44話.海底神殿ダンジョン攻略②
ゲームであれば。
普通にモンスターとして倒せるだろう。
大きさとか関係なく、HPを減らせれば倒れるのだから。
しかし現実問題として、人の数百倍はある大きなモンスターのHPとは、如何ほどだろうか。
ファンタジーに必ずと言って良い程というか、代名詞とも言えるドラゴンとか、簡単に異世界転生者は倒せてしまうけれど……これを見て思う。
無理だろうと。
まず第一にデカい。第二にデカい。第三にデカい。
そう、デカいのである。
こんなの剣で刺したところで、人間で言う蚊に刺されたって程度のダメージしか与えられないと思う。
「無視しよう」
「「え!?」」
「幸い、あのクジラ(?)はこちらに気付いていない。下を静かに通れば、見逃してくれるかもしれない」
「そう、かしら?」
「確かに、こちらを見てはいませんが……」
二人ともクジラを警戒している。
けど、考えてもみてほしい。
俺達なんてあのクジラからしたら、簡単に踏みつぶしてしまえるような小物でしかない。
きっと気にもしないと思うんだ。
「まぁ、玲央君がそう言うなら……」
「そう、ですね……」
二人も不承不承だと思うけれど、従ってくれる。
ゲームだと避けられない戦いだろうけど、ここは現実。
ボスからは逃げられないとかないはずだ。
「……」
うう、すんごい迫力。
抜き足差し足忍び足で静かに歩いていく。
そして、丁度クジラ(?)の下を潜り抜けようとして……
「クァオァアアアン!!」
「「「!?」」」
凄まじい音量、歌声と言うのだろうか……クジラから発する声が辺りに響き渡る。
そして今更ながらに思い出した事がある。
海洋哺乳類のコミュニケーションや餌の摂取は、聴覚に大きく依存しているという事を。
「気付かれたようね。目はこちらを映していないはずだけれど……!」
「やはり音、でしょうか?」
「紅葉さん正解だよ。クジラは聴覚が凄く発達しているんだ。それこそ超音波とか、周波を感知してるレベルで。だから多分、俺達の歩く音から気付かれたね」
「ま、やり過ごせるならそれで良かったのだけれど……倒さなくてはならないのなら、仕方ないわね」
「そうですね。かわいそうですが、海の藻屑と消えてもらいましょう……!」
二人が剣を構える。
いくらリーシャさんと紅葉さんが強いとはいえ、こんな巨大なモンスターを相手に……!?
けれど俺は、推し達の力を見誤っていたと言わざるを得ない。
「水の中で、嵐に合う事なんてないでしょう? 風の刃に切り刻まれなさい! 『トルネード・ストーム』!」
「こちらもです! 合わせた暴風を味わうと良いですよ! 『フィアフル・ストーム』!」
「クァオアアアン!?」
先程とは違う、苦しそうな声が響く。
凄まじい巨体が動き、波が凄くなる。
「その巨体では避ける事は出来ないでしょう! 『暴風閃・ストームブリンガー』!!」
「クアアアアアオオオオン……!!」
ドズーンと凄まじい音を立て、クジラが地面へと墜ちる。
俺の推し達は、ここまで強いのか……!
というか、リーシャさんのあの技を受けて平気な顔で立ってた藤堂先生は、やはり人間ではないのでは……?
「凄まじい技ですねリーシャ。魔法と技の合成技……正に奥義と呼ぶに相応しい、ですね。お見事です」
「ふふ、ありがとう紅葉。それじゃ、先へ進みましょう玲央君」
「あ、ちょっと待ってて」
「「?」」
俺はクジラ(?)の元へ近づき、その体を『魔法のカバン』へと収納する。
「「!?」」
このクジラ、実は有用なアイテムの素材になるのだ。
そのまま食べても美味しいと説明にはあったし、これだけの巨体だから素材に使っても食べても中々無くならないんじゃないかな。
クジラって美味しいんだよね。
元居た日本では禁漁になって中々食べられなくなったけど。
勿論食用だけじゃなく、骨や皮まで使われていたらしいけどね。
その名残かどうか分からないけれど、この世界でもクジラの素材は色々なものに使われる。
ここまで大きいクジラは滅多に居ないと思うけどね……。
「その『魔法のカバン』の容量、ちょっとおかしくない玲央君」
「そうですね……一般に出回っている『魔法のカバン』とは、収容限界が桁違いに高いのではないですか?」
「錬金術部のエース、アーベルン先輩の自信作だからね」
「錬金術部のエース、アーベルン、ですか……」
あれ、紅葉さんの眼が一瞬怪しく光ったような、気のせいかな。
それから先へと進む中で、出てくるモンスター達は二人に斬り捨てられていく。
分かってはいたけれど、いや真の意味で分かっていなかったかもしれない。
俺の推し達の、凄さを。
ゲームの中で、かなり強かったモンスター達。
そのグラフィックを覚えている。
主人公達がパーティを組み、苦戦しながら倒したモンスター達を、二人は一撃で倒していく。
モンスターが弱い? それはない。
だって、リーシャさんや紅葉さんが攻撃を避けた後、壁や通路が破壊されている。
当たれば致命傷になってもおかしくない攻撃を繰り出している。
二人は不慣れな水中戦だというのに、いや魔道具のお陰で地上と変わらず動けはするのだけど……それでもやはり、普段と勝手は違うはずだ。
戦わない俺でも、走るのでも多少の違和感はあるのだから。
なんというか、走るのが遅い人は上半身の状態を後ろにのけぞりながら走るんだけど、それに似た感覚になる。
戦いとなれば、ほんの少しの違和感が命取りになってもおかしくはないと思う。
だというのに、二人はそれを全く感じさせない。
本当に凄い人達だと改めて理解した。
「その先、両端に分かれて二匹居る」
「了解! 右行くわ!」
「はいっ!」
「「ギャァァァッ!?」」
一瞬で間合いを詰め、モンスターを斬り捨てていく、
こんなに任せて安心な人達はそういないだろう。
「二人とも休憩なしだけど、大丈夫?」
ゲームではスタミナとか無いので、気にしない部分だけど……ここは現実なのである。
「ええ、大丈夫よ。そんなヤワな鍛え方はしていないわ」
「私もリーシャほどではありませんが、これくらいで疲れて動けなくなるようでは、御爺様に叱られてしまいます」
「そっか、流石だね。魔力探知的に、もうすぐボス部屋だと思うから」
「分かったわ」
「はい」
そうして先へと進む。
水の中だと言うのに、そこにはしっかりと扉があった。
まぁ今更である。
「んぎぎぎ……! あか、ない!?」
「どいて玲央君。私がやってみるわ。……!? 開かない、わね?」
「リーシャでもですか? では、壊しますか?」
ゲームでは扉が開かないなんて事は一度も無かった。
不壊属性なんてないだろうし、斬ってもらうのが早いか。
「うん、お願いするよ」
「了解、下がっていて。はっ!」
リーシャさんの剣閃で、真っ二つに割れる扉。
そこから、赤い触手のようなものが伸びてきた!
「危ないリーシャさんっ!」
「くっ!?」
後ろに飛び、なんとかそれを避けるリーシャさん。
視線を向けると、そこにはでっかいタコが居た。
「オクタプース……おあつらえ向けなボスね」
「八本の足に気を付ければ、そう厄介な敵ではありませんね」
あれ、オクトパスではなく?
ゲームの名前では確か、デビルオクトパスとかいう名前だったような。
まぁそんな事はどうでも良いか。
二人が囚われて、漫画でよくあるスケベな展開にならなければ。
こちとら命が掛かっているのである。
なんて考えていたのがいけなかったのだろうか。
「おあぁぁぁぁっ!?」
「玲央君!?」
「玲央さん!?」
まさか、正面に見えていた足だけでなく、後ろにすでに足を忍ばせていたのか!?
ゴハン達を吸収した魔人ブウがベジット吸収する為に残してた策じゃないんだから!
「ぐうぁぁぁっ……!」
ぎゅぅぎゅぅと凄まじい力でタコ足が締め付けてくる。
不味い、意識、がっ……!
「玲央君を、離しなさいっ! 『エア・ブレイド』!」
「ごほっ……!」
「ふっ……! 大丈夫ですか玲央さん……!」
「はぁっはぁっ……ありがとう紅葉さん、それにリーシャさんも……」
リーシャさんの『エア・ブレイド』がタコ足を分断し、俺を縛っていたタコ足の力が緩まった。
そこを紅葉さんに抱きかかえられ、距離を取れた。
うぅ、柔らかい肌の感触がダイレクトに伝わってくる。
「さて、よくもやってくれたわね……! 玲央君も離れたし、手加減はしないわよ! 『天魔聖竜斬』!」
「ギャァァァァッ!!」
リーシャさんの剣技により、デビルオクトパス改めオクタプースは地面へと倒れた。
いや、本当に強いなリーシャさん……。
必要な素材もちゃんと落としてるな、回収回収。
後はこいつ自身も回収しておこう。
「それも収納するの玲央君」
「美味しいよ?」
「食べるの!?」
「食べるのですか!?」
え、たこ焼きとか美味しいよ?
「玲央君、私はそれはちょっと無理……」
「私も、少し……」
なんでだろう、元の世界でも納豆やタコ無理って人がそういや居たなぁ。
美味しいのだけど。
「まぁ無理して食べるものじゃないからね。タコなしたこ焼きとかも美味しいし」
「玲央君はまず食べる事から離れましょ?」
「玲央さんは何故か、海の幸に目がありませんね……」
そうかな? そうかもしれない。
刺身とか好きだったんだよね。
回らないお寿司とかも前世でよく行ってた気がする、あんまり覚えていないけど。
「とりあえずこれで、三つ回収完了だよ。お疲れ様リーシャさん、紅葉さん」
「「!!」」
リーシャさんと紅葉さんが笑顔でハイタッチする。
桃源郷はここだったか。
それから船に戻る頃にはすでに夕日が沈もうとしていた。
結構な時間海の中に居たんだなぁ。
お読み頂きありがとうございますー。




