22話 休息
陽向ホテル 十二階七号室。
龍一がベッドに横たわっていた。
部屋の中には、龍一が一人。
寝入っている。
総一郎たちは、下の階にいる。
レストランに、夕食を食べに行っているのだ。
龍一が試合の疲れで寝ていたため、総一郎たちだけで行ったのである。
龍一は試合後、五時間以上の睡眠をとっていた。
シミーア戦で、相当体力を取られたのだろう。
その時、部屋の扉が叩かれた。
そこまで重くはない音だが、何かと響く。
その音で、龍一を目を覚ました。
「…?」
龍一は寝ぼけながらも、ベッドから起き上がり、部屋の扉に手をかける。
(髙美さん…?それとも別の人?)
考えながら、扉を開けた。
黒い壁が、目に入る。
「え」
龍一の体が吹き飛んだ。
陽向ホテル一階 レストラン。
奥の方の席で、総一郎と凛太が向かい合って座っている。
そして、桜 髙美と楼 王宣が、道を跨いで隣の席に座っていた。
髙美と王宣は、隣同士に座っている。
総一郎の隣には、バッグが一つ、置いてある。
「遅いですね…聖一様」
髙美が心配した様子で、総一郎に言った。
「かかりすぎだ。手洗いの長さじゃねぇ」
凛太も総一郎に、焦った様子で言う。
「…探しに行こう」
総一郎が立ち上がり、ポケットから煙草の箱を取り出した。
人差し指と中指で、煙草を一本掴み取る。
「凛太、トイレを探してくれ。王宣さんたちは他の売店やらを。俺は自室に行く」
煙草で指しながら、全員に指示を出す。
「いえ、私も自室にご一緒します」
髙美が総一郎に言った。
「そういう決まりなんです。龍一様たちが何者かに狙われてるのなら、私たちが守らなければなりません」
「わかった。王宣さん、申し訳ないが一人で探してくれ」
総一郎は承諾すると、王宣への指示を変えた。
「わかりました。くれぐれも、お気をつけて」
全員が指示されたとおりに、ばらばらに散っていく。
総一郎と髙美が、エレベーターに乗って、十二階のボタンを押す。
「大丈夫でしょうか、聖一様」
心配そうに呟くが、総一郎は答えず、何か考えているようだった。
「…総一郎様?」
総一郎が顔を上げる。
「何か、違和感があるんです。…髙美さん、あなた…あなたたち、隠していることがありますか?」
総一郎は怪しがって、髙美に言った。
その手には、煙草が握られたまま、火も付けられていなかった。
髙美が驚いた様子で言う。
「な、何のことでしょうか…」
髙美は、笑ってごまかそうとしている。
「あなた、空ってやつに襲われたと言っていて、龍一を狙ってることも知っていたのに、なんでさっき何者かが、って言ったんですか?それに、隠し事をする節が見れますけど」
総一郎は、淡々と言い寄った。
「何かは分かりませんけど、隠してることがあるのだけははっきりわかります。龍一を狙ってるやつが、別にいる、とか?」
総一郎の言葉を聞き終わると、髙美は頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。
「う…やっぱり、隠すことはできない…」
髙美は小さくつ呟くと、ため息をついて立ち上がり、総一郎に向き直る。
「はい。狙ってる人が、確かに、他にいます。暴力団の人たちが」
総一郎は数秒考え、ふと龍一の言葉を思い出し、返答した。
「もしかしてそれって、龍ってやつですか?」
「え…知ってたんですか!?」
髙美が驚き、膝に手をつく。
「はい…龍を狙う暴力団がいます。藤木組、藤木辰正から直の指令で狙ってるようです」
「なるほど…」
「ですが、私はあのようなことは反対です!なので、最大限龍一様を守ります。王宣くんも事情を話さなくても協力してくれたし」
髙美が笑顔で言った。
「…ほかの選手を狙ったりは、してるんですか?暴力団は」
「いえ…暴力団も無法地帯ではありません。三つの組があっても、勝敗関係なく誰も襲ってないはずです」
自信を込めて、髙美が言う。
「それなら、安心です。龍一が襲われたとして、負ける気しませんけど」
そう言うと、エレベーターが十二階につき、扉があいた。
二人は、七号室へ向かう。
そこで見た光景は、異様なものだった。
扉の横の壁に、聖一が気を失って座り込んでいる。
扉は開いており、前には黒い服を着た男が立っている。
男は、空であった。
ガァン。
棚に背をぶつけ、龍一の顔が苦しそうに歪む。
「お前…空…!」
空は無言で立ち尽くしている。
「どうして…ここが…」
龍一が痛そうに立ち上がる。
「こいつに聞いた」
空はそう言うと、聖一を龍一に見えるように引いた。
「聖一さん!」
龍一が叫ぶ。
その瞬間、声が響いた。
「空!」
その声の主が、空の顔面を横から殴った。
声の主は、総一郎。
「落ち着いてください総一郎様!空様、何をしてるのですか!」
髙美がその場を、頑張って制そうとする。
「邪魔が入ったか」
空はそう呟いた。
「今ならまだ間に合う。謝れ!」
総一郎が聖一の腕を担ぎ、何とか立ち上がらせ、空に叫んだ。
「…すまない」
空は心がこもってるのかこもってないのか、音程が一定のままそう言う。
ギリッと、総一郎が歯を鳴らした。
「…ふむ。どうやら、終わってからの方がよさそうだ」
空はため息をつき、廊下の奥へと消えていく。
「待て!」
総一郎の声が、廊下中に響く。
「龍一、トーナメントでどちらかが終わった時、復讐に来る」
空はそう言い残し、黒い服が闇に紛れ、消えていった。
「はぁ…困ったものだ、組長は」
サングラスの男が、椅子に片足を乗っけて言う。
「行儀が悪いねぇ。足を下ろしなぁ?」
黒いスーツを着こなして、サングラスに言った。
サングラスの男の名は、矢車飛鳥。
スーツの男、角間行成。
「行成、黙れ」
飛鳥が眉間にしわを寄せ、歯を見せて言う。
「黙るのはお前だろ?組長の悪口ともとれる言葉」
髪が伸びた男が言う。
赤く、目が隠れそうな程大きな三つ編みを、片方の前髪に編んでいた。
金山優斗。
「静かに待つ、が礼儀だよ?」
幼い男、まだ十代に見える。
黒い髪が、暗い部屋になじむ。
津賀銀一。
「…うむ」
黒い装束に身を包み、間から目を光らせている。
馬道公屋。
「あら、珍しいこともあるのね。あなたが賛成するなんて」
茶色く長い髪が、腰まで伸びている女。
黒い服をまとっている。
都宮香子。
「今日は、あいつの処遇だろう。無駄話をするな」
覇気のない目で、腕を組んでいる男。
気竜高真。
そして、黙っている男が二人。
白名桂太、矢弓歩だ。
それにもう一人、佐々木無郎。
クォース相手に不覚を取り、今、処分が決定しようとしていた。
この場にいる十人は、野呂善助直属の槍である。
「組長が来るまで、暇ねぇ」
香子が頬杖をつき、ため息をつきながら言った。
「そうか」
高真が目を瞑りながら、面倒くさそうに言う。
その時、暗い部屋の中に、光が灯った。
椅子に座っている全員が、部屋の扉に目を向ける。
「組長…」
佐々木が声を漏らす。
扉を開けたのは、黒いスーツを着た男であった。
金色の髪が、オールバックで固められている。
「Hello,諸君。お待たせしたね」
野呂善助。
佐々木の顔に、汗があふれる。
善助は扉に最も近い、空いた椅子に座った。
「なんだっけ?議題」
高真に向かって、善助が笑って聞く。
「一回戦敗退、クォース・ムッシマに敗れた、佐々木無郎の処分についてだ」
高真は目を瞑りながら、うつむいていう。
「はいはい。OK,スパッと殺っちゃう?」
善助が親指で、首を掻き切る動作を行う。
善助が全員に目を向ける。
すると、矢車飛鳥と津賀銀一が手を上げた。
「あれ?少ないなぁ」
銀一が不思議そうに、周りを見回す。
「じゃあ…解雇でいい?」
善助は体を前に倒し、高馬に言う。
「駄目だ。野呂組最高戦力の一人は、有効活用するに限る。死ぬか成功かの任務に出すのが最適だろう」
高真が少し目を開き、周りを見渡した。
先ほど手を上げなかった全員、角間行成、金山優斗、馬道公屋、都宮香子、白名桂太、矢弓歩が手を上げた。
それを見ると、佐々木が安堵の表情を浮かべる。
「OK,なら、針だね」
善助が言うと、さっきまで緩くなっていた佐々木の顔が、急激に白くなった。
「あらら。ざんね~ん」
銀一が笑い、右手を口に当てる。
「ガキが。まぁ、確かに残念な結果だな」
飛鳥が佐々木の顔を覗き、鼻で笑った。
「まぁせいぜい、情報屋一人で限界だろ」
飛鳥の言葉に、行成はうなずく。
「針は平均的に強いからねぇ」
佐々木が唾を飲み込む。
「あれ、怖いの?」
銀一がけたけたと笑う。
「やめなよ、佐々木だって頑張ってるんだろ?」
桂太が銀一を止めるが、その顔は真剣に止めようとするような顔ではなかった。
「じゃ、これにて会議は終了。全員各々の客室に戻れー」
善助が立ち上がり、そのまま部屋を出ていった。
十二階十号室。
そこには、ベッドに横たわる人間がいた。
ムード・スロックである。
両手を広げ、ベッドをめいっぱいに使っている。
全身が伸びているものの、体中の筋肉には厚みがあった。
ムードの対戦相手は、龍一。
打撃系のファイターである。
相手が組んできたら、組み返せる。
絞められたら、絞め返せる。
そんな自信が、ムードにはある。
だが、打撃系なら話は別。
おそらく、龍一がムードを相手取って、組技を仕掛けることはないだろう。
ならばどうやって、持ち込むか。
そこが、今回の肝であることを、ムードは理解していた。
龍一の大きさなら、押さえつけられる。
ただ、距離を取られるだろう。
もし距離を取られたら、おしまいだ。
回天落とし。
頭頂部を貫くだろう。
ムードがつばを飲み込む。
その時、ムードの頭に、一つの作戦が浮かんだ。
自傷覚悟の、捨て身作戦。
ムードは、歯を見せるように笑った。
日が昇り、絶神プロレス本部に、人が集まり始める。
試合場には、観客のみが集まり、片手に嗜好品を持ちながら、試合が始まるのを待っていた。
控室に、第一試合の選手はいた。
龍一は、柔軟体操しながら、イメージトレーニングをしている。
ムードは、立てかけられたサンドバッグを、ハリッドが支えながら、それに組みついている。
ただ、組みついてはいるものの、動いていない。
組みついているだけなのだ。
だが、ムードもハリッドも、真剣にやっていた。
その理由は、力みにあった。
行っている者はもちろん、支えている者までしかわからない。
それでも、力んでいるという事実に変わりはない。
硬いサンドバッグを精一杯腕で絞め、全力で踏み込む。
ムードは普段、このような特訓はしない。
今回が初めての試みだ。
しかし、ムードの精神状態を落ち着け、力みの練習をする、という点において、効果はあった。
それを始めて、二十分立とうという頃。
ジリリリと、音が鳴り響く。
タイマーだ。
ムードは力むのをやめ、ハリッドもサンドバッグから離れる。
「どうだ?勝てそうか?」
ハリッドが水を渡すのと同時に、ムードに問う。
「…多分、勝つ奴は徹底的に勝てるところが生まれる。そんな試合になる」
「実力は同等か…」
ハリッドがうつむくが、ムードは顔を上げた。
龍一の控室には、比較的人が多かった。
龍一と総一郎、聖一、凛太と智がいる。
あまり広くない部屋に、そこそこの人数が集まっていた。
「次の試合は俺だからな。覚悟しとけよ!」
凛太が指を指し、龍一に言う。
「あぁ、お前が勝てたらな」
龍一は笑っていった。
「どっちもレスラーが相手か」
総一郎が、数秒考えてから、二人に言う。
だが、龍一は首を横に振った。
「レスラーとプロレスラーは別物だよ。俺にとってはレスラーの方が怖いかな」
龍一が顎に手を当て、考えながら言った。
「なんでだ?レスラーならお前の方が有利に思えるが…」
総一郎は不思議そうに言う。
「レスラーは移行というか、切り替えがほぼなくて、一瞬でも油断したら、レスリングに落とし込まれる。そのうえ耐久力も半端じゃない」
龍一の話を聞くと、総一郎はうなずいた。
「勝てるのか?」
総一郎が聞くと、龍一は考え込む。
そして、口を開く
「勝つ。頑張って」
総一郎が背中を叩き、龍一が立ち上がった。
「ムード・スロック、身長百八十九センチ、体重百十二キロ。時牧戦録、十三勝無敗」
ムードのいるところは、試合場の上。
目線の先には、無論龍一がいる。
「霞原龍一、身長百七十九センチ、体重八十二キロ。時牧戦録、十二勝無敗」
審判の夢坂が、龍一の方に顔を向けた。
龍一は焦るような表情ではなく、至って落ち着いている。
「審判は私、正 夢坂が務めます」
夢坂の言葉を皮切りに、二人の表情が引き締まった。
「では…」
夢坂が腕を前に出し、息を吸う。
「始めぇ!」
三回戦が始まった。
22話 休息 終
22話後書き。
三回戦開始。
残りあと10試合を切って、大台に乗っかりました。
龍一と空。
槍。
謎があるのはこの2つですね。
正直言うと、槍の方は時牧編に回収はできないですね。
時牧編の後は、裏格闘技以外にも、市街戦のようなものや、抗争等をかけていければな、と思います。
そして、今回だけで、新キャラが8人出てきました。
確保です。
さて今回は、1話からの出場です。
正直忘れていて、ようやくできるキャラという感じです。
藤辰武美です。
あの西中の2年生の。
身長176センチ 体重63キロ。
では。




