第12話 ポルプーレ 6/6
港に待機していた漁船は、ユリが期待したよりもはるかに小型の船だった。船室などというものは存在せず、操舵席に風よけがあるだけ。
ただ、船首部分だけは、不釣り合いなほど巨大に盛り上がっていた。
船の主はやはり老人。
乗り込んできたポルプーレと親しげに挨拶を交わした。
「ポルさん、あんたが行くのか?」
「そうじゃ」
「よした方がいいと思うがの。あんたじゃなきゃダメなのかい?」
「ダメってこともないが、ワシ自身、この目で世界を見ておきたいのじゃよ昔もいろいろあったからな……」
「ん、ま、あんまり無理すんなよ」
操縦士の老人は、全員が乗り込むと、渡し板と伴綱を外し「よっこらしょ」とエンジンレバーを押し倒した。
エンジンは、ときどき破裂音を混ぜながらうなりを上げ、見た目以上に力強く進みはじめた。
後方に白い煙を吐き出して。
ユリはすでに青ざめて床にしゃがみ込み、船縁をつかんで神に祈り始めていた。
「……ゆれませんように……ゆれませんように……」
しかし祈り師のユリがいくら祈ったところで、荒れた海を進む小型船がゆれないわけがない。
船が沖に出ると、巨大すぎると思えた船主の大きさが、むしろちょうどいいくらいの波を受け始めた。
ユリは三分もこらえきれずに、船縁に顔を出して吐こうとした。
しかし揺れが激しすぎて、せり上がってきた船縁がユリの顎をたたいた。跳ね返されたユリは、ペンキのはげかかった木の甲板倒れて、そのまま嘔吐した。
美味しかったはずの朝食が、変わり果てた姿で無残に甲板を流れていく。
「もう、やだ……」
泣きそうなユリを、タクヤが抱いて支えた。
「大丈夫だよ! ゆれているけど、船は沈まない!」
「いっそ沈んでくれた方がどんなに楽だか」
「そんなこと言わないで。僕がついているから」
「だったら、お願いだから、この揺れをなんとかして! 」
「そ、それだけは……」
ユリは「うぇーーーーん!」と大泣きした。もうこうなったら、泣くしかなかった。大声で泣いて、泣いて、泣きまくるしかなかった。
「私、船、大嫌い!」
老人二人は、若い男女のじゃれ合う姿を見て、苦笑し合った。
そしてポルプーレが断じた。
「どうせ吐いちまったのなら、早く着いた方がましじゃな。こんなゆっくりじゃまる一日かかる。おい、遠慮せんとスピードを上げろ」
「ほいな、ワシの船の本気ってやつを、王子様に見といていただかんとな。行くぜ相棒」
うなるエンジン。
波頭がくだけ、船は豪快に上下のダンスをくり返す。
ユリは口元が嘔吐で汚れたまま、船の縁を憎々しげに手で叩き、ヤケクソで泣き笑った。
タクヤは、『そんなユリすらかわいい』と感じてしまう自分に、想いの本気さを再確認するのだった。
青い空。
ユリと海。
ゆれる船は苦しいけれど、今、かなり幸せ。
いつか、すべて終わって、二人が結ばれて、子供でもできたときに、今日のことを思い出そう。
崇高な祈り師として美しい女性でありながら、ゲロまみれでヤケクソになっていたユリ……そんなときもあったよな、と。
ユリと歩いていこう、いつまでも。
老いて死にいたるまで、ユリと二人で暮らそう。
いずれ二人が日常を共にするようになれば、今の熱い気持ちは薄れていくかもしれない。それでも、この胸のあたたかい炎は、きっと灯り続ける。
王子だろうと、なんだろうと、生きて老いていくことにはわかりがない。
それを誰とすごすか。
これは、一時の片思いなどではない、自分にとっての人生そのものなのだ、と、このときの船上でのタクヤは、考えたのだった。




