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第1話 目覚め 2/5

 3ヶ月前の春の日。

 スーサリアの首都全体が、澄んだ青空のもと、祭りの雰囲気につつまれていた。

 どこからともなく軽快な打楽器のリズムが響き、美味しそうな匂いが漂う。


 ただの春祭りということではなかった。

 港で『宙に浮く船』のイベントが予定されていた。


「なあ、見に行こうよ」


 今年17になるタクヤは、友人のゼンを誘った。

 場所は、人々でにぎわう中央商店街。


 キュビーネ男子高等音楽学校のスタイリッシュなジャケットを脱いで腕に持ち、シャツのボタンも胸まで開けたラフな姿で、男子学生二人は、フィッシュフライサンドをかじりながらのんびりと歩いていた。


 午前に定例の演奏試験を終えた二人は、午後は授業がなかった。いつもなら気晴らしの街歩きだけして、自主練習のために寮に戻るところだ。

 しかし街に貼られポスターを見て、人々のうわさ話を耳にすると、タクヤはそわそわとして、じっとしていられなくなった。


「なあ、ゼンってば、見に行こうよ」

「え? なにを?」


 ゼンは黒い長髪を振り、けだるそうに聞いた。

 そのウツ表情とは逆に、タクヤは期待で目を輝かせた。


「しっかりしろよ、『宙に浮く船』さ。めっちゃ話題になってるじゃん。ていうか、こんなに話題になってるって、今日まで知らなかったし」

「オレたち、アパートと学校を行き来しているだけだからな」

「まったく、たまには街に出てくるもんだよ。もちろんゼンも行くだろ?」

「よせよ。オレは船なんて興味ないね」

「そう言うなって。ほら、ポスター見ろよ。『反重力装置ベルベスを応用した大型船』だってさ。こんなの世界的にも初めてじゃないか?」


 タクヤは目を輝かせてポスターに駆け寄り指を指す。


「ほら、かっこいい!」

「そんなの知られてないだけ。ベルベスの利用なんて、この国では古くから行われてきたし、軍用にもとっくに実用化されてる」

「いや、まあ、そうかもしれないけど。でも、スーサリアは平和な国だから軍用なんて関係ないし」

「軍用って、知ってるのか?」

「軍用……、空とぶ戦艦、みたいな? 大国マーサ連邦の無敵浮遊戦艦、何でも撃っちゃう号! ドンドンドン!」


 タクヤが身振りを交えて大砲を撃つ演技。


「いや、さすがにそんなものは存在しないと思うが」

「だろ。だ・か・ら、見るしかないって」


 あまりにも前向きのタクヤの姿勢に、ゼンはため息をついて髪を両手でかき上げた。


「オレ、正直、人の多いイベントって苦手なんだよ。昨夜もゲームで寝てないし」

「あいかわらず不健康すぎる。たまには人混みもいいもんですよ、ゼンちゃん。すてきな女子と知り合えるかもだし。ね?」

「いらねえ、そんなの。あと、その悲しい呼び方やめてくれ」

「ゼンちゃんって悲しい? では、ゼンどの」

「ゼン、でいいから」

「ゼン……それ、なんか面白くない」

「わるかったな。てか、人の名前を面白いか面白くないかで判断するのやめてくれ」

「ま、タクヤが面白い名前かっていうと、それもちがうからね」

「不毛だ……」


 タクヤは苦笑しつつも、目を輝かせた。


「最近耳にしたんだけど、うちの音楽学校って、じつは、評価高いらしいよ」

「音楽的には大して良いとは聞かない」

「ちがうよ、男子生徒的に、だよ」

「はあ?」

「僕たちみたいな、かっこいい男子が多い、ってハナシ」

「アホ」


 あっさりと全否定された。


「アホってなんだよ。アホは言った方がアホなんだぞ!」

「恋愛禁止されてるのに無駄な妄想するな」

「それはそうだけどでも、心の喜びって大切だよ。やっぱテクだけじゃいい演奏はできない」


 華麗にバイオリンを弾く手振りをするタクヤ。

 ゼンはやれやれと首を振った。


「まあ……行けばいいんだろ」

「わかった? 大丈夫、心配するなよ。僕が、たのちませてあげますからねー、いいこ、いいこ」


 ゼンは、黙して歩を速めた。ベルベスの秘密。精製過程で深刻な犠牲がでること。しかしそれはタクヤはまだ知らない。多くの国民が知らないのと同様に。

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