第15話 祈り 1/3
砂漠の街。
すでに今日の長距離列車は終了していたので、タクヤたちは地元の衣料品店で地元らしい服を買い求めて、慎重に追っ手が来ないことを確認してから、小さなホテルに宿を取った。
本来ならスーサリアの正規軍がすぐに救助に駆けつけるべきところだったが、やはり連邦と対立するラスカート共和国の勢力圏内、ということがややこしくしていた。
逆に、ラスカート政府は、衛星や監視カメラをつかって、一行の動向はほぼ確認していた。タカコ派を暗に支援し続けている共和国の見守りの下であれば、安全は確保されていると言える状況だったし、ゼンは完全ではなくても、そのような状況であることをうすうす察していた。
だからのんびりできた。
そのホテルの近くには、温泉を利用した公衆浴場があった。
りっぱなリゾート施設ということではなく、主に住民に利用されている。
一行は食事の後に、おんぼろバンに乗ってそこに向かった。
火山の多いスーサリアの国民は、みな温泉が大好きだ。
◆ ◆ ◆
ユリとミルシードは、ぬるめの露天風呂につかって、満天の星を見ながら、男子ぬきで語り合った。
「ねえ、ユリって王宮から出る機会ってあった?」
「あまりなかったですね、ミルさんもでしょ?」
「うん、まあ、行事として出ることはあっても、それは王宮の人たちに守られて、だからね。こんなふうに一人で外に出るなんて、夢にも思わなかったわ」
「なんか、楽しいですよね」
「いや、楽しいのはいいんだけど、問題はそこじゃないと思うよ」
「というのは?」
「ここだけの話、しちゃっていい?」
「生理痛か何か?」
「ちがうわよ。ユリのボケって、なんか独特よね」
「そうですか?」
「医学的っていうのかな、なんかヒロインから逸脱している」
「いやべつに、ヒロインではありませんから」
「じゃあ、聞いてしまう。タクヤ王子のことだけど」
ユリは、ふっと顔を半分湯に沈めて、ぶくぶくと口から空気を吹き出した。
「ユリ、どう思ってるのよ、実際のところ」
ぶくぶく……
「ねえ、思い切って質問してるんだからちゃんと答えて」
はぐらかし続けるわけにはいかない、と悟ったユリは、湯から顔を上げて、はっきりと言った。
「私は、祈り師。それだけです」
「いや、仕事は大切だよ、それはわかる。でも、それじゃあ答えになってない」
「あなたこそ、どうなんですか」
「いや、まだそっちの話が終わってないし。彼は、あなたが好きなのよ」
また、ぶくぶく……
ミルシードはため息をついた。
「祈り師が、患者と深い付き合いができないのは知ってる。祈りって本当に深い行為だものね。王宮でもすごかったし、転落した女を助けたのだって、普通はゼッタイできないやつだと思った。あれ、どうやってるの、実際」
「なんというか、まあ……かん?」
ミルシードは爆笑した。
「ユリって、天然なのか、わざとなのか、ゼンゼンわかんないよね」
「あんがいこう見えて、本気なんですよ」
「彼のことも?」
「治したいという気持ちは本当。それが、最優先。私には」
「じゃあ、治ったあとはどうするつもり?」
「今はそんなこと考えられません。すでに何回か祈ったのに、症状はむしろ悪化しています……」
「よくないのね」
「はい」
「私もね、こうみえて、あんがい、本気なんだ」
「知ってます」
「あんた、知ってるなら少しは協力しなさいよ」
「それは無理だと思う。私、そういうキャラじゃないし」
「へんな自覚、持ってるのね。でも、一つ、聞いていい?」
「いや……」
ユリは顔を沈めて、ぶくぶく……
「あなた自身は、彼のこと、どう思ってるの?」
ついに来た、その質問。
来たものは、もう逃げられない……
ユリはぶくぶくをやめて湯から顔を出す。
「いい人」
「もちろんそうだけど、それだけ?」
「そこ、聞くかな。聞くよね。いつか聞かれると思ってた。でも、本当に困る。口にできないことだから」
「ぶっちゃけ、あんたたち、わりといい感じでしょ?」
「それは否定しないよ」
「否定しないのかよ……」
「でも、これはそういう問題じゃないから」
「どういう問題よ」
「たとえ、ミルさんが、絶対に口外しないと約束してくれても、それでも、どうしても、言えないことが、ある」
「なんで?」
「だって、それは、違法だし。この国への裏切りだから」
「はあ? あなたが?」
「私は、こう見えて、重罪人なの」
「うそでしょ。私はただ愛とか恋の話をしているだけよ」
「そうね。でも、そこが、そうなっちゃうの」
ミルシードは、考えをめぐらせてから、質問した。
「私にできることはある?」
「見守ってほしいな、それ以上は無理だと思う。事実を知ったら、たぶん、あなたでも私を許さない」
「そんな大問題、絡んでるの、ユリって?」
「そう、大問題」
「だから……、つまり、それをかくすために、彼への態度をはっきりさせないのね?」
「ごめん」
「私にあやまられても困るけど、でも、一つ言えるのは、私の政治力はホンモノよ。利用するなら、利用していいわ」
「じゃあ……ひと一つだけ、言っておくね」
「うん、ぜひ」
「私……、ごめん、やっぱり、無理……」
ミルシードは、改めて深いため息をついた。
「よっぽど深刻な問題みたいね。でも、なんとなくわかった。そして私たちの利害関係は、たぶん、矛盾しない。でしょ? それだけわかれば大成功よ」
「ミルさん」
「なに?」
「いつか彼を、幸せにしてあげて」
「なによそれ。人生終わりみたいな言い方しないでよ」
「だね。ごめん」
「あんたは、そうやって素直にあやまることが、かわいいことだと自分で自覚しているからたちが悪い」
「ふふふ。ミルさんの言い方はイジワルだけど、でもなんか、いつも愛があるよね。ほら、星空と温泉、語り合える女友達。なんか、私、幸せだな〜」
「ばか。50になっても、60になっても、あなたとはここに来るわよ。付き合いなさい」
「はーい」
その可愛らしい返事を聞くと、ミルシードは顔を半分湯に沈めて、ぶくぶくと口から空気を吹き出した。
「なにやってるんですか?」
ぶくぶく……
「まねですか?」
ミルシードは、ぶくぶくしながらうなずいた。
「そんな不満げな顔でぶくぶくしても効果ありませんよ。もっとかれんな女子らしくやらないと」
「こいつー」
ミルシードはユリに襲いかかった。
二人は大笑いした。
ほかに客のいない露天風呂で、二人は楽しく語らった。
裸のままで、笑いあって。
そこに従業員の女性が、急いでやってきて、二人に言った。
「祈り師の方でいらっしゃいますか?」
「はい、そうですが」
「男性のお仲間の方が具合が悪いそうです。すぐに来てほしいと」
ユリとミルシードの表情が一瞬で曇った。
たしかに、いままでタクヤに自覚症状がなかったことが奇跡。
彼は、今、死の病をかかえているのだ。




