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第20話 ユリの愛 3/4

 タクヤの足に激痛が続いた。

 痛みは暴力的に足から全身へと広がり、内側から肉を侵食していく。

 全身がばたつくのを止められない。


 薄い意識の中、手でベンチにしがみつき、なんとかユリの祈りから外れないようにと格闘した。

 痛みは脳に達し、我慢の限界を超え、意識が遠のく。

 

 ユリは祈りを終えると、自らの涙をぬぐい、乱れた呼吸を整えて、タクヤの脇にこしかけた。


 意識を失ったタクヤ。

 下肢の紋様は、すでに腰に達しようとしている。

 

 ユリは、彼の髪に触れて、疲労しきった声でつぶやいた。


「ごめんね、タクヤ……私は……ダメかもしれないよ……」




  ◆ ◆ ◆




 ユリは、この里に来て最初に、女王ユリと激しく議論したことを思いだした。

 タクヤたちには見せたことのないほど感情をむき出しにして。


「あなたは、私と同じ父の元で成長した祈り師なのですよね?」

「そうよ」

「だったら、あの爆撃の日の診療所の壮絶さを考えたことがありますか?」

「もちろんよ。そこは責任者がきちんと計画し、実行したはず。タクヤ王子が王宮を降りて、あなたの祈りを受けに行ったことを確認して」

「なぜ、そんなことをしたんですか」


 ユリの声は怒りに震えていた。

 この相手に対してだけは、怒りをかくす必要がないとわかっていた。


「理由は、もう説明したはずよ」

「説明なんか、ぜんぜんしてもらっていません。私だって、そしてもちろん王だって、環境のこともベルベス利権のことも知らないわけではないし、そのことはあなた自身もよくご存じのはずです。でも、王宮の爆撃なんてしてしまったら、せっかくの善意も、全て台無しにしてしまう。そのくらいわかっていたはずではありませんか?」

「あなたはまだ、知らないことが多すぎる。私たちが、敵にしているのではない。私たちが、敵にされているの。だから、当然のことをしたまで。これまでも、これからも」

「理由は、たしかにあるのでしょう。でもね、私だって、大切な友達や、幼い知り合いだっているの。なんで、あんなやり方で、殺したんですか!」

「大声はやめて。あと、やり方についての議論は止めましょう。たとえば、もし潤沢な資金があれば、ほかの選択もできたかもしれない。私たちの大切な仲間や飛龍を犠牲にすることもなかったかもしれない。けれど、それは無理。だから、やれることをやる。その結論を、変えるつもりはないわ。今回のことで、スーサリア国内では、龍人族に対する怒りがうずまいたでしよう。けれどもそのなかで、なぜこのような出来事が起きてしまったのか、その根本に気がつく人たちは、必ずいる。本質の深刻さを。後まわしにできない切実さを」

「でも、あなた自身も……」


 若いユリは、泣き叫ぶような声で、問いを発した。


「あなたも、王を、愛しているのでしょ?」

「もちろんよ。全てを引き受けるデルフィーニ王の心の広さと、深い思索。それはまごうことなき、私たち祈り師の支柱」

「だったら、なぜ、どうして……」

「あなた、祈り師としては、少し情に動かされすぎているわ。若さということかもしれないけれど」

「若さを理由にされてしまっては、私には何も言えません。ずるいです」

「では『好き』という感情? それとも情熱?」


 若いユリは口を閉ざし、鼻をすすった。

 女王ユリが言葉を続けた。


「あなたの想いは、私の想像をはるかに超えて強いようね。それがあるから、王子への祈りも不完全になっているのではないかしら?」

「そうかもしれません。でも、私はやり方を変えません。変える気はありません」

「王への愛が、最優先だから?」

「はい」

「あなたは、そこまで王を愛しているのね」

「私だけではありません」

「つまり?」

「私たち、です」

「確信があるの?」

「私たち二人の愛は本物です」


 女王はため息をついた。


「はっきり言うのね。でもそれは国として認められないことよ」

「わかっています、死罪に当たることも」

「なるほど……。あなたは、あなたのやり方を変えない。私も、私のやり方をゆずらない。さて、なんなのかしらね、祈り師って」

「そんなこと、先輩に質問されても、私に答えられることは何もありません。もっと普通の祈り師だって、この国にはいます」

「今は、何人?」

「除名されたあなたをぬかして、在宅の2人、ベテランの4人、新人の私。あわせて7名です」

「在宅の2人は、船には?」

「マンスフィールド号のことでしたら、全員があつまっています。大切な儀式の前ですから」

「なるほど。みんなルールを守っているのね」

「あたりまえです」

「でもね、私だって、本当の答えは、とても簡単なのよ。平和で健康な世界をとりもどしたい。ただ、それだけ」

「私だって、簡単です。ただ、愛する人と幸せになりたい、それだけです。たとえそれが国を裏切る行為だったとしても」

「お互い、簡単。だけどムチャな願望。あなたは、要するに『王とかけおち』する気なのね? 祈り師として絶対禁止事項よ。はっきり言って、私よりも、あなたの方がムチャじゃないかしら?」

「そんなこと、わかっています」

「私だって、 あなたに言われなくてもわかっているけど」

「わかっていません。あなたは、ご自分の間違いを、全くわかっていない」

「言ったと思うけれど、私もあなたの愛はまちがっていると思います。……でも、私は、あなたに会えてよかったとも思っているわ。これは本当よ」

「……ですね。それは、私も同じです」

「頑固な祈り師は、私だけかと思っていた」

「救いようのない頑固な祈り師は、あなただけではありませんでした」

「ふふふ、すべてが壊れてしまう前に、あなたと話ができてよかったわ」

「話、だけですか?」


 若いユリが手をのばすと、女王ユリはその腕に身体を滑り込ませて、相手を抱きしめた。


「父には悪いけど、ばか娘、二人」


「私、姉、ほしかったです」


「いつから?」


「ずっと。一人になったときから」


「いい子なら、かわいがってあげたのに」


「無理です。おたがいさまです」


「そうね。ほんとうに、そう」


「初めて、すべてを打ち明けました。苦しかった。聞いてくれてありがとうございます」


「すべて、かしら?」


「すべて、です。このことに比べたら、ほかのことは、私にはもう」


「身体、大切にね」


「あなたが言うんですか?」


「言わせてよ」


「ありがとうこざいます。あなたも。また会えますように」


「そろそろ、戻る?」


「はい、長すぎて、怪しまれたくありません」


「先に行って。私はあとから行く。みんなを、この里の聖なる泉に案内してあげるわ」




  ◆ ◆ ◆



 この里の聖なる泉。

 ユリは、そのほとりで、祈りを終えて、気を失ったタクヤの髪をなでている。


 私って何なんだろう……

 霧の中であの人と……デルと交わした約束が、ただの幻だったなら、タクヤのためにすべてを投げ出してもいい。

 でも、幻ではない。

 王はこの腕の中で泣き崩れたのだ。

 私なんかのために。

 二人のつながりの真の愛によって。


 タクヤ……君は、私にとっての何?

 たぶん君は、何も知らない。

 なのに、私の胸はなぜこんなにざわめくの?


 きっと、王の元に戻ったら、はっきりするはず。

 いつか、すべてがはっきりしたら、そのとき、私は迷わない。


 それだけは、約束するよ……

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