第15話 祈り 3/3
タクヤは、わずかに意識はあった。
もうろうとして、手をのばして足を掻こうとする。
ゼンがタクヤを背負い、部屋のベッドにドサッと下ろした。
あおむけにして、仮で着せてきただけの服を脱がせる。
ユリは自室で急いで香油を調合すると、彼のもとに走った。
そして香油を振りまく。
「出ていった方がいい?」
ミルシードに問われると、ユリは首を横に振った。
「みなで、思いを一つにしてもらって、いいですか」
「その方がいいの?」
「正直、ここまで来ると、彼のためというより、私の方が、もたないかもしれません」
「そのときに、あなたを応援するのね。祈り師が死んじゃダメよ、ちゃんと祈りなさい、って」
「はい」
ユリは笑うことなくまっすぐにうなずいた。
ユリの気合いは尋常ではなかった。
このたびは、今までの手探りのような祈りでは済ませられない。
きっちりと原因にぶつかっていかなくてはどうにもならない。
タクヤに刻まれた『降霊祭』の記憶。
特別区画の白い部屋。
祈祷師たちの呪術と、段階をわけて使用された薬剤。
ユリが祈りを始めると、胸の装身具から緑色の光が発せられる。
まもなく、うつ伏せのタクヤの身体から、無数の小さな何かがふきだしてきた。
産毛のようだった。
しかしそれは毛ではなく、それは小さな植物の芽だった。
伸びるにつれて、葉が別れている。
彼の中に居座った存在。
それを殺しさることは、ユリにはとうていできそうもない。
今できるのは、静め、時間を稼ぐこと。
王の元に戻れば、経験のある専門家が対処するはず。
ユリは、突然、目に白い針が差し込まれたことを自覚した。
激痛がユリをつらぬく。
これが君が受けた、苗付けなんだね。
王になるものが越えなければならない代々の試練。
これは、君と敵対する。
これは、君を殺す。
しかしその君に、宿り育つものがある。
それが、まだ、小さい。
これが育ってくれれば、バランスがとれるかもしれない。
それまで、どうか……
ユリが、彼の全身に芽吹いた芽に、両手をかざして優しくなでる。
居あわせた三人は、そんなユリ自身が、光を発していることを知った。
胸の装身具の緑の光とはちがう、温かく白い光。
呪文や、表情は、いつもの祈りと変わらないのに、全く次元が異なるエネルギーがとりまき始めた。
ユリはときどき、痛みで顔をしかめる。
タクヤの記憶を感覚でトレースしているからだ。
その状態が、だんだんとエスカレートしていく。
無数の芽をなでていくユリの発する光が、どんどん強くなっていく。
最初はほのかな心地よい光と思えたものが、激しさを増し、無音のまま痛みと叫びを内包した暴風のように巻き上がっていった。
ミルシードは、雰囲気で察した。
この先にあるのは、祈り師の死。
中断は、危険かもしれない。
しかしこのままではいけない。
ミルシードは、ユリを後ろから、抱きしめた。
「まだ死んじゃダメって言ったでしょ」
ユリは、呪文と動作を続けながら、両目から涙をあふれさせた。
ポタポタと涙がしたたる。
それでも意思と呪文と光は変わらない。
すると、タクヤが頭を動かした。
ユリを見上げて、いつものままの声でつぶやいた。
「ありがとう、もういい」
その言葉を合図に、ホテルの一室でおこなわれていた祈り師の祈りが、ゆるやかに収束していった。
あらためて見てみると、タクヤの身体からは、何も生えていなかった。
全員が見ていたものなのに、すでに消えていた。
タクヤは、そのまま毛布を掛けられて、眠りに入った。
ユリは、意識を失い、ゼンが部屋に運んだ。
タクヤの部屋を出たポル爺が、通路でミルシードに、ボソッと言った。
「あいつは、知っとるやつなんじゃよ」
「え?」
「ユリ。とてつもない。しかし、ついてきてよかった。 これで約束が果たせそうだ」
「あんた、何言ってんの?」
「いやなに、ほら、あれだ」
「あれだ、じゃわかりません」
「あれ……なんて言ったかな、名前があったんだが、ど忘れだ、すまん」
ポル爺は髪の少ない頭を掻いた。
「なら、最初から黙っていなさいよ」
「まあ要は、タクヤを真の王にするってことだ」
「そんなの、私だって知ってますが」
ポル爺は、ミルシードの目を見つめた。
「おまえも、たぶん、知るだろう。しかし、今はまだ知らない。知らない方がいい」
「どーいうことよそれ!」
ポル爺は肩をすくめた。
「明日からは、列車の旅じゃ。早く寝るとしよう。おまえも夜更かしするなよ」
「ねえ、ちょっと」
「ただのど忘れだ、気にするな」
ポル爺は、片手を振って、部屋に引き上げていった。
◆ ◆ ◆
その夜、ミルシードは見たくないものを見た。
聞きたくないものを聞いた。
女子二人のベッドが並ぶ部屋。
壮絶な祈りを経て眠り込んだユリ。
そのユリが、夢にうなされ、夜半に声を上げた。
ミルシードにも、直感的にわかった。
痛みや苦しみではない。
圧倒的に支配的な、女性としての快感に身をよじらせている。
もう、なんなんのよ。
こんなの、普通なの、私だけじゃない。
……ぶくぶく……




