第7話 スーサ教 1/5
夜の王宮。
ショベルカーによる作業現場が、投光器によって照らされていた。
遠くから作業音が続く。
そこに、いつのまにか、男や女たちの怒りの声が重なって聞こえてきた。
照明を持ち、口々に叫んでいる。
「龍人族、許すな! 龍人族、許すな!」
まもなく個別の叫び声が聞き取れるようになってきた。
「どこだ、かくれても無駄だぞ!」
「とっととでてこいや、ごらぁ!」
「王宮に紛れ込もうとはいい度胸!」
「長髪の痩せたやつだ、探し出せ!」
「女もだ、女もいるぞ!」
「男二人、女一人の三人組だ!」
「れっきとした警察情報だ!」
「軍の了承はとれている!」
「抵抗したら殺してもいいってよ!」
「探せ探せ!」
かなりの大人数……おそらく200人以上。
市内でおきていた反龍人デモから、血気盛んな者たちが流れ込んできたのだ。
ナイフや鉄棒など武器を持っている。
その先頭には、狂ったように叫ぶ黒髪の女性の姿。
「あれって、もしかして……」
ユリの疑問に、目のいいゼンが即答した。
「ルクフェール財団のベルタだな。ベルベス解放派の中心だったグリフィン侯の一人娘」
「では……」
「ああ。爆撃で親が死んだんだろう。他にも身内が死んだかもしれない」
「それは、怒り狂うのも、わかります」
「誰がいいとか悪いとかはともかく、話が通じる相手じゃないのは確かだ。……さすがにリーアンさんのところに行ったのはまずかったか。しかしオレも確認しなくてはならなかったからな。とんだとばっちりだ」
憎々しげに唇をかむゼン。
タクヤはむじゃきに提案した。
「要するにかんちがいしてるんだろ? 僕が王子だと名乗り出れば話はつくんじゃないかな? 愛国保守の人たちみたいだし、さすがに王子はないがしろにできないのでは?」
「おまえが本物の王子だという証拠はなんだ?」
「証拠と言われても、困るけど、ま、滲みだす威厳、みたいな?」
「それおまえに一番ないやつだぞ」
「はっきり言うなよ、気にしてるんだから」
「おそらく、やつらを止められるのは、王、本人だけ。関わらないにこしたことはない」
いよいよ叫び声が近づいてきた。
ゼンが鋭い目をして言った。
「貴族のベルタがリードしているんじゃ、ただの愚民じゃない。ユリはどこか安全な逃げ場所を知らないか?」
「診療所ならかくまえますが……」
視線をやると、その方向はすでに明かりを持った者たちがいた。
「他には?」
「西の教会はどうでしょう」
「僕が遺体を運び込んだところ?」
タクヤが問う。
ユリは首を横に振った。
「もう少しさきに行ったところに、聖スーサ聖堂があります。そこならゲスト用の小部屋もあったはず。少しでも信仰心のある者なら無法はできない場所かと」
「よし、そこに行こう」
ゼンは、かぶっていた毛布を捨てて、腰をかがめて移動を始めた。
二人もそれを追う。
◆ ◆ ◆
迷路のような庭園。
ユリがタクヤの手を引いていざなった。
わかりやすい噴水の広場から先に進むゼン。
ふと、ユリはゼンとは異なる小道を進んだ。
「え、ちがわない?」
「こっちの方が近いの」
タクヤの問いに、ユリは笑みを見せてうなずいた。
少し進むと、植え込みの影から手が伸びて、ユリの足をつかんだ。
「きゃ」
「つかまえた、やった!」
ユリは前のめりに小石の敷かれた通路に手をついて倒れた。
出てきたのは、小太りの男だった。
別の場所から入り込めたので、かくれて捕まえる作戦だったようだ。
「なんだよ、こいつ」
タクヤは小声で叫び、ユリをつかんでいる男の腕を強く踏んだ。
しかしもう一人の別の男が、茂みから出てきてタクヤを押し飛ばした。タクヤの身体は飛ばされ庭木に押しつけられた。
「きいてるぞ、脱走兵の仲間の二人。女と男。何してもいいんだったな」
ユリは必死で抵抗するが、力では小太りの男にかなわない。
「とりあえず服を脱がすか。検査しないとな。胸のサイズは……、やべ、しっかりあるぞ、ひひひ」
「ちっ、自分だけいいとこもってくな。こっちの男、じゃまだから即殺すか」
「やっちまえよ。オレたちの神聖な王宮を破壊しやがったやつらだぜ、情けなんて無用だ」
そんな暴徒の二人が、急に「うぐ」「なんだ」と、苦しそうな声を出した。
直後には、身体にロープをかけられ地面に転がっていた。
守護騎士ゼンの早業。
「ゼン、やるな」
タクヤが、なぐられたほほを手でさすりながら言う。
ゼンは吐き捨てるように言い返した。
「てめえ、離れるなって言っただろ」
「わるい」
「ちがうの、ごめんなさい! 私が近道を」
「ちっ」
舌打ちしたゼンは、ユリの腕を引いて暴徒から離し、にらみつけた。
「オレはな、ユリ、あんたに生き様に敬意を払っている。それは本当だ。しかし、こいつの命は、ただの命じゃない。この国の未来と関わっている」
「ゼン、それはどうかな……」
「はあ? 何言ってんだ、こいつは王子だぜ、知ってんだろ?」
「そこじゃなくて、私の生き様、ってところ。だって、私なんて、無力な新米祈り師。世間知らずで、幼稚な女にすぎない」
「ばーか。その思いこみがかっこいいんだろ。自覚しろよ、ったく。おまえみたいなかわいい女が、そういう謙虚さをまき散らすのは、暴力以外の何ものでもないってことだよ」
「え……」
「まあいい」
ゼンは二人の暴徒に戻り、小太りの男のシャツをナイフで引き裂き、二人の男の口に巻き付けた。
ナイフをそれぞれ男の目の前にかざし、低い声でおどした。
「おまえたちの顔はおぼえた。よけいなことは言わないことだ。慣れない庭園に入りこんでトラップにひっかかった。そうだな?」
男達が、もごもごと肯定の意志を伝える。
「王宮に泥を塗ったやつは、案外簡単に川に浮かぶこともある。忘れるな」
暴徒に「指導」を終えたゼンは、すぐに移動を再開した。
二人も追う。
「もう庭園は危険だな。逆側から入りこんでいるやつがいる。どこかいいところは……」
「ならば、そこに従業員用の入り口が」
ユリが暗がりの中の壁際を指さした。
「デザイン優先でわかりにくいですが、扉があります。そこから庭師が出入りしています」
「さすがユリ。つかまってこけるだけの女子じゃない」
「ちょっと、タクヤ、それはあんまり……」
ユリは勢いで王子を呼び捨てにしてしまうと、あわててゼンにいいわけをした。
「いや、私たち、二人のときは敬語はなしにしよう、とタクヤ様が」
「いいことだ。これからもその調子で頼む」
ゼンは、素早く壁に近寄り、指先の感触で見つけにくい扉を探り当てた。
開けると、中はほぼ真っ暗だった。
ただし、目がなれてくると、外の作業の光が少しだけ窓から漏れているのがわかった。
タクヤは本音を口にした。
「あのさあ、ここでかくれている、ってのはダメかな。僕はさっき襲われて、けっこう痛いんだけど」
「我慢しろ。庭園をしらみつぶしにしたら、次は必ず建物も探し始める。ベルタの叫びを聞いただろ、あいつは本気だ。一刻も早く教会に逃げ込むべきだ。ユリは大丈夫か?」
「はい、私は擦り傷程度。胸元がさけましたけど、幸い……暗いので」
タクヤは一瞬、ユリの乳房が損傷を受けたのかと心配して、わずかな光の中でガン見した。下着と中身は、そのままだった。ただ、ブラウスのボタンがいくつか飛び散って、前が開いていた。
「タクヤ様、このようなものを見ている場合ではございません」
「むむっ、そのとおりである、急ぐぞ、みなのもの」
ゼンは苦笑して「今さら王子の威厳なんて、遅いっつうの」とつぶやき進み始めた。




