第19話 里の泉 9/9
「泉につかるって、どういうことですか?」
タクヤは意味がわからずに聞き返した。
「服を脱いで、泉に入ってみてくださいな。着衣は禁止というのがルールです」
「はあ……」
「全身で水に触れて、感じていただければ、あなたたちも、本当のことがわかっていだけるはずです」
「服を脱ぐんですか?」
タクヤは自分のこともあったが、ユリとミルシードへの気づかいもあった。
「いきなり、ってのはちょっと。たくさん人もいるし、そういうのは、また、あとにしたいんですけど」
「大丈夫です。ここは、聖なる場所。邪念は捨ててください」
「邪念は捨てろって言われても……」
女王ユリの言葉を受け、率先して服を脱ぎ始めたのはユリだった。
ミルシードも、疑問なく従う。
「ユリ?!」
「君はあっちむいてて。私はこの人の言うこと、試してみたい」
「ほら、男子はあっち。ここは女子エリア。さっさと行きなさい」
女子二人の行動を見て、ポル爺は頷いた。
「じゃ、タクヤ君よ、ワシたちはあっち木の向こうで、離れて入ることにしようか」
「い、いいんですかぁ? こんなことをしている場合じゃないような気がするんだけど」
「おい、おまえ、ぐずぐずして、ユリのはだかを見るつもりか?」
「ち、ち、ち、ちがいますよ。馬鹿なこと言わないでよ。いや、まあ、見たいっていえば、見たいけどさぁ、でも……あ、ごめん、ユリ。もぉ、なんでそんな簡単に脱ぐかなぁ! ミルまで。パンツもって、早すぎるよ! わかったよ! 僕も脱ぐよ! 脱いでやるよ! 早くあっちいこうぜ、ポル爺さん」
ダッシュで立木の向こう側に走り去るタクヤ。
ポル爺とゼンが苦笑しながら追う。
「あのな、タクヤ君、このぐらいでヤケになることもないんではないのか? もっと素直に、この神聖な泉の雰囲気を受け入れたらどうじゃ?」
「一人だったら、そりゃ、そういうこともあるけどさぁ、周りにたくさん人がいるんだよ」
「あ、もしかしてタクヤ君は、ユリたちが人前ではだかになるのが気にくわんのか?」
「ていうかさぁ、違うんだよね。ゼンゼンそういう問題じゃないわけ!」
「じゃあ、なんじゃ?」
「わかれよ、そのくらい。とにかく、僕はもう脱いだ! 先に入るからね。年寄りには心臓によくないかもしれないから気をつけて入んなよ」
「冷たいんか?」
すっぱだかで浅く透明な水辺に足を入れて、足裏にざらついた砂を感じながら歩いていくと、すぐに腰くらいの深さになった。
「うん……いや、そうでもない。あれ? 最初、冷たかったけど、なんだか、不思議と温かい」
タクヤに続き、ポル爺とゼンも、裸で水に入った。
タクヤが、自分では『見てはいけない』と思いながら、ふと女子の方に視線を移すと、ユリがゆっくりと泳いでいる姿が目に入った。泉の真ん中に向かって、黒髪の白い影が伸びやかに進んでいく。
波紋が水面全体に広がり、ユリは泉の中心近くまで来ると、浅瀬を見つけたらしく、泳ぎをやめて立ち上がった。
ユリはそこからまっすぐタクヤを見つめた。
二人の目が合った。
何も身につけず裸だったユリの顔が、濡れていたのは、泉の水のせいだけではなかった。
ユリの両目から、涙がこぼれ落ちていた。
神聖な水に濡れて、ユリは、号泣にしていた。
耐えていたなにかが、はじけてしまったかのように。
タクヤはそのことに気がつくと、深い『無力感』に捕らわれた。
ねえ、なぜ、ユリは一人で泣くの?
僕と君との距離は、そんなに遠いものなの?
ちがう。ユリだけが、すべてを抱え込むことはない。喜びも、悲しみも、苦しみも、分かち合おう。この旅は、ただの始まり。
君のたくさんの涙が、いつかすべて、光り輝く幸福な笑みへと変わりますように……
タクヤは、両手を胸の前で固く握りしめて、願った。
タクヤは祈り師ではない。
しかし、願うことはできるはず。
病んだ龍人たちが集まる聖なる泉にて。
ときおりそよぐ夕べの風は、砂漠からとどく温かなヴェールのように、裸のタクヤたちをそっと包み込むのだった。




