第11話 カテナ村 6/6
いったんは上下のベッドに別れた二人だったが、寝具を整え終わると、タクヤは言った。
「ユリ、また、祈りの治療、お願いしていい?」
「はい、私もそう思っていました」
タクヤは上段から降りて、下段にうつ伏せになった。
ユリは持ち歩いていた小瓶から、香油を彼の下腿にたらして塗り拡げた。
床に跪いたユリが、患部に手をかざす。
「ねえ、ユリ」
「なに?」
「さっきの人の話、わかる気がする。僕たちの豊かさが、何かを犠牲にしている、って。それは、その通りだと思う」
「私たち、環境保護派の人たちのことを、過激すぎて、頭がへんと思ってしまう。でも、さっきみたいな話を聞くと、考えちゃうね」
「龍人族ともつながりがあるのかな」
「どうでしょうか」
「知らないことがあるなら、僕も、自分の目で確かめてみたいな」
「そうね」
「ねえ、ユリ」
「ん?」
「こういう静かなところに、二人でいられるって、なんかいいね。むしろ、なつかしい気分になるよ。捕らわれている身ではあるけれど」
「そう?」
「いろんなこと、思い出せそうな気がしてくる。親のこととか。『なつかしい』という気持ちは、僕にもわかるんだ」
「あせらない方がいいよ。わからなかったら、また私に聞いて」
「ありがとう」
「じゃあ、そろそろ、始めましょうか」
「お願いします」
ロウソクの光に、ユリが発する緑の光が重なる。
やがてタクヤの足に、いつもの温かみが広がっていった。
じわじわと全身まで広がると、ユリの思念の侵入が始まった。
激しい痛み。
身体の内側から触れてはいけないかのような恐怖が近づいてくる。
その先にあるのは……
ユリの死
◆ ◆ ◆
祈りが終わった。
タクヤは、砂をかんだような、ザラリとした後味が残った。
内側から強くわき起ってきてしまう言葉。
なぜ、ユリとつながると、この言葉が湧いてきてしまうのだろう。
ユリが、何かをかかえているのだろうか?
あるいは自分の中に、何かがあるということだろうか?
タクヤは祈りを受けたベッドを、ユリにゆずり、はしごで上に移って、雑に横になった。
ふと見ると、白木の壁に、古いラクガキを見つけた。昔の客が刻んだのだろう。
I love You
タクヤはしばらくぼんやり見つめたあと、ふと思いつき、親指の爪を立てて「I」の上に横線を付け加えた。
タクヤの「T」。
そして「s」をつけたし、「You」の「ou」を削って見えなくした。
T loves Y
タクヤのTと、ユリのY。
しばらく放心して眺めたが、ふと、急に恥ずかしくなり、身体が熱くなった。
すぐ下に本人がいるのに、なにをやっているんだ。
タクヤは、苦しい胸の内を振りはらうように「ロウソク、消してもらっていい?」と下のユリに声をかけた。
「うん。じゃあ、消すね」
ユリの唇から、火を消す息づかい。
光が消えて、訪れた無音の闇。
タクヤはユリに語りかけた。
「ねえ」
「ん?」
「少しだけ、思い出したよ」
「なにを?」
「母さんのこと。僕の手をにぎってくれた感触みたいなやつ」
「そう……ヘンなことを言うようだけど、あまりムリに思い出さない方がいいかも」
「なぜ?」
「タカコ様は、素敵な人過ぎて、思い出せば悲しくなるだけだから」
「だとしても、やっぱり、母親のことが思い出せないなんて、ヘンだろ」
「そうだけど」
「よかったら、ユリが知っていること、なにか教えてくれない?」
ユリは「そうね」とつぶやき、しばらく考えてから、暗い中で語り始めた。
「私も、それほど頻繁に王宮に出入りしていたわけじゃないの。でも、タカコ様は、会うたびに優しくしてくれたよ。一つ一つの表情に思いやりがあって、なごやかで、それでいて芯はお強そう。お生まれは貴族ではなく、子供の頃はそうとう貧乏していたこともあったって」
「普通にいい人だった、ってことかな?」
「病に倒れられたとき、国中の医術が試されたそうよ。それだけでなく、世界からも。でも、どうにもならなかった」
「どうして、王宮暮らしで病気になったりするんだろう?」
「タカコ様は、その治療に尽力されていたのよ」
「病気の?」
「苦しむ人たちに自ら手をさしのべて。そして、ついに、自らも」
「なんだそれ」
タクヤが瞬間的に恐れたのは、ユリのことだった。
「ねえ、ユリは大丈夫だよね? 僕から移るの?」
「私? まあ、私は、そんな聖人じゃないし、健康だけがとりえだから。それに、祈り師って、耐性ができるらしいの」
「よかった。頼むよ、本当に。僕のが移ったりしたらシャレにならない」
「今、心配なのは、私じゃなく、あなたの方なんだけどな」
それを聞いて、タクヤは暗闇の中で自虐的に苦笑した。
「そうだね。ついでに、これも聞いておこうかな……」
「なに?」
「僕の父って、どんな人?」
ユリは言葉を止めて、二、三回、呼吸をした。
「すばらしい、かたよ」
「まあ、王なんだから、そうかもしれないけど、そんな人が本当に僕の親なのかな?」
「もちろん。だって、似てるもん」
「はあ?」
「表向きはしっかり強く国の代表をなさっているけど、本当は、いつも不安で、気が小さいの。すごくやさしい方。そして、ちょっと面白い」
「そんなことまで知ってるの?」
「私、祈り師だから」
「……え?」
「この先は、いつかまた説明するね。そろそろ、眠ろう」
「そうだね」
タクヤは目を閉じた。
「ユリ」
「ん?」
「ありがとう」
「どうしたの、急に?」
「ごめん。でも、今は、大切な時間だと思うから」
「私、なかなかお役に立てなくて、申し訳ありませんけど」
「そんなことない。僕は、まだ知らないことがたくさんあるんだ。一緒に歩いてくれるかな、明日も」
「もちろん」
「だから、ありがとう」
「私こそ」
「おやすみ、ユリ」
「おやすみ、タクヤ」
静かな部屋。
しかしタクヤの内面は、まるで嵐の中の行く小船のよう。
とらわれて毛布にくるまれ背中に感じたユリのぬくもりの記憶が、全身の肌の記憶としてよみがえってくる。
それは大波。
小船は波をかぶって沈みそうになる。
息が苦しい。
じっと耐える。
止まない嵐はないはず。
本当に伝えたいことは、伝えられない。
本当にふれたいものには、ふれられない。
それでも、共にいる。
苦しいけれど、うれしい。




