30話 決勝
歓声が沸き、部屋に響きわたる。
声が轟き、地が唸る。
その熱量は、二人の男に向けられていた。
「行ってこい、龍一」
総一郎に背を押され、龍一が前に出る。
廊下の影を超え、光の下へ。
より、歓声が沸いた。
「頑張れよ〜龍一!」
「ファイトー!」
龍一が歩いていく横で、声をかけられ続けている。
龍一は下を見て、そのまま歩いていく。
やがて、視界に青い土台が映った。
龍一が顔を上げる。
リングのロープに手をかけ、飛び上がってリングに乗る。
リングには龍一の他に、王宣が立っていた。
「王宣さん、よろしくお願いします」
「はい。審判として、役割を果たします」
龍一が前に目を向ける。
「しっかし、見送りが俺だけとはね」
智がため息をつく。
「いいよ。一人居れば」
響十が笑った。
「俺も龍一のとこ行ってやりてぇが、一人は流石にな」
「良かったな。勝つ人間の方に居れて」
響十はそう言って、歩いていった。
「あぁ、全くだ」
響十が歩いて行くと、再び声が上がる。
「頑張ってー!」
「大人の意地見せろー!」
響十がリングに上がった。
「…霞原龍一、身長百七十九センチ、体重八十二キロ。時牧戦録、十四勝無敗」」
龍一が息を吐く。
「鋼山響十、身長百八十二センチ、体重八十八キロ。時牧戦録十七勝無敗」
響十が息を吸う。
「では…」
二人が見合った。
「始め!」
決勝戦が始まる。
龍一が飛び出した。
響十の目の前で、左足を出す。
響十が胸の辺りをカバーする。
しかし、龍一の左足は床を叩いた。
龍一の左足は、ストッパーだったのである。
止まったが、上半身には勢いがついている。
その勢いで、右の拳を繰り出した。
響十がすぐに、自分の顔へ手を伸ばす。
右手が、響十の顔の前に出た。
それごと、殴り抜けられる。
響十が鼻から血を吹き、後ろへ数歩下がった。
おぼつく足で、踏みとどまる。
龍一が近づき、右足を振り上げる。
響十の頬へ、足が迫っていく。
響十が後ろへ一歩下がり、すれすれで避けた。
そして下がった瞬間、右足を低く上げ、龍一の左太ももに足の甲を打ち込む。
龍一の顔が一瞬ゆがみ、右足を素早く地面に戻して、後ろへ下がっていった。
しかし、響十は龍一に追っていく。
響十が右のジャブを放つ。
龍一は左足を軸に、後ろへ回転して避ける。
そのまま前へ回転し、右拳を響十の腹へ打ち込んだ。
「っ…」
響十が浅く息を吸い、後ろへ飛び下がる。
龍一も同様に飛び下がる。
二人が距離を取り、相手の出方をうかがっていた。
今度は、響十から進み出た。
それに呼応し、龍一も飛び出す。
響十が右足で、床を蹴った。
右足の甲が、龍一の側頭部へ迫る。
だが、当たる直前、龍一は屈んで避けた。
そして、立ち上がる勢いのまま、右拳を振り上げる。
拳の先端が、響十の顎に触れる。
響十の顎が、天を向いた。
脳へ、衝撃が響き渡る。
響十の視界に、揺らぐ照明が映った。
その瞬間、視界よりも更に下方向から、痛みが走る。
右の太ももが、赤くなっている。
龍一が、左ローを放っていたのだ。
響十が前のめりになっていく。
龍一が半歩、下がった。
しかし、響十はただ倒れていっているわけではなかった。
肩が腰よりも低くなった時、倒れ行くスピード化急加速した。
両手を地面につけ、両足で地面を蹴る。
響十の右踵が、龍一の顔へ迫った。
龍一は咄嗟に、両腕で顔面をカバーする。
響十の思い描いた場所に、両腕を重ねて直撃した。
龍一が、腰を後ろに曲げ下がっていく。
響十は蹴りの勢いのまま、足を地につけ、立ち上がった。
今度は、響十は攻めてこなかった。
それは、龍一に取っていいことなのか、悪いことなのか。
攻めて来なくてよかったなのか、相手が学んでしまったなのか。
だが、今攻めてこられても、反撃はできなかっただろう。
龍一は、良いと捉えた。
心を落ち着かせ、呼吸を整え、構え、ステップを踏む。
響十も、構えた。
二人がステップを踏みながら、相手を睨みあっている。
そして、龍一が飛び出した。
右ジャブ。
響十が下がる。
それも想定内。
右ジャブをブラフに、左カーフを放っていた。
響十の右手が、龍一の左手首を軽く打つ。
左カーフが、響十の頭の後ろへ逸れた。
今度は、響十が右ジャブを放って来た。
光のように飛び出し、龍一の顔を叩く。
龍一は目を瞑り、ジャブに当たってしまった。
その龍一の顎へ、響十の左アッパー。
先ほどと真逆。
龍一がアッパーを食らい、視界を歪ませていた。
しかし、違うところがある。
それは、反撃ができないという点である。
響十の右拳が、龍一の腹にめり込んだ。
「はっ…」
唾を吐き出し、龍一が腹を押させながら数歩下がっていく。
響十はそれを見ながら、再び構える。
龍一が唾を飲み込み、顔を上げる。
響十がステップを踏んで待っていた。
その時、龍一は悟った。
普通に戦って、勝てる相手ではない。
なら、自分の土俵へ持ち込む。
龍一の土俵は、素早い機転。
龍一が歯を食いしばり、踏み出した。
全力で、右拳を振りかぶる。
響十はそれを、左手で払った。
龍一の体制が崩れる。
ブラフも何もない、全力のパンチだった。
だから、体勢が崩れた。
響十が龍一の後ろへまわる。
その瞬間、龍一の右足が後ろに下がり、強く地面を踏みしめた。
左拳。
全力で振りかぶった。
響十の顔面へ、深く打ち込まれる。
ガァン。
強い音が鳴り響く。
響十の体制が、後ろへ崩れゆく。
踏みとどまった。
対して、龍一は振りかぶった勢いで、左足が浮いている。
ならばと、さらに勢いをつけて左足を前に出し、地面に打ち付けた。
龍一の右腕が、後ろへ全力で伸びている。
全力の、大きく振りかぶった右アッパー。
響十の腹を打ちあげた。
「がばっ」
赤色が混じる唾を吐く。
そして、流れるように左拳を打ち出す。
響十は右に避けた。
それと同時に、左足で龍一の腹を突く。
「ッ…」
腹筋の奥深くに突き刺さる。
だが、音を上げない。
歯をさらに強く噛み締め、踏みとどまる。
再び大きく振りかぶって、右アッパーを放った。
それも、響十は後ろに避ける。
もう一度、龍一は左腕を振りかぶる。
響十が警戒し、防御の体制を取った。
しかし、今度は違った。
左腕は龍一のちょうど真上で止まり、逆に龍一の右拳が真っすぐ響十の腹へ放たれる。
軽く、そして深く、腹の奥を殴った。
「くっ…」
響十の目が細くなる。
眉間にしわを寄せ、歯を噛み締めていた。
龍一が、少し体を起こす。
これこそ、龍一の土俵。
防御するなら、守られないところへ素早く。
防御をしないなら、全力の拳を。
そして、例えば攻めてきたら。
響十が左肘を振り上げ、龍一の肩甲骨に振り下ろす。
その左肘の内側へ、龍一の右手が触れた。
肘が、龍一の右耳をかすめる。
もしも攻めてきたら、流す。
右手は肘を掴んだまま、左拳で響十の顔面へ殴り掛かる。
今度は下から、拳がカーブを描きながら、響十の顎へ迫る。
響十が右手で拳を掴む。
龍一は肘を離し、拳も振りほどいた。
すると、響十の右足が龍一の脇腹へ迫ってきた。
爪先が、龍一の脇腹に触れる。
その時、龍一の体が右方向に一回転した。
回し受け。
龍一が左足を滑らせ、回転を止めた。
「ほぅ…」
響十が驚いたように、龍一を見つめる。
「まさかあんなに軽いとはな」
「蹴れてないようなもんですから」
「…そうか」
響十が踏み出す。
右足を、龍一の顔面へ向かって突き出した。
龍一は後ろに下がって避ける。
(やはりな、正面からの攻撃には回転できない)
響十が攻め続ける。
突き出した攻撃ばかりを放ち続け、龍一がどんどん下がっていく。
いずれ、リング端にたどり着いた。
ここ。
絶好のタイミング。
右中段蹴り。
爪先がピンと伸び、龍一の胸へ迫る。
ドン。
内臓へ響くような、そんな音。
突き刺さった。
爪先が、奥深くへ。
「っかは…」
呼吸のリズムが、狂っているようだ。
龍一が蹴られた部位を抑えている。
しかし、うずくまったりはしていない。
多少、前のめりになっている程度だった。
その時、龍一が顔を上げた。
笑っている。
龍一の両手が、響十の両胸に触れた。
完全に、予想外の使い方。
龍一が狂うような息を、大きく吸った。
百血飛乱。
胸に、打ち込まれる。
肋骨が、軋む音を立てる。
腕へ打ち込むのとは違うため、肋骨を砕くことはできない。
だが、それでもよかった。
響十が後ろに下がっていく。
龍一は、後ろにあるリングロープへ体を預ける。
響十は相当威力が強かったのか、どんどん下がっていく。
しかし、いきなり踏みとどまった。
響十の脚力は、常人の息をはるかに越している。
(やばっ…)
龍一が冷や汗を流す。
響十が駆け出した。
体を預けている龍一に、素早く迫ってくる。
そして、龍一の目の前で左足で踏みとどまり、右足を振り上げた。
高く、突き出す。
龍一の顔面に、右足が打ち込まれる。
血が舞い上がった。
龍一が前のめりに倒れこんでいく。
それを見た瞬間、響十が右足を左足より後ろに回し、中国拳法のような構えを取った。
前のめりに倒れこむ龍一の顔面へ向かって、もう一度右足を放つ。
当たった。
今度は、後ろに向かって龍一の体が傾いた。
龍一が白目をむいている。
響十が右足を戻し、通常の立ち姿へと戻る。
王宣が駆け寄ろうとした。
龍一が再び、前のめりになっていく。
はずだった。
龍一が顔を急にあげ、歯を見せて笑った。
王宣が踏みとどまる。
響十も驚いている。
両腕がロープにかかっている。
それを支えに、飛び上がった。
響十の胸へ、ドロップキックが放たれる。
「ぐっ…!」
(楽しいよ、響十さん)
響十が先ほどよりも速く、後ろへ下がっていく。
すぐに、龍一と距離ができた。
響十がようやく踏みとどまる。
その頃、響十と龍一との距離。
約四メートル。
(これぐらいでいい。これぐらいがいい!)
龍一が両腕をロープから離し、飛びのいてロープに飛び乗った。
一メートル近く、ロープが伸びている。
その反動は、凄まじかった。
龍一が高く飛びあがった。
響十が上を見上げる。
総一郎が、静かに見守っている。
静かな夜だ。
深夜十一時である。
暗い公園で、男は座っている。
霞原龍一。
男の名である。
両親が死んだ上、何の説明もなしに家を追い出されてしまった。
恐らく、両親を殺したところが、家も抑えていたのだろう。
つまり、住む場所がない。
祖父母の家は遠い。
警察に行こうにも、相手が組なのは知っている。
警察させ手玉に取っていても、おかしくはない。
幼い頭では、それを確認する精神力はない。
ベンチの上で、両足を乗せて座っている。
「寒い…」
季節は、冬に差し掛かったところだった。
「だろうな」
横から声がした。
そちらを向くと、不良のような男が立っている。
赤髪で、煙草を咥えている。
「しっかし、なんでこんなところなんだよ。もっといい場所あるだろ」
言いながら、男がベンチに座った。
「誰ですか」
龍一は落ち着いて聞いた。
「あんたのオヤジはいいとこに努めてたんだな。俺まで情報が来るなんて」
男が胸ポケットから名刺を取り出し、二本指で挟みながら、龍一に見せた。
「会長…」
「まぁな。桐野総一郎だ。よろしく」
総一郎が名刺をしまい、手を差し出した。
龍一は手を見つめ、質問を続けた。
「何しに来た」
「あんたのオヤジ、霞原朗一の上司さんがな、俺の古い友人でね。部下の子供が困ってるっつうもんだから、来てやったんだよ」
「…はぁ」
龍一は困惑しながら答える。
「助けてやんだよ、感謝しろよ」
龍一が、総一郎を睨む。
「…信じろよ、人をさ」
総一郎が気だるそうに言う。
龍一が、総一郎の手を握った。
「…行くぞ。家に」
総一郎が龍一の手を引っ張って立ち上がると、公園前の車のライトが光った。
「育ててやるよ」
龍一は、総一郎へついて行った。
龍一が空中で、二回転した。
「やれ」
通常より多く、速く、高く、放つ技。
回天落とし・改。
智が笑った。
「見せてみろよ、響十」
右足が、響十の頭頂部へ落下した。
鋭く、大きな音が鳴り響いた。
龍一の右足が、響十の頭頂部へ触れている。
右腕越しに。
響十の右腕が、龍一の足と頭の間に挟まっている。
龍一が、落ちていく。
体を捻り、龍一が着地した。
だが、出来ない。
ガクッと、右の方向へ沈んだ。
右足が壊れている。
倒れ行く。
その側頭部に、響十の左足が迫った。
片方の衝撃の次、もう片方の衝撃が走った。
遠い声だった。
「勝負あり!」
次には、何も聞こえなくなっていた。
「ん、起きたか」
龍一が目を開けると、数人の影が見えた。
総一郎、聖一、凛太、智、勇。
「負けた…?」
龍一が静かに呟いた。
「まぁな、負けた。しっかりと」
総一郎が椅子に座ったまま、煙草を吹かす。
「まぁでも、良かったじゃない。決勝だよ?」
聖一が明るく言う。
「そうそう!俺たちより上っつったらなぁ!」
凛太が智の肩に、腕をかける。
「…行きましょう。三人とも」
勇が凛太、智、聖一を連れて、控室を出ていった。
控室には、総一郎と龍一だけが残った。
30話 決勝 終
30話後書き。
どうも。
遂に龍道も30話。
そして、トーナメントに終止符です。
長かったですね。
あまり、本編は語りません。
今回は、黒装束の男、馬道公屋です。
身長187センチ 体重89キロ。
では。




