表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/226

第9話 出立 3/3


 船長は船をいったんアイドリング状態した。

 イルカも、あらためて水面から顔を出し、タクヤに語りかけた。


《オイラ、こんなことになるなんてビックリだお。なんか目に入っちゃったお。痛すっぱいお》

《なんだよ、痛すっぱい、って》

《人間はゲロが目に入ったら痛すっぱくならないのか?》

《さあ。やったことないからわからない。それにしても、イルカも大変だねぇ》

《いいってことよ、べつに服は汚れなかったから》


 通勤途中のサラリーマンみたいな言い方。


《おまえイルカのくせにユーモアの才能あるな》

《まあオイラはこれで食ってるからな》

《芸人かよ》

《オイラを育ててくれた人間がテレビ好きでさ。水槽にテレビ向けてれば退屈しないと思っていたんだな。おかげでいろいろ学んだよ。でも、なかなか人間はわかってくれなくて。やっとわかってくれたと思ったらさえない少年だ。不幸だお》

《やっぱ、おまえ、失礼なやつだな》

《しらんがな、おまえが言葉わかるから悪いんだろ》《そーいう問題じゃあねえよ》


 小型船がゆっくりと進みはじめた。

 イルカは水中に消えた。 なんなんだあいつ……

 タクヤは、純粋にむかついていたが、船上の雰囲気はちがっていた。

 スタッフが全員、驚愕の表情でタクヤを見ている。


 タクヤは、ライン特佐に質問した。


「僕、何か悪いコトしました? なんか、みんな怒ってません?」

「いいえ、逆です。さすがタクヤ様、と。イルカと話せるなんて。神話のストーリが、今、まさに目の前で展開されたのです」

「はあ? あんたもそれを言うのかよ。僕たち、くだらないことしか話してないんですけど」

「いえいえ、イルカはスーサリアの古くからの守り神。イルカと心を通わせることができることこそが、なによりも偉大な王家の証」

「はあ……まあいいけど……」


  ◆ ◆ ◆


 ゼンとミルシードは、船室の隅でひそひそと情報交換を始めていた。

 スーサリア王室の置かれた状況について。


「ワタクシは、タカコ派、完全な身方よ」

「知ってる」

「どんな死も乗り越えてみせる。政治力だって、つかうときはつかう。でも、たとえあなたの言うとおり売国奴を根絶やしにできたとしても、冷静さを欠いた今のスーサリアではベルベスを守り通せない、とも思う」

「それこそが、奴ら、連邦のねらいさ」

「私にできることはある?」


 ミルシードの真摯な問い。

 ゼンは肩をすくめた。


「今は、性急にならないことだ。出方を観察しよう。なんだかんだでこの国の秘密は簡単に持ちされるものではない。現代の科学でも解明されていないくらいだ。あわてずに最善をつくすべき、と、オレは思う」

「まあ、それはそうだけど、戦いの狼煙は上がってしまったのよ。春におきた切り裂き事件とはわけがちがう」

「オレは、最悪、海上王宮の破壊もありうる、と思ってる」

「ええっ?」


 ミルシードが驚きの声を上げると、ゼンはたしなめた。


「ばか、大声出すな」

「ごめん、でも、そんなことしたら、この国の未来はどうなるの」

「船にすべてが積まれているわけじゃない。生き残る人がいれば、つながるものは、つながる」

「それはそうだけど……ねえ、あなたの後ろに何があるの?」

「それは知らない方が身のためだ」

「そう、”なにか"は、いるのね?」


 ミルシードは目を光らせた。

 ゼンは否定も肯定もしなかった。


「タクヤは……あいつは、バカだけど、純粋だ。そこがオレは好きだ。どんな下々の涙にも共感する敏感さを持っている。何よりあいつの演奏には、”愛”が表現されている。そんなやつが、王になるのは、悪くない」

「演奏って?」

「バイオリンだ。おまえ、知らねえのか?」

「たしかに、弾くことはあったと思う。でも、そんなにうまかったかしら……」

「いつか、聞いてみろ。完璧演奏というのとはちがう。しかし『この人なら任せられる』と実感するはずだ」


 それを聞いて、ミルシードは意外そうな顔をした。


「あなたって、案外、温かい一面もあるのね?」

「オレはただ、本当のことを言っているだけだ」

「あなたのことは信頼してあげるわ。結末がどうなるかは、わからないけど」

「おまえに信頼されても嬉しくねえ」

「むきー! その言葉づかいだけは永久に納得いきませんけど。まあ、いいわ。いろいろ聞かせてくれたこと、感謝します。スーサリアの未来のために」


 ミルシードが手を差し出す。

 ゼンは首を振った。


「やれてくれ。その言葉を言って握手した人は、たいがい死ぬ。嫌なんだ」

「言っとくけど、私は、たいがいの人よりは強いわよ。強い女はお嫌い?」

「好みじゃない。……が、尊敬はする」

「あ・り・が・と」

 

  ◆ ◆ ◆

 

 タクヤとユリは、船腹によりかかり、風を受けていた。

 破壊された王宮をながめながらタクヤは言った。


「最初実感なかったけど、もう去るのが寂しくなってる」「目覚めたのは昨日だものね」「きっと僕が思い出せないいろんなことが、あそこにはあるんだろうな」

「昨日はあんなだったけど、もともとは素敵なこととか、楽しいこととか、美しいことがいっぱいあるところだよ」

「もう少し時間があればよかった」

「大丈夫、また帰ってくればいいだけ、そうでしょ?」


 ユリに顔をのぞかれ、タクヤはあわてて「そりゃそうさ」とうなずいた。

 ユリは笑顔を浮かべた。すでに吐くものは吐いてしまったので、なんとか平常心をとりもどしていた。


「イルカさんには、悪いことしたな」

「あいつ、船酔いって言ってもわからなくて、病気だと思ったみたい」

「私、まさかそこにイルカさんがいるとは思わなくて。でも、どうしてもこみ上げてくるものを止められなかったの」

「いいんだよ。シロも言ってたよ。服は汚れなかったから、って。ただ『目が痛すっぱい』って言ってた」

「え、本当にそう言ったの? 君が作ってない?」

「ほんとうさ。あいつ、そういうイルカなんだ。イルカって、みんなあんなやつなのかな」

「それは、ちがうかも。たぶん、人間と同じだよ。気難しい人や、寂しがりの人や、酒好きの人がいるように」

「さすがに酒好きのイルカはいなさそう」

「だね」


 ユリは楽しそうに笑った。しかし気を許すとまた吐き気がよみがえってくる。


「とにかく、これに懲りずに、私たちの旅、ついてきてくれるといいな」

「シロが? でもさあ、これから乗りかえる船は、だいぶ速い速船なんだろ?」

「連邦のこちら側の港まで2日と言ってたね、普通の船の2倍か3倍くらい速い。でも、シロならきっと余裕よ」

「いや、でも、そこが目的地じゃないんだろ……どこだっけ?」

「これからむかうのは連邦の港湾都市タロータ。連邦のいちばんこちら側の港。本当の目的地の連邦の首都は、大陸の向こう側だけど、タロータからは空路だって言ってた」

「飛行機に、イルカが勝てる?」

「海峡があるの。クックラ海峡を通れば、一直線で向こうの首都まで直通できる。イルカさんでも大丈夫」

「しかし、そんなとこまでくるかなぁ」

「くるよ。だって、私たち、心がつながっているもの」

「そういう問題っすか?」

「そういう問題なのでーす!」


 ユリはヤケクソ気味におどけた。

 タクヤはめちゃくちゃまぶしいものを見たかのように苦笑した。


「あいつ、見た目は普通のイルカだけど、しゃべってみるとオヤジっぽかったぜ」

「いいもーん。オヤジイルカさんでも。私、オヤジ趣味だもーん」


 苦し紛れにおどけるユリと、そんなユリを見つめるタクヤ、二人のもとにライン特佐が近寄ってきた。


「ユリさん、大丈夫ですか?」

「すみません、私のためにお手数をおかけしてしまい」

「ご心配には及びません。ほら、見えてきました。あの高速船に移れば、もう大丈夫です」

「確かにスピード出そう」


 タクヤはその優美なフォルムに目を奪われた。

 ラインは頷いた。


「そうです。この先は急ぎます。急がねばならないのです」

「なぜ?」


 タクヤは、あえてつっかかるように質問した。

 ラインは細く整えられた眉を上げた。


「それはもちろん、あなたのお父さまがお待ちですから」


 タクヤは『お父さま』という言葉を聞くと頭痛が襲ってきた。

 なんのこと?

 聞いてねーよ。

 お父さまって、誰よ。

 

 そこに雷鳴のような音が海上に響きわたり、戦闘機が三機、頭上を過ぎていった。


「我が国の空軍です」


 とラインが説明した。

 ユリが、正直に疑問を口にした。


「ラインさん、これは、すでに『戦争』なのでしょうか?」


 ラインは少し考えてから、かみしめるように語った。


「戦争かどうかはわかりません。しかし、我が国が小国だからといって、いいなりになるつもりはない。それがたとえ、マーサ連邦のような世界大国だったとしても。そもそも我が国の秘術は、現代の浅はかな経済有意性などで、損なわれるほど軽薄なものではありません。そうですよね、タクヤ王子?」


 ラインがタクヤに問いかけると、ユリはおどろいたような顔をしてタクヤをみつめ、言葉を待った。


「僕にわかるのは、祈り師から受ける祈りのときの感覚です。重くて、深くて、ぐちゃぐちゃで、痛くて、死が、まるで目の前にあるかのような。この先になにがあるのかはまだわかりませんけど、金で買えるようなものではないことだけはわかります」


「でも」とユリは遠慮がちに言った。「命を、買えてしまう金というものもある……」


 タクヤは苦笑し、海原に視線を移した。


「ユリって、大人だよね。でも、たぶん、それ以上なんだ。代償が必要としても、それだけでは終わらせない。僕がだまっていない。だから、大丈夫」



 やがて目の前に流線型の白く美しい船が近づいてきた。

 海軍の高速船キャンベル号だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ