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第3話 爆撃 2/5

 怪我人が運び込まれ始めた。

 ゼンの率先した指示により、重症者を優先して。

 診察室はあっというまに怪我人で満杯となり、待合や通路にも人があふれた。

 医師は、ユリの父親、ただ一人。そしてベテラン看護師が一人、あとはお手伝いの二人がいるだけ。

 これではまったく人手が足りない。


 タクヤはガラスで切った手足の出血をテープで止めると、ドクターの白衣を借りて、救護を手伝った。

 この惨事を前にしては、誰もが助け合う以外にない。

 タクヤに医療知識がなくても、手伝えることはいくらでもある。


 運ばれてきた重傷者の中には助かる見込のない者もいた。

 そのような場合は、ドクターの指示で、診察室から出され、ユリの祈りの間に移された。

 祈り師による祈りには、最期の苦しみを癒す効果があったからだ。


 ユリは、床に下ろされた重傷者を前にして、言葉を失った。

 わずかにうめいているが、それもいつまで続くかわからない。

 ユリはその身体の脇にひざまづき、毅然とした態度で香油を振り、祈りを始めた。

 

 応急処置を受けて座り込む家臣たちは、タクヤの姿を見るとつぶやいた。


「いったい、なぜこんなことに……」


 タクヤは聞こえないふりをした。心の中では叫んでいた。知らねーよ、僕に聞くなよ、僕はなんにも知らないんだから!



 普段は患者もまれな診療所。

 そこにこれほど多くの怪我人が運ばれてくることを、さすがにタクヤは不自然に思った。

 孤島ではないのだから、重傷者は街の病院に運べばいいはず……

 しかし、うずくまっている男が持っていたラジオのニュースを聞いて、やっと状況を理解した。

 王宮への爆撃により、建物が崩壊し、道がふさがれてしまった。 道をなおさなければ救護車も入れない。


 ラジオから聞こえるアナウンサーの声は「このたびの王宮空爆に対し、政府は緊急対応として国防軍の出動を要請しました。被災地では軍が到着次第、その指示に従って、落ち着いて行動してください」と繰り返した。



  ◆ ◆ ◆



 混み合っている診療所に、血に染まったコックコートの料理人が、息を切らせて入ってきた。彼自身、土ぼこりにまみれ、額から血を流し、まぶたが血糊で固まりかけていた。

 しかし真のけが人はその男ではなく、彼が背負っている女性の方だった。

 コックコートの男が叫んだ。


「この女、瓦礫といっしょに降ってきやがった。息はあるが、頭を打って意識がない。急いで診てくれ!」


 その衣装に見覚えがあったタクヤは、通路のけが人を飛び越えて駆け寄った。

 女性はだらりと両腕を垂れて、白目をむいていた。顔も半分以上どす黒い血でおおわれ、見分けがつきにくい。しかし、その緑色の衣装と銀色の髪、女性しては大柄でスラリとした手足は、まちがいない。


「メリルさん? メリルさんだよね、なんで!」

「なんでもどうしたもねえよ。医者はどこよ、医者は!」


 診察室に続く廊下は、うめきながら痛みに耐えている人々でいっぱいだった。顔中にガラスの破片が刺さった人や、腕が奇妙な角度に曲がっている人ですら、命に別状がない判断され治療を後まわしにされている。

 タクヤは奪うように、メリルを自らの背に譲り受けた。彼女は軽くはない女性だったはずだが、苦もなく背負ったタクヤは「すみません!」と怒鳴りながら、怪我人の隙間をぬって進んだ。


「すみません! この人、診るだけでもすぐに!」


 混み合った診察室で、ドクターは胸を強打した男の呼吸を確保する作業を続けていた。視線をタクヤに送り「ベッドの端に下ろして」と指示を出した。

 すでに二人の男が横になっていた狭いベッドに、タクヤは後ろ向きに屈んで、メリルを腰掛けさせた。

 なんとか座らせることに成功し、回り込むように彼が脇に立ったとき、よだれを垂らし前方を見つめたままの彼女の頭が、不自然な角度で斜めに倒れた。「うんんん……」とうなる。タクヤの心に槍のようなものが突き刺さった。もしもメリル自身に案内してもらって、この診療所に来ていたら? そうしていたら、今、こんな姿にはなっていなかったはず。

 視界がゆがみ、ぐるぐると回る。そのまま気を失いそうになった。しかし今は全力で希望にすがる。


「ドクター、早く!」


 タクヤに呼ばれ、作業を看護師に引き継いだドクターは、メリルの腕をとって脈を確認した。そしてペンライトを目に当てて、血糊で固まりかけた髪の奥をまさぐった。


頸椎(けいつい)をやられたな。頭もか。骨が陥没しとる。これはひどい」

「助かりますよね?」

「ここでか? バカな。ムリに決まっている。息があるだけで奇跡だ。さあ、早くユリのもとへ」

「ドクター、頼みますよ!」


 タクヤはふりしぼるように叫んだ。

 しかし血走った眼差しのドクターは「長くは持たん。早くユリのもとへ」と冷酷に言い放った。


「そんな、ひどすぎますよ。何かないんですか。いい人なんですよ。優しくて、親切で。まじめに考えましょうよ」


 しかしドクターに迷いはなかった。すぐさま次の患者の処置に移った。上半身が埃まみれの男。その赤く染まったタオルを肩から外し、わき上がる血を止めるための仮縫合を全速で行う。血圧維持のための点滴を看護師に指示した。

 看護師が応えた。


「ドクター」

「なんだ!」

「点滴は、残念ですが、使い切りました。もう、ここにはありません」


 看護師の悲痛な声が伝わると、ドクターはこぶしで机を強打した。


「ふざけるな!」

「ないものは、ありません」

「助かる命も助けられないとは、ここはいったいどこの後進国だ!」


 息を乱したドクターが、タクヤに視線を向けた。


「タクヤ様、悪いですが、ここはしがない診療所。わずかな応急処置しかできません。いくら、タクヤ様直々の頼みでも」


 ドクターはせき払いをすると、次の瞬間には、また別の患者の治療を再開していた。

 手が二つしかないことをもどかしいほどに、全力で処置に当たるドクターの気迫に圧倒され、タクヤはメリルを背負いなおした。

 温かい彼女の身体を背中に感じながら、うなだれて、ユリの祈りの間に向かった。


 メリルの声が、彼の頭に響いた。

 今、本当に耳元でささやかれているかのように。



……おはようございます……


……外をごらんになりますか?……


……私メリルは、スーサリア王子タクヤ様に、この命を捧げてつくすことを、誓います……



 もしも、彼が暗い地下牢で、鎖につながれ目覚ましていたら、どうだっただろう。

 絶望に押しつぶされ、なにも信じられなくなっていたはず。

 それに比べたら、まさに、天国だった。

 メリルの深い信頼を宿した声を聞いたからこそ、彼は生きることを肯定して、一日を始めることができたのだ。

 

 それが今、土ぼこりと血液の混ざり合った地獄の中で、失われようとしていた。


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