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第1話 目覚め 4/5

 花火がとどろき、金管楽器のファンファーレが鳴り響いた。

 人々が歓声を上げる。


 小型の反重力装置が長いのぼりをするすると空高く引き上げていった。

 赤と白の王家紋様をアレンジしたのぼりと、商会の青い紋様。交互に並ぶのぼりが微風にゆれる。


 吹奏楽団の勇壮な演奏が終わると、おもむろに商会長の自信に満ちたあいさつが始まった。

 しかしスピーカーからの音が、もわんもわんと響いて、タクヤとゼンのところからでは話の内容までは聞き取れない。


「なに言ってんだろう。めでたいとか、そんなあいさつはいいから、反重力装置について語ってくれないかな。ベルベスだっけ?」


 タクヤは首を伸ばして遠くをながめ、機械好きの若者らしい好奇心を口にした。

 ゼンは首を振った。


「そんなの説明するわけないじゃん」

「さっぱり情報ないよね、これに関しては」

「それだけ重要な秘密なんだろうさ」

「でも、こうやって一般の利用が始まったら、僕たちの暮らしもかわるってこと?」

「へんな期待するな」

「期待くらいいいじゃん、ゼンのケチくさやろう」


 つづいて、デルフィーニ王のアナウンスが始まった。おだやかでどっしりとした王の声は、スーサリア国民なら知らないものはいない。

 ゼンは意外そうな顔をした。


「すごいな、本当に王まで来ていたのか」

「だね。それだけ、大規模なイベントなんだよ。ハワイさんも来ていたし」

「たかが商会のイベントに……」

「ま、なんてったって、春ですから」

「春か……」

 

 やがて、アナウンスが終わり、サイレンが鳴り響くと、場内がぴたりと静まった。

 みなの視線が、芝生の広場に置かれた白い船に注がれた。

 優美な流線型。

 スピードを重視したデザイン。

 サイズ的には、昔の外洋帆船くらい。


 その船体が上昇を始めた。

 特別な機械音はない。

 引き上げるロープもついていない。

 まるで船だけ、重力がなくなったかのように自然に持ち上がった。


 科学技術というよりは、むしろ魔術っぽく感じられた。

 船は舵やスクリューを見せたまま、横移動を始めた。

 人々の上を移動していく。

 船の影になった人たちから、恐怖の悲鳴が上がった。

 海上に出ると、姿勢を乱さぬまま、ゆっくりと着水した。

 水しぶきの一つもなく。

 まるで神の手によって、そっと水上に置かれたかのように。


 人々から一斉に拍手と喝采が湧き上がった。


「ゼン、なんだよ、これ。すげー。あり得なくない?」


 興奮するタクヤ。

 しかしゼンは冷たい視線を送った。


「ただ浮いて移動しただけか」

「まあ、そうだけど、下には人々がいたんだよ。おちたら、つぶれちゃうんだよ。すごいアピールだね」


 人々の歓声が一段落したところで、空から一頭の龍が飛来した。それは誰もが『イベントの演出の一部』と思った。

 しかし龍に乗った女は「きぇーーーっ」と怒りのこもった奇声を上げ、剣を振り上げ、小型重力装置が引き上げていた長いのぼりを、なでるように刃物で切り裂いていった。

 切り裂かれたのぼりが、張りを失い、落下していく。


 タクヤはゼンに聞いた。


「なんだあれ?」

「しらねえ。ただ、龍にしては小型だな。龍人族が乗る戦闘用か」

「はあ? なんでここで?」


 龍人族、その名前はタクヤも知っていた。

 過激な行動で知られる国際環境主義組織だ。

 国をあげたイベントに、たった一人の襲来。

 人々は、恐怖よりも、そのたった龍人女の壮絶すぎる勇気に唖然とする。


 王室警護兵たちの銃声が「バーン」「バーン」と続けざまに響きわたった。

 弾道を目視はできなかったが、弾は龍の黒い身体に命中したのだろう。

 翼の力が失われ、宙に弧を描き、落下してきた。


 タクヤの目の前で、石畳に鈍い音を響かせて、龍と女が転がった。


 警備兵たちが駆けつけ、血にまみれた悲惨な現場に白いシートをかけて、衆目からさえぎった。

 シートがかけられる直前、タクヤは石畳に打ちつけられた女と、まっすぐ目が合った。

 頭から血を流す女は、彼を見て、笑みを浮かべた。

 その目は語っていた。



   あなたのためよ、タクヤ……



 華やかな祝いの場が、一人の狂女によって、悲鳴の響く悲惨な場に一変してしまった。

 司会者は場をつくろう説明を続け、楽団はリラックスした楽曲の演奏をはじめた。

 ずたずたにされたのぼりは、ばらばらに空にゆれ続けた。


 タクヤは、むりに平常心を装ってゼンに言った。


「ま、いろいろあるんだね」

「オレ、あの人、たぶん、知っている」

「あの人?」

「龍に乗っていた女」

「ゼンが知るわけないだろ、ゲームばかりで友だちだってないのに」


 寝不足だったゼンの目が、ぎょろりと光った。


「まずいな。こんな予定はなかったはずだ。伝えなくては。しかし、どうやって……」

「僕でよければ、いちおう聞いてあげるのもやぶさかではない」

「おまえには関係ないことだ。むしろ、関わらないほうがいい。いや、関わるな。先に戻って、良き練習でもしてろ」


 ゼンは惨劇の現場を横目に、どよめく群衆にまぎれて消えた。



  ◆ ◆ ◆



 タクヤは「わけわかんねえよ」と悪態をつき、この意味不明の状況から立ち去ることにした。

 せっかく音楽高校の落ちこぼれどうしだったゼンは、まるで国事に関わりがあるかのように去って行った。

 自分は、なにも知らず、記憶もろくにない。


 うらやましい。

 さびしい。

 悲しい。


 まあ、いつものことか。 


 観光ガイドにも載っている白い街並みは、イベントとも狂女とも関係ない、普通の暮らしがあふれている……はずだった。しかし今日はたいがいの人がイベントに出かけてしまったのだろう。人の姿がない。


 タクヤはカタコトと靴音を響かせ、練習曲の速いフレーズを鼻歌にして歩いていった。

 音楽だけは、裏切らない。


 その背後から、黒スーツに黒めがねの男たちが忍び寄っていた。

 タクヤが不審な気配に気がついたときには、すでに男たちがタクヤに追いつき、次の瞬間には囲まれていた。

 背が高く屈強なものや、小柄なものなど、あわせて六人。

 全員、しわのない黒スーツ姿。

 しかし有無を言わせぬ暴力の気配。


「ななな、なんだよ、金ならないよ」

「お迎えでございます」

「はあ? そんなの知らない。人違いだよ」


 タクヤは、スーツ男の脇をすり抜けて走り出した。

 しかし、走るタクヤの前方に、脇道から黒スーツの男が二人が現れた。

 タクヤは足を止めて見回した。

 白い壁に囲まれていた。逃げ道はない。 

 タクヤは迷った末に、叫ぼうとしたが、それも遅かった。

 左右の手を別々の男に握られてしまった。

 タクヤの力では1ミリも動かない圧倒的な暴力。

 さらに駆け寄ってきた男に、口をテープで塞がれた。

 左右の手は、強引に後ろにまわされ、そこもテープで固定されてしまった。

 テープの奥から抗議の声を発する。


「おい、なにすんだよ」

「お静かに」

「静かにするかっつの」

「タクヤ様、おむかえです、お従いください」


 べつの男の一人が、バックを下において、注射器を取り出した。

 タクヤは目を丸くして、全力で抗おうとしたが、全くムダだった。

 男たちに押さえられ、あっさりと腕に注射をうたれた。

 身体に力が入らなくなり、ふわふわとしためまいにつつまれる。


「お、おまえたちは……」

「ご安心ください。手荒なまねはしたくありませんが、ゆっくりご案内できることでもありません」

「なにそれ、わけわからん……」


 意識がもうろうとなったタクヤをかかえ、男たちは路地の出口に止めてあった白い大型乗用車に乗り込んだ。


 車が走り去ると、明るい午後の路地に、のんびりとした猫の鳴き声が響いた。

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