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第6話 リーアン 4/5

 倉庫には、独特の甘い匂いが残っていた。

 この匂いを国民すべてにとどけたい、とリーアンは思ったが、そのような妄想を断ち切るように、扉を閉めるスイッチを押した。

 

 予定ではこのあと、車で国境を越えるつもりだった。

 春の経験から、警察の動きについてはある程度理解できている。

 前回とは比べものにならない惨事だが、捜査のやり方自体は大きく変わらないだろう。

 

 リーアンは、天井のファンをまわし、龍人たちの衣類や毛布を倉庫の真ん中に集めて、油をまいて火を点けた。

 大火災にならないように、最初は少しずつ。

 汗がしたたり始めたが、むしろミソギのような気持ちで暑さを肯定した。


 炎を見つめながら、彼は、妻を回想した。


 血液医学のヒトミは、リーアンと同僚の医師だった。

 エレリア地方に古くから広がる風土病を研究していた。

 リーアンは、もともと財のある家の生まれで、エレリアのような貧しい土地に興味はなかったのだが、ヒトミと知り合ってから、すぐに考えが変わった。


 ヒトミは、分け隔てなく、積極的に現地の人々の輪に入っていく女性だった。

 どれほど貧しいものに対しても温かい愛を注く眼差し、小柄な見た目からは想像もつかない行動力。

 リーアンはその魅力に取りつかれ、共に貧しい村に居着いた。

 同じものを食べ、ときに酒を飲み、躍り、笑い、眠った。

 もともと医療の遅れていた地域だったので、新たに持ちこまれた現代医療は、めざましい成果を上げた。

 リーアンとヒトミは、人々から神のように敬愛され、やがて二人が結ばれるとなったときには、村全体が祭りのように祝ったものだった。

 

 しかしそんな幸せは、長くは続かなかった。

 ヒトミ自身が、現地の病に罹患したのだ。

 最初は腹部に現れた小さな発疹からだった。

 虫に刺されたかのように見えたが、それは徐々に増えつづけ、炎症が広がり、痛みと寛解をくり返すうちに、バラのような溝の深い紋様となっていった。

 

 感染には特に気をつけていたし、こまめにサンプルを研究所に送ってチェックもしていた。

 なにより、現地の人であっても、その病にかかる割合は多くはない。

 

 リーアンは、必死で原因と治療法を探した。

 関係のありそうな論文を世界からかき集めて目を通し、スーサリアの古い王宮医療まで調べつくした。

 古文書を読み解くために、専任の翻訳者まで雇った。


 ようやく、それは細菌やウイルスの感染ではなく、この地方の植物で生成される毒性物質による細胞異変であることを突き止めた。感染症よりもガンに近い。

 しかし、医師として調べられるのは、それが限界だった。


 日常生活では、二人のスキンシップは続いていた。

 感染の疑いは晴らすことができた、それが救いだった。

 なにより、二人は心から愛しあっていた。

 ヒトミがいなくなったのちに、一人で生きていく自分を、リーアンは想像すらできなかった。

 

 いよいよヒトミの最期が近づいたころ、リーアンはあるうわさを耳にした。

 東の砂漠の果てに、龍人の里がある、と。

 そこはラスカート共和国の紛争地帯として知られ、旅人が気軽に訪問できるような場所ではなかったが、わずかに公的記録がある龍人たちの症状が、ヒトミのそれとよく似ていた。龍人を生きながらえさせている何かがあるなら、それを知らなくてはならない。

 二人は危険を承知でその地を尋ねることにした。


 強い警戒心の元、巧妙にかくされた里だったが、ヒトミの病状そのものがパスポート代わりとなった。


 その里で、リーアンは、多くの秘密を知らされた。


 彼には信じられなかったが、龍人の里の女領主は、かつてスーサリアの祈り師だったのだ。

 気高く、強く、思いやりの深い女性だった。

 その祈りの元で、ヒトミは痛みを逃れ、安らかに世を去った。


 妻の弔いののち、彼は自らの役割について、明確に自覚した。

 龍人の里の女性領主のために、命を捧げる。


 リーアンは、スーサリアに戻る、という使命を引き受けた。

 親から引き継いだ財産をつかって、政治家に立候補した。

 地方議員を一期務めたのち、国会議員に当選した。

 死を覚悟した独り者の彼に、怖れるものは何もなく、こだわるべき正義もなかった。

 金で買えるものは、躊躇なくなんでも買った。


 やがてリーアンは、王宮に出入りするようになった。

 議員としての職務だったが、タカコ王妃は、最初からリーアンのことを知っていた。

 タカコ妃は、風土病がはやる貧しいエレリアの出身だったからだ。

 そして彼は、王妃と個人的に親交をかわし、王宮に伝わる秘密の一端を知るに至った。

 現代科学を超える技術の、悲しい秘密について。

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