第12話 ポルプーレ 1/6
窓ガラスを外から叩く音がした。
タクヤは二段ベッドから飛び降りて、カーテンと窓を開けた。
「おはようございます。眠れた?」
7歳くらいの男の子がそこにいた。
「ああ、おはよう。なんだか旅に来てくつろいでいるみたいだよ」
「朝御飯できているから、食堂までおいでって。部屋についているシャワーとか、使っていいし」
「ありがとう、やってみる」
「食堂までは、道の脇に立て札があるから、それを見て来てね。じゃあね。伝えたよ」
タクヤが頷くと、任務から解放された男の子は元気に走り去った。
それと入れ代わりに、ユリがベッドのカーテンをずらして顔を出した。
「おはよう。なんか、私、またすっごく眠っちゃったかも」
「いいことだ。疲れは取れた?」
「うん……なんでだろう……安心できたの……タクヤ様といっしょだからかな……」
「ユリ、その『タクヤ様』って言うのは禁止」
ユリは苦笑して「ごめん」と自分の頭をたたいた。
「私、ユリは、タクヤとはじめての夜を過ごして、なんだか少し、幸せだったのです」
「少し?」
ユリは苦笑して「そ。少し」と頷いた。
「少しか……。ねえ、今さ、男の子が来て教えてくれたんだけど、シャワーが使えるらしい。僕が先に終わらせるよ。ユリはゆっくり支度したらいい」
「うん、ありがとう。私は、ちょっと二度寝、しあわせ……」
タクヤはその言葉通り、速攻でシャワーをあび、二度寝の幸福にひたるユリをおこして、家の外に出た。
外は、静かな森。
昨夜は気がつかなかったが、前が広場のように開けている。
木製のテーブルと椅子がある。
タクヤはその古い椅子に腰掛けて、テーブルにひじをつき、森の音に耳をかたむけた。
飛び交う小鳥たちの鳴き声が、近くからも遠くからも折り重なって聞こえてくる。
ふと、小鳥のさえずりも『言葉』として聞き取れるだろうか、と、意識を集中してみた。
しかし、そうはならなかった。そもそもイルカの言葉は、集中しなくても最初から当たり前のように聞き取れたのだ。
やがて、ユリが戸口から出てきた。
彼女の髪は、つややかに濡れていた。
タクヤが立ち上がって近寄ると、ユリは手を後ろに組み、そっとつぶやいた。
「ねえ、本当のあなたは、どこから来たの?」
ユリは遠くを見るような眼差しをしていた。
タクヤはその質問には答えず、代わりに、想いを口にしていた。
「ずっと、君を捜していた」
「私を?」
「そう。ユリを」
風が、木々の枝をゆらした。
タクヤはおずおずと手を伸ばし、ユリの湿った髪にふれた。
ひんやりとした手触り。
整った顔立ちと、澄んだ声。
そのすべてが、あまりにも大切で、自分と距離を隔てていいものではないと思えて、タクヤはユリを引き寄せた。
ユリは一瞬の戸惑いの後、恐怖のような混乱を顔に表し、両腕を身体の間に差し入れてもがいた。
「タクヤ、ダメ」
「え?」
「いけないの」
「なぜ?」
「ごめんなさい、私は、あなたの祈り師だから」
「どういう意味?」
タクヤはすがるように聞いた。
ユリは事務的に答えた。
「あなたに触れてはいけないの。個人的な想いを持って触れては」
「でも、仕事と気持ちは、分けて考えればいいのでは?」
「そういうわけにはいかないのよ」
「なぜ」
「だって、私があなたと個人的な関係になってしまったら、私は、あなたへの祈りの力を失うかもしれないのよ」
ユリの切実さに、タクヤは身体が凍った。
ユリから離れ、うなだれた。
ユリは鼻をすすり、むりに明るく言った。
「さ、朝ご飯食べにいこうよ」
「え……ああ……そうだね」
「木の札がある、って、子供が来ておしえてくれたんだよね」
「ああ。あれだね」
食堂・受付→
ユリは、木の札の前で、立ち止まった。
「私、君の病変に祈りをこめているとき、すごく、大きなものを感じる。なにかは、わからない。わからないから、いいことか悪いことかもわからないけど、でも、逃げてはいけない、とは思う。やりとげないといけない。ただ、それは、私には、少し、恐い」
「ユリ……」
「それでも、がんばるから。それは本当。わかってくれる?」
「ああ。こちらこそ、ごめん。でも、ほら、こういうことみんな終わったら、遊び行こう。二人でさ。いいよね?」
「まあ、それなら、いいかな」
「よし、早く終わらせるぞ」
タクヤは何かを振り払うように、片手を突き上げて、早足で歩き始めた。
ユリも、それを追う。
女子として。
でも、いつか追わなくていいときが、来るのかな、と予感しながら。




