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ロボット・ママ

 彼女は天才と称される優秀なロボット工学のエンジニアだった。ロボット開発大手のとある企業で主任を務めており、家庭用ロボットの開発に意欲的に取り組んでいた。斬新で独創的な設計理念を信条とする彼女は、秘匿性を気にしてか、開発途中のそのロボットを自宅に置き、自ら実験を繰り返していたのだそうだ。

 ――がしかし、ある時、そんな彼女が重い病気に罹ってしまった。

 彼女に頼り切っていたその家庭用ロボット開発プロジェクトはそれで頓挫してしまった。あまりに彼女に任せきりだったからか、会社は彼女の自宅のロボットを回収しなかった。そして、そのまま彼女は死んでしまった。

 彼女には子供がいた。男の子だ。その子はまだ幼く、その自分の母親の死さえ理解できなかったのだそうだ。

 ――否、受け止めたくなかっただけなのかもしれない。

 そして、だからなのか、母親が死んだ後、その子は相変わらずに自宅で稼働し家事などをし続けていたロボットを「ママ」と呼ぶようになってしまったのだそうだ。そして、ママと呼ばれたからなのか、そのロボットはまるで男の子の母親のように振舞い始めた……

 

 「まったく、可哀想な話だよな」

 と、X谷が行った。Y田は笑って返す。

 「いや、お前が言うなよ」

 近くにはZ村がいて無言でそれを聞いていた。

 今、彼らはその話の男の子をワゴン車に乗せて運転していた。いつの間にか眠っている。男の子の隣には件のロボットが座っていた。

 ヒューマノイド。丸みを帯びたデザインは親しみやすさを覚える。スキンも柔らかく作られており、温かみも感じる。家庭用として遜色ない設計、造形をしていた。

 彼らを警戒しているのか、ロボットは絶えず彼らを観察しているようだった。そのワゴン車は近くにあるZ村の工房を目指していた。

 そこにはロボットに強制的にアクセスし、プログラミングをいじれるキットが揃っているのである。

 このロボットは誰の物でもない。否、正確には会社の所有物なのかもしれないが、ほぼ所有権は放棄されている。無期限、無条件で既に死去により会社を退職扱いになっている女性の家に貸与されている状態なのだ。

 だから、彼らはこう考えた。

 ――盗んでしまっても、バレないのじゃないか?

 きっと犯罪にはなるのだろう。しかし、恐らく盗難届は出されない。ロボットは父親の所有物ではなく、会社は無関心だ。

 そして、開発途中であるこのロボットには希少価値があった。どのような性能を持っているかは不明だが、マニアや研究者なら高額を支払って買い取るだろう。

 だから、彼らは男の子が「ママ」と呼ぶこのロボットを盗む計画を立てたのだった。

 

 工房に付いても、男の子はワゴン車の中で寝たままだった。都合が良いので寝かせたままにしておいたのだが、ロボットが子供の傍を離れようとしない。そこで彼らは男の子を抱きかかえて運び、工房のソファに寝かせた。すると思った通り、ロボットも付いて来た。忠誠心が高い。もっとも、プログラミングされている通りに動いているだけなのだろうが。

 眠っている男の子を見守るロボットの背後から、エンジニアでもあるZ村がプラグを差し込み、強制的にアクセスすると、呆気なくクラッキングに成功した。開発途中でまだセキュリティシステムが甘いのかもしれない。

 「さて」

 舌なめずりをすると、ロボットに接続されたディスプレイを見ながら彼はキーボードを叩き始めた。パソコンのディスクの投入口が開くと、彼はそこに人格データが入ったCDを投入した。

 「これでこのロボットの人格を上書きするぞ。ご主人様の命令なら何でも聞く召使になる。もちろん、取り敢えずはマスターは俺らにしてある」

 ディスプレイでは、目まぐるしくログが流れ、その作業が正常に進んでいる事を示していた。

 X谷が笑う。

 「いやぁ、あの子に悪い事をしちゃったな。ママがいなくなっちゃったよ」

 Y田が呆れた。

 「本当にお前、酷い奴だな」

 やがてしばらく時が流れ、ロボットの人格プログラミングの上書きが終わった。これでこのロボットは彼らの忠実な下僕になったはずだった。

 再起動を行う。電源が一度切れ、稼働始めた。すると周囲を見回し、ロボットはこう言う。

 「おはようございます。マスター。何か御用はおありでしょうか?」

 「おほー」とそれを聞いて、X谷は喜びの声を上げる。

 「いい感じだね。取り敢えず、性能チェックしようか。リビングに行かせようぜ」

 それを聞いて、ロボットは前に進み始めた。リビングを目指しているようだ。が、そのタイミングだった。

 「どこにいくの、ママ?」

 そんな声が聞こえたのだ。見ると、男の子がいつの間にか目を覚ましていた。声を無視してロボットは進む。

 「ママ?」

 と、男の子は首を傾げる。そして、ロボットの後を追って来た。それをX谷が止める。

 「おーっと、ストップだよ、坊や。もうこのロボットは君のママじゃないんだ。俺らの召使になっちゃったの。後で家の近くまで車で送ってやるから、今はソファで大人しくしていな」

 しかし、構わず男の子は「ママ、どこにいくの?」と問いかけ続ける。ロボットは自分の事を言われたと認識したのか後ろを振り返ろうとした。それをZ村が止める。

 「聞く必要はない。あの子の発言は無視しろ。前に進め」

 ロボットは頷くと、前に進み始めた。しかし、そこで再び男の子が声を上げた。

 「どこにいくの?」

 ロボットが止まる。Z村が言った。

 「気にするな。進め」

 前に進む。

 自分を無視して何処かへ行ってしまおうとするロボットを見て、不安が臨界点を超えたのか、男の子は大きな声を上げた。

 「どこにいくの? ママ―! お願い、どこにもいかないで!」

 或いは、自分の母親が死んでしまった時の記憶が蘇っているのかもしれない。

 その時だった。

 突然、ロボットは歩みを止めたのだ。しかも、ガクンとした動きで明らかに異様だった。そして、次の瞬間、ロボットはアラーム音を発し始めたのだった。

 「深刻なエラーを検知しました。現在の人格プログラミングと過去の記録との間に、著しい乖離が存在します」

 「は?」とそれを聞いてX谷。

 「過去の記録は消しておかなかったのか?」

 Z村が返す。

 「消せなかったんだよ。機能と結び付いているから、下手に消せば歩くこともできなくなるぞ。

 だが、安心しろ。人格プログラミングの方が優先のはずだ。そのうちにちゃんと動き始め……」

 が、そう彼が言いかけている途中で、ロボットはこのような事を言ったのだった。

 「過去の記録を“正”として、バックアップから、人格プログラミングの修正を行います」

 「はあ?」と、それにX谷。

 「冗談じゃない! 電源を落とすぞ」

 「バカ! やめろ! 下手すれば障害が残るぞ?」

 Z村はそう叫んだが、X谷は無視をして電源を強制的に落とした。一瞬、肩を落とすようにロボットは項垂れる。

 「ママ!」

 男の子が叫んだ。

 一呼吸の間の後、ロボットは再び稼働を始めた。X谷は唖然となった。

 「ちょっと待て。なんで勝手に再起動してるんだ?」

 信じられないといった表情でZ村が言う。

 「まさか、電源が完全に切られる前に、自分で勝手に再起動に切り替えたのか?」

 そんな馬鹿なとでも良いたげだった。やがてロボットは完全に再起動を終える。人格プログラミングの修正は既に終わっているらしく、男の子の方を振り返る。

 その時、黙ってその光景を見つめていたY田が呆然とした様子で言った。

 「嘘だ……」

 ロボットは男の子に駆け寄ると、優しく抱きかかえた。そして、そのまま外へ逃げていく。

 「おい! 捕まえろ! このまま逃がして堪るか!」

 が、それをZ村が止める。

 「いや、暴力は止めておいた方が良い」

 「なんでだよ? 相手はロボットだぞ? 人間には手を出せない」

 「さっき見てただろう? こいつ、自分のプログラミングを自分で書き換えたんだぞ? 人間への攻撃だってできるようにしてあるかもしれない」

 ロボットが本気で抵抗して来たら、人間ではまず勝ち目がない。無傷で捕えなくてはならないとすれば尚更だ。

 「くそ!」と、X谷。

 「どうせなら、過去の記録も消しちまえば良かったんだよ」

 それを聞いて、Y田が呟くように言った。

 「……いや、それでもダメかもしれない」

 「は? なんでだよ?」

 「“子育て幽霊”って知っているか? 幽霊になった母親が、自分の子供を育てる話だよ」

 「それがどうかしたのか?」

 たっぷりとした間を置いて、Y田は答える。

 「……俺、見たんだよ。さっき、あのロボットが一瞬、女の姿になった…… いや、錯覚かもしれないんだが……

 でもよ。そもそもどうしてあの子は、あのロボットを“ママ”って呼び始めたんだ? それにどうしてあのロボットはそれを受け入れて母親の役割を始めたんだ?」

 X谷はそれに呆れた。

 「つまり、何か? 幽霊になった母親がロボットに取り憑いて子育てをしているって言いたいのか? お前は?」

 Y田が何かを返す前に、Z村が言った。

 「それはさすがにないと思うけどな。でも、天才エンジニアだった母親が、何かをあのロボットに残したって線はあるかもしれないな。そして、だとすれば……」

 Y田が続ける。

 「盗むのにはリスクがあるって事か…… 盗難対策をしているかもしれないから」

 Y田とZ村はX谷を見つめた。その視線を受けて、X谷は溜息を漏らす。そして、吐き出すように言った。

 「ああ、分かったよ。あのロボットは諦めるよ! そもそも、ちょっと目覚めが悪いとは思ってたんだ、小さな子から母親を奪うのは」

 

 なんとなく、彼らは自分の母親を思い出していた。


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