第20話 ユリの愛 1/4
その夜、タクヤとユリは、もう一度坂を上って泉にむかった。
夜気に冷えないように、薄手の毛布を持って。
龍人族たちは出歩く二人を見ても何も言わなかった。武器を持った夜警のグループはいたが、すれ違っても静かに頭を下げるだけだった。
月明かりに照らされた無人の泉に着く。
ユリが板張りのベンチに毛布を広げると、タクヤはそこにうつ伏せで横になった。
ユリは、いつもの香油の代わりに、泉の水を手ですくい、タクヤの足に広げた。
最初はひんやりとする。
しかしすぐに温かく感じられてくるのは、全身で水につかってみたときと同じだった。
「ねえ、ユリ」
「ん?」
「あの人は、先輩の祈り師だったんだね?」
「そう……ここまできたら隠しても意味ないと思うから、言ってしまうと、あの人も、私が育った診療所で育った人なの」
「えっ?」
「ドクターの娘よ。どちらも血はつながっていないけれど、私たちは、いわば、姉と妹」
「まぎらわしいから、名前くらい変えればよかったのに」
「父は、あの人を忘れたかったのよ。飛び出していった恩知らずとして。私で、すべてを上書きしたかったの」
「そうか……飛び出したってことは、そのときから、もう、いろんなことを知ってしまっていたんだろうね」
「ええ。もともと、思いやりの深い、真面目な人だったって。真面目だからこそ、現実を知って、どうしても許せない気持ちになったのでしょう」
「龍人族を批判することは簡単だけど、でも、自分でここに来てしまったら、もう、何も言えないよ。ほら、あの飛龍、名前があったよね?」
「トゥーリ」
「よく憶えているね」
「砂漠の言葉で『風』という意味だったはず」
「大きかった。あいつがその気になれば、僕なんて簡単に踏みつぶされていたよね。でも、目の前に来ても、ちっとも恐くなかった。なんなんだろう。あの飛龍は、全身が『愛』そのものだった」
「女王の所業ね。病んだ者たちをかくまい、絶滅寸前の飛龍たちを救う。すごいよ。祈り師としても、桁違いの実力だと思う。私なんかには絶対に無理」
「すごいけど……わかるけど……でも、だったら王宮を爆撃していいのか、ってハナシだ」
「何が正しいんだろう。だって、何もしなかったら、こんどは別のところで人々が病に死んでいくわけでしょ」
「だよな。くそっ。もっと、ババッと気持ちよく解決する方法、ないのかな」
「ね、知りたい?」
「ほへ?」
「私には、一つ、考えがあるんだ」
「ちちちちちょっと、ユリまで、もう一人のユリらしく、ぶっとんだことやろうと言うんじゃないだろうね」
「……だとしたら、怒る?」
「いや、怒らないよ。絶対に。僕は、君を信じる。そう決めたんだ」
「ありがと。でも、タクヤには、スーサリアの未来がかかっているわけでしょ?」
「それはユリだって同じじゃないか」
「……ねえ、君は、400年前のエーベ様って知ってる?」
「もちろん。スーサ教の聖人。学校で習ったし、実は個人的に夢でも見た」
「さすが、本物の王子ね。私は、あの人から、学ぶべきこと、もっとあると思うの」
「平和経典とか?」
「形だけの経典は、時代にそぐわないことも少なくない。でも、その本質を、知ることができれば、きっと、君の世を……新しい時代を、安定させることができる」
「なんか、祈り師を越えて、学者みたいだね」
「そうかもしれない。ねえ、今夜は、星がきれい」
「きれいなんてものじゃないよ、包まれている感じ。なんてったって砂漠のオアシスだから」
「私、星空の下で祈れたら、その想いは、きっと宇宙まで届くと思うんだ。時空を越えて、昔の偉大な人まで。それが私の可能性」
「ユリは、ロマンチストだね」
「ロマンチストか……そうね。さて、ではそろそろ祈りに入りますか」
「おねがいします」




