21話 二回戦の終わり
リングには、二人の男が立っていた。
「鋼山響十、身長百八十二センチ、体重八十八キロ。時牧戦録十四勝無敗」
白髪のスーツ姿で、リングに立っている。
「古藤満、身長百八十九センチ、体重百十一キロ。時牧戦録、十三勝無敗」
長い黒髪の、上裸姿で立っている。
「審判は私、楼 王宣が務めます」
王宣が言い、二人の様子を確認した後、片手を前に出す。
「では、始めぇ!」
手を振り上げ、試合が始まる。
始まった瞬間、踏み出したのは満。
一回戦で、カウンター気質だった満が、自ら踏み出した。
右ストレートを放つ。
響十は、左手だけでそれをいなした。
そのまま右腕で、満の肘を挟む。
響十は、満の体を引っ張った。
満の体制が崩れる。
ドンッ。
響十の左足の爪先が、満の脇腹に刺さる。
「…」
苦痛を抱えながら、響十を睨み下ろした。
「らっ!」
満が腕を振るう。
それに引っ張られ、響十の足がもつれた。
響十は、腕を捕まえている状態から、腕に掴まっている状態へと変わったことになる。
満が右拳を、床に叩きつけた。
必然的に、響十の体が落ちる。
衝撃で、響十の腕が緩み、満が腕を引き抜いた。
引き抜いた勢いで、腕が高くまで昇る。
そして、その腕を振り下ろした。
狙いは響十の、腹。
直撃した。
深く、めり込む。
「がばっ」
響十の口から、血が漏れ出た。
一撃で、内臓に衝撃を与えたのである。
満の真価は、技ごとの繋ぎにあった。
しかし、だからと言って、腕力が弱いとは言わない。
腕力も、このトーナメントの中でトップに入る。
腕力だけでなく、実力も。
満が再び、腕を振り上げた。
今度は、さっきよりも更に大きく振りかぶっている。
落ちた。
響十は痛みに耐えながらも、両腕でその拳をしっかりと受ける。
重い。
受けたのに、芯まで響く。
いや、それどころではない。
まるで、体を貫かれたかのような感覚。
受けた胸の奥、心臓を直接叩かれたようだ。
心臓の鼓動が、体中に広がる。
正確には、外側からきた衝撃が、心臓を中心に広がっているのだ。
響十が、考えを巡らせる。
今の状態では、俊敏に動けない。
だから、次の攻撃を避けられない。
だが、受けたら間違いなく負けだ。
結果、思考を止めた。
脳のすべてを、ある神経に注ぐ。
満が三度、右腕を振り上げた。
終わらせる一撃が、降り注ぐ。
体を捻らせ、回転をつけて落とす。
響十の両腕は、まだ胸の上だ。
満の拳が、響十の両腕に。
しかし、数センチ前の所で、状況が変わった。
響十が両腕を、胸からどかしたのだ。
両腕は胸の隣。
開けている。
満は一瞬それを視認し、勝ちを確信した。
瞬間、閃光が走る。
響十の右足が、満の顔面をど突いていたのだ。
満の体が仰け反り、拳が響十の頭の横に落ちる。
響十は、腕をどかすことで、数コンマばかり時間を稼いでいた。
響十はすぐにそこから離れ、立ち上がった。
回復はしきっていない。
だが、戦えはする。
一撃も喰らわなければいいこと。
響十は、霧島良戦で見せたあの構えを取る。
ステップを踏みながら、少しづつ回復を図る。
満は蹴られたところを右手で抑えながら、ゆっくりと立った。
冷徹な目で、響十を睨む。
ガラス玉。
一瞬の思考の後、響十はそんな感想を抱いた。
響十は恐怖した。
冷徹な瞳が、見ただけで恐怖そそるとか、そういう事ではない。
恐怖していたことは、また別の事。
いや、完全に別ではない。
冷徹、つまり、満は今非常に冷静であるという事だ。
それが怖い。
満の真価を、さらなる高みへと持ち上げる。
そんな状況だった。
響十が唾を飲み込む。
観客は、そのことに気づかない。
しかし、響十にはまるで、発砲音のように大きく聞こえた。
観客は今、そこまで熱気を帯びているわけではない。
その声は、小さく聞こえた。
自分の身体から発せられる音のみ、とてつもなく大きく聞こえたのだ。
過度な緊張状態にあるからだ。
響十は深く息をついた。
息をついた音は、そこまで大きくはない。
響十の目も、何か変わった。
恐怖の目ではなく、覚悟の目である。
例えどれだけ恐怖していたとしても、立ち向かってやるという、覚悟の目。
それに、満は気づいている。
受けよう。
そう言わんとばかりに、踏み出した。
満の体は、特に複雑に構えているわけではない。
両拳を固め、顔の横にたて、ただただ前傾姿勢。
響十は、待った。
満の体が、遂に両者のリーチに入る。
先手、響十。
体の前で揺らしている左手で、ジャブを満の顔に放った。
満の足が、それによって止まる。
だが、上体は止まっていない。
牽制された瞬間、前に突き出した。
ゴッ。
右カーフが、響十の横っ腹に突き刺さる。
ただのカーフのはずが、とてつもなく重い。
しかし、痛みは捨てる。
左ジャブを、顔面に向かって連発した。
満もさすがに連発には、体が下がる。
足は踏みとどまっているものの、何発も何発もジャブを放たれている。
「シッ」
響十が口から息を吐き、右拳を突き出した。
ストレート。
真っすぐ、満の顔面へ。
命中。
響十の胸。
深く、満の右拳が入った。
響十は右拳を突き出すときの回転で、体が前に出た。
満はそこに、右拳を放ったのである。
響十の心臓はまだ、回復を遂げていない。
苦痛が再熱する。
満は、隙を見出した。
右アッパー。
響十の顎に直撃する。
左カーフ。
響十の右腕に入った。
右ジャブ。
顔面である。
全て直撃であり、全ての動きが一秒以内に行われた。
左ストレート。
満の全体重を乗っけた、全力。
拳は、右腕に当たった。
響十の、右前腕だ。
いなされた。
それだけではない。
満の顎に向かって、響十の左膝が打ちあがっていた。
満の拳がずれたのは、そのせいだ。
意識は、離れている。
知ってか知らずか、響十の体は止まらなかった。
満のこめかみに向かって、右ハイ。
満は白目をむいて、床に倒れた。
響十は、ハイの勢いで半回転しながらも、落ち着いて体を止めた。
王宣は、近づかなくとも判断を下せる。
腕が降りあがった。
「勝負あり!」
古藤満は敗れ、鋼山響十が勝ちあがった。
龍一の控室では、そこにいる全員が驚愕の表情を浮かべている。
龍一、総一郎、聖一、凛太、智だ。
先ほどまで勇もいたが、手洗いに離れている。
龍一は今見た光景を、どう勇に説明するか、できるかを考えていた。
「まじか…」
総一郎が煙草を咥えながら、小さく呟いた。
龍一と死闘を繰り広げたミサエル・ジャルマー。
その男を打ち負かした、古藤満。
そして、それに勝利した男、鋼山響十。
龍一の予想は、大きく外れていた。
右ブロックを勝ち上がるのは、満か霧斗、もしかしたら空かも、という考えであった。
しかし、ここにきて、響十という大番狂わせが生まれる。
龍一は少し考え、ため息をついた。
(勝てるのか…?あの男に…)
宇田滉控室。
滉は、ベンチに横たわっていた。
青いベンチである。
背もたれ側に顔を向け、目を瞑っている。
口を少し開き、寝息を立てている。
「…ん」
滉が顔を一瞬しかめ、目を開いて起き上がった。
「…寝てたか…」
滉がベンチから立ち上がる。
「…行くか」
扉に手をかけ、滉は部屋を出ていった。
禪院霧斗控室。
霧斗は、サンドバッグを前にして、立ち尽くしていた。
棒立ちである。
殴るでも、蹴るでもなく、ただただサンドバッグを見ている。
霧斗は、ゆっくりとサンドバッグに手を伸ばした。
右掌を、サンドバッグにつける。
「ふっ」
息を吐き、右手を全力で握りしめた。
サンドバッグの、外側の袋が、ギュッと引っ張られる。
一点に集中しているサンドバッグに向かって、霧斗が左拳を振るった。
拳が触れた瞬間に、右手を離す。
サンドバッグは直進して、壁に激突した。
壁に当たった音が、部屋中に響く。
霧斗が息をつき、部屋を出ていった。
リングには、道着の男と、上裸の男が立っている。
「宇田滉、身長百八十二センチ、体重八十一キロ。時牧戦録、十九勝無敗」
滉が道着の帯を握りながら、息を吐いた。
「禪院霧斗、身長百九十センチ、体重百二十三キロ。時牧戦録、三十七勝無敗」
霧斗は、特に何をするわけでもなく、ただ手首と足首を回している。
「審判は私、桜 髙美が務めます」
髙美が二人に目を配り、息を吸って、手を振り上げた。
「始め!」
髙美の合図で、試合が始まる。
二回戦、最終試合が。
滉と霧斗は、同時に踏み出していた。
先に、霧斗が右ストレートを放つ。
滉はその右腕に、両手を添え、軽く流して見せた。
霧斗の体が傾き、背中ががら空きになってしまった。
滉が右肘を、霧斗の背に落とす。
入った。
だが、深くはない。
霧斗の背筋が、滉の肘を止めたのである。
人体の中でも特に硬く、鋭い肘が、止められている。
滉はそれに驚きつつも、すぐに霧斗から離れた。
あのまま追撃をしようとしたら、逆にやられていただろう。
滉の武術は合気。
合気なら、攻めすぎないに限る。
滉はそれを、骨身に染みてわかっていた。
滉が構える。
両腕を立て、掌は開けている。
今から合気を見せてやると言わんばかりの、見え見えな構えだった。
だが、それでいい。
合気は、それでもいい。
今から力を流されるとわかっていて、それを止められるだろうか。
ならばと、滉は、全力で合気を使える構えを取った。
霧斗も、そのことは分かっている。
しかし、わかっていながら、攻めていく。
走っていく。
左ハイ。
滉の顔面に向かって、高く放った。
滉はその足を、両手で掴み、少し捻る。
その瞬間、霧斗の片足が浮いた。
霧斗の左足を離す。
霧斗が顔面から、地面に落ちた。
滉がうつぶせに倒れる霧斗に、足を踏み落とす。
背骨に直撃する。
通常なら、これでも相当なダメージだろう。
しかし、霧斗の三十七勝が、それを許さなかった。
霧斗は、体を少し浮かせ、地面との間に空間を作り、背骨へのダメージを散らせたのである。
そして、腕立て伏せの要領で、滉の右足を持ち上げる。
すると、滉のバランスが崩れた。
ドンッと、霧斗は踏み込んで立ち上がった。
右アッパーが、滉の顎を打ち抜く。
滉は直前で、両掌を挟み、右アッパーを抑えた。
だが、抑えきれない。
霧斗のアッパーが、滉の手を貫通して、顎まで衝撃を送り、脳へダメージを与えた。
滉の視界が、歪む。
天井のライトが、白く浅く広がって、視界を包んだ。
目を一瞬閉じた。
それによってなのか、はたまた目を開いても喰らう運命だったのか。
霧斗の左拳が、滉の腹を突く。
飛びかけた滉の意識を、引きずり戻してきた。
滉が唾を吐き、目は充血するほど開かれた。
腹を抱え、うずくまろうとする滉に、霧斗の右拳が飛んでくる。
滉は咄嗟に右手を添え、拳をそらした。
だが、そらした瞬間に、左拳が頬を叩いてくる。
滉の体が、床に倒れる。
仰向けで倒れてはいるが、その視界に霧斗は映らなかった。
いや、ぼやけて映って入る。
ただ、それを霧斗として認識できない。
そんなぼやけた霧斗が、右足を滑らせ、後ろに追いやった。
地面を蹴る。
ミドルキックほどの高さの蹴りが、滉の頭を打ち抜いた。
滉が転がっていき、リング端まで行ってしまった。
霧斗はその場で立ち止まり、倒れた滉を見下ろしている。
数秒後、滉が立ち上がった。
観客たちは、滉が立ち上がるとは夢にも思っていなかった。
あんな連撃を食らって、意識を保ち、立ち上がるとは。
しかし、対戦相手である霧斗は、そうは思っていない。
明らかに、違和感があったのだ。
最後の蹴りの時、人体の頭部なら、スイカのような硬さをしているはず。
だが、滉の頭は、リンゴ程度の硬さしかなかった。
正確に言うと、それぐらいの衝撃しか与えられなかったのである。
力を流された。
霧斗はそう直感し、立ち止まっていたのである。
結果、滉は立ち上がる。
霧斗が目を細めた。
タフネスで言えば、今まで戦ってきたものの中で一番かもしれない。
口角が少しだけ、上に上がる。
ふらつく滉のもとに、歩みを進めていく。
霧斗が、滉の目の前で立ち止まった。
滉はうつむいたまま、霧斗の前に立っている。
霧斗が、右拳を固め、振りかぶった。
滉に向かって放つ。
その瞬間、滉が頭を上げた。
右手首をつかみ取り、横に流し、自分の右掌底を、霧斗の顎に向かって放った。
滉の全力。
霧斗の意識を飛ばす。
までには、至らなかった。
霧斗は仰け反ったまま、力を込め、滉の鼻っ柱に向かって、前頭部を振り下ろした。
グチャッと、音を立て、滉の体が膝から崩れ落ちた。
髙美が確認し、腕を振り上げる。
「勝負あり!」
霧斗が、ため息をつく。
二回戦が今、終わった。
三回戦出場者八名。
第一試合 ムード・スロックVS霞原龍一
第二試合 牧オードンVS轟凛太
第三試合 古八木智VS空
第四試合 鋼山響十VS禪院霧斗
21話 二回戦の終わり 終
21話後書き。
二回戦終了です。
三回戦に上がる闘士たちが、今決まりました。
なじみのある人が全員残っていますね。
レスラーや主人公。
プロレスラーと最強の握力。
薬と力み。
蹴りとオールラウンド。
どれも個性がありますね。
もうあと七試合で時牧編が終わります。
長いような、短いような。
決勝戦は一体、誰対誰なんでしょう。
今回は、3話登場4話で名前が出た審判、山島玲平です。
身長170センチ 体重80キロ。
では。




