第19話 里の泉 7/9
飛龍に別れを告げた女王は、歩きながら話をつづけた。
「私は王宮の祈り師ですが、結婚を経験しています。息子がいました。その子が四歳になったとき、突然、発作に襲われました。それは花火の導火線に火を付けたようなもので、みるみるうちに激しい炎症が全身に広がり、命さえも危険な状況に陥りました。祈りは効かず、抑える薬といっても子供に使える量は限られています。医師に相談しても『毒は基準値を下回っている』とくり返すばかり。タクヤさん、あなたはこの病状の名前を知っていますか?」
「いいえ。そういえば、足の病変、とか言ってただけ」
「スーサリアでは、忌み言葉なのです。口にしてはいけない言葉。それは、ロヒカルメ。古来より続く正式な病名です」
「……ポル爺、ロヒカルメって、知ってた?」
タクヤに問われ、ポル爺は首を振って答えた。
「その名を平気で口にできるのは、その女王くらいじゃ」
「なぜ?」
「わからないんじゃよ。毒による発症ということはわかっている。しかし、触れたことさえわからないほど微量でも、なるときはなるし、ならないときはならない。しかも、触れてから何年もたってから発症することもあるし、親から子供に引き継がれることもある。ただの毒ではないんだ」
そして、ポル爺は、女王に言った。
「ワシには、愛娘が3人おった。みな、こいつで世を去った」
「あなたは?」
「北の秘境、カテナ村の村長代理、ポルプーレ・メドリック」
「……なるほど。なぜあなたがここにいるのかわかりませんでしたが、いろいろあったのですね、お悔やみ申し上げます」
その女王の言葉の意味がタクヤにはわからなくて首を傾げたが、ポル爺はすぐさま質問した。
「で、あんたの息子はどうなった?」
「なぜか龍の図柄が浮き出ることのあるロヒカルメ。私は、その謎をさぐりました。そして、この地にたどり着いたのです」
「僕も、龍は、はっきり浮き出ています。どういう関係があるんですか?」
「タクヤさん、それは私にもわかりません。ただ、私の息子が幸いだったのは、なんとか道程に耐え、ここにたどり着けたことです。最期に息子は、泉の水に触れて、笑みを取り戻しました。命を救うには手遅れでしたが、心の救済には間に合いました」
悲しい結末。
たとえそれがテロリストのリーダーの私情であったとしても、悲しい気持ちはタクヤたちにも染み渡った。
「私は、世界の不幸の原因を作る者たちを、すべて根絶やしにしたいと考えているわけではありません。原因とか、本当の悪について考えると、その答えは容易に出るものではありません。
ただ、これだけは言えます。
人を不幸に落とし入れて……場合によっては罪のない子供まで死に至らしめて、そんなことはまるで関係がないかように、ぜいたくを謳歌している人たちがいる。彼らには、現実を知らしめなければなりません。もし知る気もなく、反省もなく、なんらかの力で制裁をしないと事実に目を向けることもないということであれば、私は、それを、引き受けようと思ったのです。少なくとも、一方だけが病んで死んでいくのでは、悲しすぎます。こちらに犠牲が出るならば、あちらにも必要なものがあるはずです」
ゆるやかな坂道を登ることが神聖な儀式であるかのように、女王は語りながら歩を進めて行く。




