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第22話 交渉 3/4

司令室の横の簡素なキッチンで働いていた龍人が「できたてだから、どうぞ」と、食事の乗ったトレイを持ってきた。

 タクヤたちはスープとパンで、つかの間のなごみの時間を楽しんだ。


 食べてしまうと、ポル爺は「少し疲れた」と言い、ソファーに移って横になった。ツーコアとゼンも同様に休んだ。


 ユリはみなの食器を片づけると、キッチンのポットから三つのカップにハーブティをつぎ足してもどって来た。


「どうぞ、タクヤ、ミルさん」


 カップを受けとったタクヤは、グチをつぶやいた。


「なんなんだよ。あんなの配信したって世の中は何もかわらねーっつうの。それに、あれが父親? ……こっちは実感まったくないよ」


 タクヤは背にもたれて天井を仰ぎ見た。

 横からミルシードが感情を押し殺して質問した。


「実感ないって、どういうことよ」


「記憶にないってこと。声も、顔も、話しぶりも。だって、似てなかっただろ? あんな意地悪そうな人、親だなんて思いたくもない」


「でも、現実は現実よ。ユリは、どう思った?」


「龍人族の悪役ぶりを際立たせることで、王室の威厳を守った、というところでしょうか」


「そんなのわかってるよ、そういう問題じゃないんだよ」


 珍しくユリに対してイライラをかくさないタクヤだった。


「ユリは、王が少しは自分に似ているって言ってくれたから、考えたり、期待したり、思い出せないなりに考えていたことはあったんだ。それが、あんなクソ野郎だったとは言葉もないよ。もうすべてやめて、音楽学校に帰りたい気分」


 それを聞いたミルは、笑みを浮かべた。


「絵に描いたような同族嫌悪ね。まさに反抗期ってやつ」


「なんだよそれ」


 タクヤは怒りをかくさずにミルシードをにらみつけた。

 ミルシードは肩をすくめた。

 ユリはカップから茶をすすって、おだやかに言った。


「だって、あなたが怒る理由は、あまりないと思うよ。王は王宮の立場を守ったし、女王は龍人族の存在理由をしっかり説明できた。もともと和解なんてありえないと思えば、最善の公開討論だったんじゃないかと思う。それに、オフレコとの時は、ちゃんといつもの王だったし」


「はあ?」


「あの場で、龍人の名前を問う人なんて、ほかにいると思う?」


「僕なら聞いてたね」


「ほら。だからよ。ね」


「でも、何も思い出さないっておかしいだろ」


 ユリはタクヤの肩に手を置いた。


「たぶん、あなたの記憶は、ベルベスで消されたんだと思う。重力装置は脳に作用できるんだけど……」


 ミルシードが、ユリに対して、強く首を振った。それはダメ、と。


「ミルさん、これはあくまで私の憶測なの。でも、彼は、もう、知っておくべきだと思う。この先、必要なことになるかもしれないし」


「ユリ、あなたは良い子そうでいて、その言いかたするときって、たいがいとんでもないこと言うわよね」


「ごめん、でも……」


「あなた、いったい何を破壊したいの?」


「破壊したいんじゃない、私は、ただ……」


「いいよ! 早く教えろよ」


 怒鳴ったタクヤ。

 ユリは、目に涙を浮かべて説明を続けた。


「ベルベスで消すということは、つまり、記憶を忘れさせる、ということではないはずなの。消すのは、記憶ではなく、脳細胞。たとえば、ある記憶に強く反応する細胞だけを正確に消すことができたら、後遺症もほとんどなく、記憶を取り除くことができる。たぶん、それが意味するところは、つまり、周辺の細胞に記憶の余韻みたいなものは残ったとしても、記憶自体は、もう永久に戻らない……」


 すると、ミルシードは、ユリの顔を全力で平手打ちした。

 思わず倒れ込んだユリにむかって、ミルシードは両手を腰にあてて宣言した。


「あんたが何を思おうとね、なくしたものは、この『私』がつぐなうから。全部よ。一切合切よ。もし私が知らないことで必要なことがあるなら金で集めさせるわ。それで何の問題があるっていうの? タクヤは心配ない。ユリ、あんたも、自分から言っておいてメソメソしてるんじゃないわよ」


「ミルさん……」

 

 ミルシードの気丈さに、ユリは床に手をつき涙がとまらなくなっていた。


 タクヤは、呆然とするしかなかった。

 ……思い出そうとするなんて、無駄なことだったんだ……


 ミルシードは、さらに明確に言い添えた。


「あのねぇ、みんな、事実を自覚しなさすぎじゃありませんこと? 何度言ったらわかるの? ワタクシは、タクヤ王子の、婚約者なのよ!」


 少し離れたところで、ポル爺がぼそっとゼンに聞いた。


「あいつよくあれを言ってるが本当なのか?」

「いや。ただの自称婚約者だ」

「やっぱりな」

「しかし」


 ゼンはいつになくやさしい目をして言った。


「自称婚約者も、わるくない」

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