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第8話 ハワイとイルカ 6/6

 前日の朝にタクヤがユリを見かけた入り江。

 そこに突き出た木製の桟橋の先まで来ると、タクヤは水中メガネを先に顔につけて、さっと服と靴を脱ぎ、パンツだけになって飛び込んだ。


 一瞬、冷たい。

 しかしすぐに馴染む。

 スーサリアは北の国だが、南から暖流が来ているので水温は比較的暖かい。

 多くの人が海で泳ぐのを好む。


「自分だけなんてダメです」


 ユリも服を脱ぎ、水中メガネを顔につけて、下着だけになって、飛び込んだ。

 ゼンも。


 そして、ユリの横に、一頭のイルカが来た。


「おはよう、イルカさん」


 ユリの抱擁に、イルカは「くえっ」と鳴き声で答えた。


「昨日、餌をあげていたやつ?」


 タクヤが問うと、ユリが答えた。


「そう。仲良しなの。シロ。尾が白いから」


 するとイルカが口を水面に出し、声を出した。


《おまえら、だれ》


 イルカの鳴き声だったはず。

 タクヤにはそれが、言葉として聞こえた。


《おまえ、ユリの友達のイルカか?》

《はあ?》

《この人がいつもここで遊んでいるイルカか?》

《そうだよ。おまえ、だれ?》

《僕は、まあ、いちおう、タクヤ、だけど》

《ふーん、どうしてタクヤなのさ》

《知らないよ。ていうか、そんなこと、僕に聞かれても困るし》

《おいおい、困るのはこっちだよ。名前には関連性がないと記憶しにくいじゃないか》

《べつに関連性のない名前だって、あったっていいだろ? 自分が決めたわけでもないし》


 イルカは一度水に潜り、顔を出すと再び声を発した。


《おまえ、やっぱ悪いやつ。イルカを困らたいか? おまえ、イルカの敵と認識》

《いちいちうるさいな。わかったよ、関連性? そのうち暇なときに考えておくから》

《ま、いいよ。わすれろ》

《はあ?》

《からかっただけ》


 イルカは口をパクパクさせて爆笑した。


 イルカと語り合う王子。

 それを見て、ユリは、立ち泳ぎのまま感心し、うっとりした視線を送った。


「おどろきました。さすが、王子様ですわ」

「はあ?」


 タクヤが顔を斜めに歪めて問い返した。


「だってイルカと会話ができるなんて、私、生まれて初めて見ちゃいました。本物なんですね、すごいです!」

「やめてくれよ。こんなの大したことない。ていうか、二人は、今の会話、理解できないの?」

「もちろんです」

 ゼンは「二人で『くえっくえっ』ってやってただけ」と言い切った。

「なんなんだよ、その『くえっくえっ』って」

「イルカはこの国の守り神。心を通わせられる王子。そうか、みんな本当のことだったのね。スーサリアの奇跡が目の前に。なんか涙が出てきた。さあ、シロ、沖にいこう」


 ユリが海を指さすと、イルカはいったん潜ってから、ユリを下から持ち上げた。

 ユリはすっかり慣れた動作でイルカの背にまたがり、男子二人に「つかまってください」と言った。


「え、つかまれって……ヒレに、で、いいかな」

「はい」

「何する気?」

「散歩でも、と」

 

 ユリが足でイルカに合図を送ると、イルカが強引な加速をはじめた。

 水が目の前で小山のように盛り上がり、左右の男子を飲み込んだ。

 しかしその水の山を乗り越えると、あとは尾びれで力強く進むイルカに、三人が乗っている状態になった。

 タクヤは、水を被りながらも、なんとか叫んだ。


「ユリって、いつも、こんなこと、やってんの? あぶぶぶ」

「はい!」

「イルカに、乗った、少女、ってこと? ぼぼぼぼ」

「素敵でしょ?」

 反対側でゼンが水をかぶりながら爆笑した。


 すっかり沖に出ると、イルカはターンして止まった。

 遠く防波堤の上に王宮が見える。


「ありがとう」


 ユリは嬉しそうにイルカに頬をスリスリした。


 左右の男子は、イルカにまたがったユリが白い下着姿であり、しなやかな体型はもちろん、胸の膨らみまで半分以上見えていることに、戸惑いを隠せなかった。彼女は、祈り師という崇高な役割をこなす若き女性なのだ。

 気まずそうなゼンは、一人でイルカから離れ、ゆったりと泳いでいった。

 タクヤは言った。


「ユリって、案外、野性的なんだね」

「え? あ……あまり見ないで。いつもの癖でやってしまったけど、あらためて考えてみると、恥ずかしいよね、ブラのままって。ははは」

「いまさらそれはない」

「だよね。ま、海だし、ヨシとしてください」


 ユリは頬を染めて微笑んだ。

 イルカが嬉しそうに横目をピクビクさせた。

 

《おまえ、イルカの分際で、いつも下着姿のユリとイチャイチャしてるのか》


 タクヤの問に、イルカはじろりと横目を向けた。


《はあ? なにか問題でも?》

《ゆるせん》

《なにいってんの、こいつ。おまえ自分で帰れ》

《いやいやいや、それはないでしょ。けっこう遠いよここ》

《遠いとか、笑える》


 イルカは口先を上に上げてヒクヒクと笑った。


「あ、イルカさん、笑ってるね?」

「こいつ失礼なことばかり言ってくるんだけど」

「イルカだからね、許してあげて」


 ユリがイルカのつるつる頭をなでると、つぶらな瞳が幸せそうに緩んだ。

 そしてユリが黒い背を叩くと、イルカは急に加速し、華麗に泳ぎ回った。

 高くジャンプまでして。


 男二人は、海に浮き、イルカに乗った少女に見ほれた。


「きれいな人だよな、ユリって」


 タクヤの正直な感想。

 ゼンは目を細めて忠告した。


「好きになるなよ」

「だめ? 王子だから?」

「いや、向こうが祈り師だから」

「それは、どういう?」

「祈り師になったら、ダメなんだよ」

「なにわけわからない」

「知らないのか?」

「知らないことばかりですが、何か?」

「そうか。ま、いい」

「なんだよ、それ」


 やがてイルカが、男子二人の間に割って入ってきた。

 男たちは来たときとおなじように左右のヒレにつかまった。

 盛り上がる水の山をかぶったのち、顔にしぶきをうけながら入江に戻った。


 シロに礼を伝えて、岸に上がると、ユリは前日のつらい記憶がかき消されたかのような明るい表情になっていた。


 はいていたものを手に持って、素足で診療所に戻る。

 夏の海の匂いにつつまれながら、やっぱ海っていいな、とタクヤはしみじみと思った。

 

 建物の陰に来たとき。

 濡れた髪と、白い下着のまま、首を傾げて、何かをたくらむような笑みを浮かべたユリと目が合うと、タクヤはあわてて視線をそらし、夏雲の浮かぶ空を見上げた。


 君と夏。


 この瞬間、心が爆発しそうだ。

 天にとどく積乱雲のように。


 前日の悲劇の記憶さえ、むしろ愛の衝動をあとおししてくる。

 無防備なユリの身体を抱きしめそうになる。


 ゼンと、ユリの父が、近くにいなかったら……


 いたけど。

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