第11話 カテナ村 5/6
宴が終わると、タクヤとユリは、ほろ酔いの監視役一人に導かれ、夏虫の音の響く夜道を通って、今夜泊まるコテージにむかった。
「ここは昔、リゾート地だったんだ。めちゃくちゃもうかった大企業のね」
ひょろりとした監視役は先に立って歩きながら、手に持ったランプを高く上げて木々の奥を照らした。
「今は環境汚染で客なんて来ないけど」
「確かに小さな家があちこちにある」
タクヤが興味深げにつぶやいた。
「周辺の汚染は今も残っているから逃げちゃダメだよ。道もないんだ。見渡すかぎり雑木林。もし君らが逃げても、たぶんオレたちは探さない。迷って汚染にやられて死ぬだけ。本当だよ」
「は、はあ……」
ユリは困った顔をした。
男は、心配ない、と言いたげに続けた。
「ま、今夜は割りきって、ここでゆっくり休んでくれよ」
男は、たんたんと語り続けた。
「汚染はすごくてね、たぶん世界じゅうの人たちが、ここのことを忘れたがっている。ていうか、正確には『忘れたがっている人たちがいる』ということだね」
「どういう意味ですか?」
ユリが首を傾げた。
「汚染問題を蒸し返されると嫌がる人たちがいるんだよ。まあ我々は逆に、それを利用しているけどね」
「利用ですか?」
「自由のためにね」
「ですが、そんなところに暮らしていて、みなさん自身は大丈夫なのですか?」
「大丈夫とは言えないが、しかし、オレたちが捕ってきた魚は美味しかったし、わりと、うまくやっているように見えるだろ?」
「そうですね」
「才能ある人が集まっているからね。まあ、うちらだって、毒にやられちまったらあきらめるしかないが、やりかたをまちがえなければ、すぐにやられるわけじゃない。……ここだけだったんだよ、あれを精製できたのは」
「精製?」
「いや……君たちが帰ったあとによけいな知識があっても困るよな。わすれてくれ。ただ、ここは実際に『高濃度汚染地帯』だ。過去の企業の罪を隠すために、マスコミは完全スルーなのさ。地図にも載ってない」
「そして、今はここで密かに海賊として暴れている、と?」
タクヤはつっかかるように質問した。
その遠慮のない質問に、男は肩をすくめた。
「まあ、『密かに』ってのは、あんたらと関わっちまった段階で終わったみたいなもんだよな。船長がどこから情報を得たか知らないが、まさか本物だったとはね。正直、驚いたよ。むしろ偽物の方がよかった。でも、仕方がないよ。こうなった以上、オレたちも腹をくくるしかない。……でも、そういう時は、いずれ来るだろうと思っていた。また知恵を絞ってやっていくだけさ。金が必要なのは本当だが、金さえあれば、オレたちはかなりのことができるんだ」
「たしかに、すごい潜水艦ったと思う」
タクヤは思い返して言った。
ユリは「ベルベスも利用されていたし」と付けくわえた。
「そっか、あんたら、知ってるんだな。ベルベス。理屈では理解できない不思議な物質だ。スーサリアのえらい人なら当然か。実はここの工場では昔、あれの類似原料のひとつを精製していたんだよ」
「精製って?」
タクヤとユリが、目を見合わせた。
「その話、くわしく」
「部屋に入ってから説明するよ。ほら、あのコテージが、君たちの今夜の宿だ」
木立に囲まれた小さな家。
ランプで扉を照らすと、木の表札に「A12」と刻まれていた。
◆ ◆ ◆
中に入ると、木の香りに包まれた。
監視役がロウソクに火を移す。
白木の二段ベッドが壁際に備え付けられた部屋であることがわかった。
「いい感じのところですね」
ユリは白いシーツをなでて言った。
「だって、昔は本当にリゾート用に使われていた部屋だもんな。電気はないけど、水とガスはつかえる。灯りはロウソクだけど、シャワーは熱いのが使えるよ」
タクヤは、引き上げ式の木の窓を半分開けた。
窓からは遠くに港の明かりがぽつぽつと見えた。冷えた夜気と共に、微かに波音も聞こえてくる。
独り言のようにつぶやいた。
「……森の中の静かな家。こういう方が、僕には似合っている気がするな」
ユリは部屋の角のキッチンで、茶を用意した。
そして三人それぞれカップを持ち、丸椅子やベッドの端に腰掛けた。
監視役はリラックスした表情で二人に聞いた。
「君たち、やっぱ男女別の方がよかった?」
「大丈夫です。私たち祈り師は、患者とは距離を維持しますので」
「ああ、そういう」
監視役はニヤッと笑って、タクヤを見た。
「じゃあ、早く治んないとな」
「わかってるよ。けっこう大変なんだよ、祈りって。痛いし。でも、がんばります」
「うん。……ところで、あんたら、オレの”本当の仕事”ってわかるかい?」
「海賊ではなく?」
「本業はコンピュータープログラマーなんだ」
「海賊さんなのに、プログラマーさんなのですか? それに、なんか、いい人みたいです……」
とまどうユリに、男は笑みを見せた。
「海賊中は、いちおうなりきらないとね。武器を持って『ぶっ殺すぞ!』って。でも、そんなのはたまにやるイベントなのさ。たいがいは健康的に漁師。まあ、いざって時のための技術の向上はおこたってないよ。あの船、実はソナーが頭抜けて一級品なんだ。海中探査。なんてったって世界屈指のスタジオエンジニアがきたからね。ニールさん、あの人の耳はマジすごい」
「そんな人まで、どうして?」
「人ってのはさ、前向きに一生懸命になっているときはいいんだよ。いろんなものを作って夢中になる。オレはプログラマーで、まあ、下っ端だったけど、オレが作ったものには今でも世界中で使われている基礎技術もあるんだぜ」
「すごいじゃん」
「で、ある日、オレは死んだ」
「え?」
二人は声を合わせて監視役を見た。
「比喩とかじゃない。コンピューターに囲まれて仕事をしていたら心臓が止まってね。そのとき、オレは神さまと会った。神さまは優しい人かと思ってたら、これが、ずけずけと言うわけ。おまえのやっていることはなんなんだ、と。これが『生きる』ということか、と。ま、わかっていたけどさ。実際、そのとおりさ。工場で働き、工場に従い、工場で作られたものに囲まれて、工場で作られたものを食べて、工場で作られた薬で生きながらえる。
生還したオレは、じっとしていられなくて、仕事を投げ出し、コンピューターの電源を落として、旅に出たよ。ヒッチハイクってやつだ。そして、マスコミが決して報じない、世界の裏の現実を知ったんだ。とくにエレリア地方で愕然とした……
ヤマトザミ、そこに含まれる成分は、分解しないし、一旦取り込まれると、代謝もしない。
しかし人々は、それを崇め、作り続ける。そうすることこそが、地域経済を守る手だてだと信じ込んでいる。
まあ、悪いことに、それを新規利用する医薬品企業が現れた。ほら、ひところ、現代のアレルギーを鎮める万能薬として、巨大ビジネスになったやつがあったろ。で、畑も各地に拡散した。
しかし、その薬は、結局、大した役にはたたなかった。効果があるのは最初の数年だけ。よくて10年。まあ、そこだけはよく効いたから、一時はみんなが頼ったけれどね。
結局、薬としてダメだとわかるまで、20年は使われていたと思う。多くの人が副作用で苦しむようになっても、調査もされず、誰も罪に問われないまま、そっと店頭から消えた。
オレは事実を知って、絶望し、むかついて、ひたすらさまよい歩いた。
あるとき、カエルを食べる人々がいる、って聞いたんだ。そういえばカエルなんて久しく見ていなかったし、カエルは水辺の生き物で、汚染に弱くて、そういう生き物がたくさんいるところなら、何かを発見できるかもしれないと思った。
でも、そこで見たものは、まっとうなカエルじゃなかった。カエルだけでなく、人間もまた、変わり果てた姿だった。炎症が続き、肌から汁がたれて。
立ち入り禁止だったよ。もとは工場だったはずなのに、普通の道が通じていないんだ。自動車では通れないような細い道をくぐり抜けないとたどり着けない。
オレは、神の声を聞いていたし、自分の命なんてどうでもよかったから、好奇心で入っていった。この目で見て、よくわかった。なにもかもが狂っていた。でも、じきにおどろくべきことを発見したんだ。おそるおそる彼らに接してみると、その心は驚くほどまともだった。高貴ですらあった。心優しくて、美しい。たぶん彼らは、心がまともだったから、異変を身体で受けとめるしかなかったんだ。逆に言えば、身体が異変を受けとめてくれたから、大切な心は守られた。
そんな人たちが、集められて、みじめな集団生活を強いられていた。
オレは彼らの案内で、貴重な泉に連れていってもらったよ。清らかな水の湧き出るところだった。そんなところが、あの未来のない人々によって守られているのかと思うと、やたら皮肉に感じたし、それになんていうか、悲しかった。
でも、そういう場所は、そこだけでなく、世界のあちこちに聖地として、できはじめていたらしい……
オレはそれからも一人旅をした。その時、たまたま同じように悩んでいた旅人と出会った。ほら、オレともう一人、監視役でいっしょに夕食を食べたやつがいただろ。無口で印象は薄いかもしれないけど、あいつがこのカテナ村のことを知っていたんだ。知っていたというか『噂』だね。カテナという幻の村があること。北の隔離された村。そしてオレたちは、ここにたどり着いた。いさましい海賊ごっこは想定外だったが、それも今じゃあ、りっぱな生きがいさ」
男は説明を終えると、カップをテーブルに置いて立ち上がった。
「じゃあ、オレは行くよ。あまりこんなこと話したって、人には言わないでくれよ。禁じられているわけではないけど、恥ずかしいからさ。
オレがこんなふうに君たちに正直に話したのは、つまり、逃げるとか、そういうことではなくて『ここの真実』に気がついてほしい、ってこと。その価値が、きっと、あるはず。特に、あんたたち、スーサリアの人なら」
「ありがとうございます。でも、私たち、急いでいるのは本当なんです」
ユリの不安そうな言葉に、男が優しい表情を浮かべた。
「君たちは連邦に行くんだろ? それなら陸路でぬけてしまえば案外、早く着く。まあ、こっちの要求とかもあるから、すぐってわけにはいかないけど、心配しないくていいよ。強引にさらっておいて、こんなこと言うのはなんだけど、今夜はゆっくり休みな。じゃ、おやすみ」
タクヤは、頭が混乱した。
まがりなりにもスーサリア軍に所属する高速船を急襲し、マシンガンで壁を打ち抜いて「殺すぞ」と威嚇していた男が、こんなに心優しく、誠実な人生談を語ってくれるなんて……
嬉しい、というよりも、むしろ反則と思えた。
これでは嫌いになれない。
ずるい。




