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第11話 カテナ村 4/6

 海賊船はようやく海面に浮上した。


 さらに半日航海したのち、うらぶれた漁港に入っていった。

 そのときには船員たちも全員、漁師ふうのジャージ姿に着替えていた。


 タクヤとユリは、風の当たるタラップに連れて行かれた。

 一瞬、まぶしさで目が痛くなるかとタクヤは予感したが、さほどでもなかった。厚い雲が空をおおっていた。


 カモメたちが風にあおられて、港の上を狂ったように舞い飛ぶ。

 夏とは思えないひんやりとした風。

 スーサリアよりもさらに北の地に来たらしい。


 岸には20人ほどの人々が集まっていた。台車をいたおばちゃんと子供たち。

 タクヤとユリが驚いたことに、接岸した船からは、本当の魚のおろし作業が始まった。

 最後の半日は漁を行ったらしい。


 ぐらぐらと揺れるタラップからコンクリートに降り立った二人は、監視なしでほおっておかれ、何をしたらいいかわからず唖然としていると、大柄のおばちゃんが声をかけてきた。


「見なれない顔だね。どうしたのさ?」


 タクヤは一瞬躊躇したが、助けてくれるかもしれないと思い、小声で伝えた。


「誘拐されました」

「ああ、そういうことかい、だはは。あんた、うわさの王子様だね。お偉い方なのに悪いが、ちょっと手伝ってくれるかい? イワシのいいのをもって帰って団子汁にしようと思うんだ。次、まとめてガバッとシートに下ろされたら、猫や鳥にとられる前によさそうなの集めておくれ」


 あまりにも普段のままのおばちゃんに、ユリは眉間にしわを寄せて言った。


「あの、おばさん、私たち、誘拐されたんですが」

「わかっているって。カテナ村にようこそ。心配しなくてもちゃんと歓迎してあげっから。でも、ただメシってわけにはいかないよ。ちゃーんと働きゃ、栄養たっぷりの美味しい料理が待っている。さ、ほらほら、網が下りてきた。ぐずぐずしないで、大きいぷりぷりのを、たっぷりたのむよ。あたしゃ屈むと腰が痛くて」


 クレーンを操作していたのは、二人を誘拐したときに銃を持ってバンダナを巻いていた男だった。


「おーい、みんなー、シケったわりにはたっぷり捕れているからなー」


 魚をぎっしり詰めた網が下りてくると、人々がざわめいた。空腹のカモメたちが乱れ飛ぶ。ブルーのシートの上に網が着くと、船員によって紐がほどかれ、あふれるように魚がばらまかれた。


 タクヤがふと見ると、ユリの目は輝いていた。


「たくさんだね」

「ああ、でもさぁ、魚なんか、みんな同じじゃん」

「そう? ほら、あの人が取ったハマチ、美味しそう。こっちのカマス、目がすごい、生きているみたい。イカもいるよ。イワシは小さいのが多いね。すりつぶして団子にするなら、小さい方が骨が柔らかくていいかも。でも、おばさんは大きいのをとってこいと言ってたね」

「ユリって、案外こういうの詳しいわけ?」

「食べ物のことならまかせて。うちでずっと作っていたもん」

「そうなんだ……ユリ、イワシって、どれ?」

「あなたの足下にいる、頭が丸っこいのは全部そう!」


 タクヤは数匹を手にとって「つまり、どれが美味しいかが問題なんだな」と鼻にあてて匂いをかいだ。


「これが美味しそうな気がするけど?」

「匂いじゃわかんないよ。新鮮なら青魚はたいがい美味しい。さ、お仕事お仕事。働かざるもの食うべからず」



  ◆ ◆ ◆

 


 二人に手伝いを要求したおばちゃんは、艦長オミヤマ師の従姉妹いとこだった。

 その晩は、おばちゃんの家に集まって、みんなで食事を囲むこととなった。監視役としてついてきた二人の船員も、みんなに交じって料理をふるまわれ、酒を酌み交わした。


「だいたいよ」とオミヤマ師は、潜航中とはちがって、大声張り上げて豪快に言った。「おれたちのシマを、あんなちんけな船で王子さんを乗せて行こうってことがまちがってらぁな」

「でも、私たち、本当に連邦の首都にいかなきゃいけないんです」


  ユリが恐る恐る反論した。


「そりゃそうだろうよ。そんなこたぁ、わかっている。なぁ、おばちゃん」

「ま、人生ってのはいろいろあるもんさ。じたばたしないで、今をしっかり楽しむこと。さあ、王子さん、あんたが手伝ってくれたイワシスープ、お代わり、よそうよ」


 タクヤは『王子さん』という呼ばれ方に戸惑いながらも「すみません、ありがとうございます」と食器を差し出した。


「美味しいかい?」

「はい、とっても」

「あんた、若いけど、なかなかいい男だね。なんなら、おばちゃんとこで働いてくかい?」

「なに言ってんだよ、ばばあ。金を送ってもらったら、とっとと帰ってもらうんだからよ。こんなひょろひょろ、居着いたってなんの足しにもなりゃしねえ」

「金、金って、あんたも小人物だねぇ。出会いは大切にするのが神さまの思し召しってもんだよ。さ、たくさんお食べ。ほら、ユリちゃん、あんたもお代わり!」

「いえ、私はもう……」

「ダメだよ、たくさん食べなきゃ。あんた、いいお嬢さんなのに、オッパイちっちゃいじゃないか。いや、ちっちゃいと言っちゃ失礼だね」

「いやいや」と監視役が異議をはさんだ。「むしろ普通よりあるほうだと思う」

「んー、そうかな」とべつの監視役が首を傾げた。


「みなさん、そんな話題、やめてください……」

 

 ユリは目を伏せた。

 そこに調理をしていた男たちが「おまたせー」とフライ山盛りの大皿を持って来た。

 オミヤマ氏がタクヤに「ほら、熱いうちに食ってみろ」と取り分けた。

 タクヤがそれを一口頬張ると、口の中に『幸福』があふれた。


「なにこれ、めちゃくちゃ美味しい」

「そう、これこそが、幻の海ナマズ・メッチャウマイのフライさ」

「メッチャウマイって、本当にめちゃくちゃ美味しいんですね」

「とってすぐに下処理していれば刺身がうまいんだが、いろいろあったからな。まあ、フライでも十分うまい、酒が進むぜ。おまえも飲むか?」


 オミヤマ氏にグラスを勧められたタクヤは、手をふって断った。

「いや、僕はちょっと。成人前だし」

「ま、いい。あとで『王子様に飲酒を強要した罪』とか言われても困るしな、がはは」


 ユリもフライを頬張って驚いた。


「なんですかこれは。食感は普通の白身魚ですけど、私の口の中に心地よい香りがあふれてきます」

「ちょっとなつかしい感じだよね」


 と痩せた監視役がうなずくと、太っちょの監視役が付け足した。


「母親の母乳みたいな味と例える人もいるよ」


 ユリは赤面して「そういう味はおぼえていませんけど」とうつむいた。

 おばちゃんは笑った。


「わるいね。しょせん私らは海賊村だ。しかし、魚だけはどこよりも贅沢させてやるよ。そうだろ? だから、ほら、もっとたくさんお食べ」

「あ、ありがとうございます……」

「ユリちゃん、このおばちゃんはさ、自分が太っているから、若くてかわいい子を見ると、余計に食べさせないではいられないんだよ」

「おだまり! うるさいよ、あんた!」


 おばちゃんの剣幕に、オミヤマ氏が苦笑した。


「いや、しかし、おばちゃんは、あれだよな、確かにいい旦那は見つけたからな。なんてったって、セノラさんは、素晴らしい人だった。まさしく英雄だよ。この村のすべてが、あの人から始まったんだ」

「けっ。死んじまえば、いい人もなにもない。きまってるだろ、そんなこと」

「死んだんですか?」


 タクヤは同情を込めて質問した。

 おばちゃんは言い捨てた。


「ああ。死んだ。バカだからだよ」


 場がシンとなる。

 オミヤマ師が代わりに説明を引き継いだ。 


「あのなぁ、おまえよ、海賊ってのはな、一種の独立国家だ。でもな、人が集まって、今日から独立しますじゃ、世界は納得しねぇのよ。どうしても、なにか仕掛けが必要だった。で、セノラさんと十二人の弟子たちが戦を起こしたってわけだ。最初から負けるための戦。泣かせるだろ? こんなこと、説明するのもつれーよ。そんなすごい人たちが全滅してくれたおかげで、我々は世界から消えた。そしてここにいる。名もない下っ端は、今はこうして、自由に、見捨てられた土地で、せいいっぱい生きている」


 オミヤマ師の大仰な説明は、細かいところはウソも含んでいるように聞こえたが、全体としてはしっかりとした芯のある自信に満ちたものだった。

 おばちゃんが、ふん、と鼻で笑って説明を引きついだ。


「みんなバカなんだよ。あんたね、国家だとか、戦争だとか、そんなのがいったい何だって言うんだ。くっだらない。イワシなんて雑魚だけど、でもね、一匹のイワシの方が、はるかによくできているよ。神さまの創ってくださったもの、ってことだ。わかるかい? 人間が作るものなんて、しょせんウンコだ。ミサイルだって戦艦だってウンコ。国境だって、企業だって、経済だって、みんなウンコだよ。いくら頭のよさそうなこと言いやがったって、誰がイワシを作れるって言うんだい。感謝することもせず、余計なものばかり。ほんと、頭のてっぺんから足の先まで、くそまみれだって思うよ」


 おばちゃんは、唖然としているユリの顔を見ると謝った。


「いや、ごめんよ、美味しいものを食べているときは、美味しい話にしなきゃね。おい、誰だい、こんな話にしたのは。ま、いいよ、さ、わすれたわすれた。美味しいものをたくさん食べて、今日はゆっくり眠ること。神さまの恵みに感謝してね」


 やがて片足のない男が、バイオリンを取り出して演奏を始めた。リズミカルな曲に、人々は手拍子をあわせて歌った。騒ぎ疲れると、男はバイオリンを脇に置いて酒を飲んだ。

 タクヤは、ふと、バイオリンを指さした。


「それ……いい?」

「弾けるならどうぞ」


 うなずく男から、タクヤが楽器を借りると、無意識のうちに入念に調弦をして、正確な演奏を始めた。

 昨年後期の課題だった『無伴奏バイオリンのためのバラード』から、最も美しい第三曲。

 飲み騒いでいた人々が、静かにタクヤの演奏に耳を傾けた。


 本当に弾けた、とタクヤは内心思った。

 こんなに弾けたんだ、自分は。

 自然と指が動く。

 旋律の美しさに心をゆだねて目を閉じる。

 王宮の惨事、そして背中に感じたユリのぬくもりの記憶までもが、すべてメロディと重なる。   

 あふれてくる涙を、かくすことはあきらめて。


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