だから昔は強い平民を養女にし、教育を施して女騎士にしたりもしていました。
その任務とは『王妃様や王女様の護衛』です。
だって浴場や寝室に男性は入れませんし、男子禁制の儀式やパーティーでは、相応の教養やマナーや身分が必要になる場面もありますから。
実家としても、名誉な事だし王族と顔をつなげるし国から給金も出るし……ということで、本人に適性があれば女騎士は貴族令嬢の進路として有望な選択肢に入ってくるんですね。
また騎士団は基本男所帯なので職場恋愛があったり、女騎士という肩書きが婚活市場でプラスに働いたりもします。
そんなわけで少ない枠の取り合いになるくらいには人気の進路。私も女騎士を希望して長年訓練をしてきました。そしてこの度、王女様の護衛を務めるベテラン女騎士様が一人引退する事になって枠が一つ空くことに。
というわけで現在、王女様の新しい護衛騎士を決める、御前拳闘試合の決勝戦真っ最中です。武器を持たず護衛する場面が一番危険だから、ステゴロの強さが重要というわけですね。
そして私ことアリアの拳に残るのは、対戦相手であるゾフィ様の側頭部を捉えた確かな感触。
「ゾフィ、ダウン。アリアは開始線に戻って。」
グローブとヘッドギア越しにですがかなり効いたようで、無事二度目のスタンディングダウンを審判が宣言しました。この試合は相手を戦闘不能にするかスリーダウンを奪えば勝ちなので、あと一度のダウンを奪えば勝利です。
今回の御前試合は四人のワンデイトーナメント。そして優勝者が騎士になれます。初戦で消耗した私と、初戦の相手が急な体調不良で棄権し元気一杯のゾフィ様の決勝戦でしたが、割と私が一方的に攻める展開になっています。
というか、事前に情報収集していた通りゾフィ様ってそこまで強くないですね。戦いながらこうやって考え事ができてしまう位には差があります。弱いとは言わないけれど、これなら初戦で戦ったアイシャ様の方がずっと強かった。
……いや、慢心はいけませんね。まだ試合中です、逆転されないように集中しなくては。
「アリア危ない!後ろ!」
「え?」
そこで私の意識は途切れました。
***
「ここは……医務室?」
気がついたらベッドの上にいました。
どう言う事でしょうか、混乱します。
あと、頭と首痛っ!
「気がついたか」
「ジョージ様!?」
そして、声をかけてきた相手の顔をみてさらに驚きました。獅子のような金髪と鷹のような碧眼を持つこの方のお名前はジョージ・マクラウド様。
第三王子であり、騎士団の総帥。私が女騎士になれた場合、上官の上官のそのまた上官となる人にもなります。
「まず、君には謝らなければならない。今回の試合の責任者は私だが、ルールに穴があった」
そこでジョージ様が言ったのは、スリーダウンか戦闘不能で決着としていたけれど、反則に対する罰則に不備があったとの事。
ジョージ様は反則の程度によって1〜3ダウンのペナルティを設定していました。ゾフィ様の背後からの不意打ちは3ダウン相当の悪質なものでしたが、同時に私も失神して戦闘不能になりそこを捌くルールがなかったそうです。
真摯に謝っておられますが、まあ御前試合で悪質な反則ってなかなか想定しにくいですもんね。ジョージ様って騎士道を重んじる正統派って感じですし。
勿論、これがスポーツならば私の勝ちでしょう。しかしゾフィ様は、これは護衛騎士を決めるための試合だからと主張したそうです。
つまり、油断して相手に背を向け不慮の事態に対応できなかった者と、相手を行動不能にし生殺与奪の権を握った者のどちらが護衛に相応しいか。
そして王女様の生命を狙う卑劣な刺客との実戦を想定するなら反則技を積極的に使うくらいの心持ちが必要だ、という理屈だそうです。
「あー、成程」
「……怒らないのか?」
「彼女の言う事にも一理あるなって」
勿論、悔しさも言い分もあります。が、それはそれとして私にも未熟な所があったのは事実。貴族社会だって厄介な政敵には時に一服盛るし、不意打ちだってしますもんね。いい勉強になりました。
「試合はゾフィ様の勝ちですか」
「いや、違う」
ジョージ様は私の勝ちを主張してくれたとのこと。しかし、どちらの勝ちにするか王族間で意見が割れたらしく、国王様の鶴の一声で再試合が決まったそうです。
「しかしまあなんというか、君は自分に厳しいのだな」
「甘さがあったのは確かですから」
なお、再試合はより実戦的にするため、今回の参加者四人によるバトルロイヤル形式になったとのこと。
ありがたいです。今回学んだことを、早速活かせる場ができました。
***
その日から一週間後。
今、私がいるのは断絶された古い貴族の館。
バトルロイヤルの会場です。
今回、ルールは三つだけ。
凶器の使用と殺人は一発アウト。
参加者はドレス姿で会場入り。
相手の胸にあるブローチを全て集めて正門にいる審判に渡した者の勝ち。
なんとまあシンプルな。でもまあ、不慮の事態への対応が求められる王女様の護衛を決めるには妥当な条件かもしれません。むしろ、武器使用と殺人を禁じていることにジョージ様の温かな配慮を感じます。
とか思っていたら、早速気配が二つ、こちらに向かってきました。正面からくるようです。
「ごきけんよう、アリアさん」
「あらこれはご丁寧に。ごきげんよう、ゾフィさまと……ノルン様も」
ゾフィ様の隣にいるノルン様は、前回急な体調不良で棄権されていた方ですね。
「お二人は手を組まれたのですね」
「卑怯、とは言わないわよね。だって、共闘は禁じられていないもの」
勝ち誇った笑みのゾフィさま。まあそうですよね、ノルン様は強いと評判のお方ですし二対一なら私の勝ち目は非常に薄いですから。
でも、二対一じゃないんですよねこれが。
ドゴォ!
物陰から飛び出した人物のドロップキックが炸裂し、ゾフィ様はふっとばされました。
「勿論です。だって……」
「共闘は禁じられていないからな」
おっと、台詞をとられてしまいました。
声の主は準決勝で戦ったアイシャ様です。
「うぐぐ、アナタ達も手を組んでたってわけね……いいわ、二対二でやってやるわよ。」
不意打ちで結構なダメージが入ったはずですが、ゾフィ様の闘志は衰えません。策を弄するだけでなく、きちんと根性もあります。
前後を挟む様に二手に分かれた私達に、ゾフィ様達は互いの死角をカバーする背中合わせのポジションをとりました。
「ノルンさん、アリアさんをお願い。その間、私がアイシャさんを抑えるわ。」
「おっけー、背中は任せて⭐︎」
言いながら、ノルン様は背後からゾフィ様に不意打ち。バゴン!と鈍い音がしてゾフィ様は床に倒れ伏しました。
「ごめんなさい。実はこれ、初めから三対一だったんですよ。でも卑怯とは……あら、残念。失神してますね。」
せっかく意趣返しの台詞を用意していましたのに。
「えっと、これで三人残ったわけですが……お二人とも本当に私に勝ちを譲って良いのですか?」
「ああ、私は前回の負けに納得している」
「貴女には、前回この女の陣営が私に一服盛っていたと教えて貰った恩があるから。お陰で借りが返せたわ。」
言いながら、自分のブローチを渡してくる清々しいお二人。ではお言葉に甘えて今回は有り難く優勝を頂戴しますね。
***
「……なんて事がありましたねぇ」
「あったなあ」
「あれから五年かあ」
「あの時は酷い目にあったわ」
今、私達がいるのは女騎士の住む営舎。
久しぶりに全員の休みが合う休日で、同僚であるアイシャとノルンにゾフィも交えた四人でお茶をしながらだべっています。
ちなみに、ゾフィは女騎士ではなく外交官になって活躍中。戦闘力は低いけど弁が立って度胸がある彼女にはそちらが天職だったみたいですね。
「そういえばアリア。何故あの時、私がノルンに一服盛ってたことに気づいたのよ」
あー、今更それ聞いちゃいます?
まあ答え合わせって大切ですもんね。
「そんなの、元々私もノルンに同じ薬を一服盛ろうとしていたからにきまってるじゃないですか。事前に集めた情報によると四人の中で最強はノルンでしたもの。」
三人が同時に紅茶を吹き出しました。
「お前、そんな事企んでたんだな……」
「症状まで言い当てたのにはそんな理由が……」
あれ?もしかして全員、ずっと気づいてなかったんですか。ピュアだった昔ならともかく、女騎士としてやさぐ……経験を積んだ今ならとっくに皆勘づいているものとばかり……
ま、まあ昔の話ですし。ゾフィが先に一服盛ってたから私のは未遂に終わりましたし、ノーサイドという事で。
「まあいいや。しかし、そろそろ結婚したいな」
「ほんとそれ、どこかに良縁がないかしら」
「別に生涯独身でもいいけど、彼氏は欲しい」
三人も別に引きずっていない様で、話は貴族令嬢らしい恋バナに話がうつりました……冗談めかした口調ながら、一部本気を感じます。
まあここにいる四人、全員未婚で結構いい歳になってますからね。
「なあ、アリアもそう思うだろ」
「あー……そうですかねぇ。そうかも」
あははと、言葉を濁しながら内心で冷や汗をかきます。だって私、内々で第三王子のジョージ様と縁談が進んでいるんですもの。
なんでも、ジョージ様もそろそろ結婚しないとって年齢で、かつ王位継承が近い兄王子を刺激しない様に家格の低い娘を探していたらしいんですよ。
それでほら、ノルンとアイシャは王妃様の護衛だけど、私って王女様の護衛じゃないですか。王女様が私の事を気にいったらしく沢山ステマして下さって、しかもジョージ様本人も過日のアレコレから私に好印象を持っていたそうで……
「なによアンタ、歯切れが悪いわね」
これ、まだオフレコなので……
「アリアは騎士としては私達の中で一番の出世頭だけど、恋愛は四人の中で一番奥手だもんな」
親友達にも秘密にしないといけないのが心苦しいのですが、固く口止めされているから……だからまあ、私が突然お先に失礼しても貴女たち
卑怯とはいいませんよね?




