35話.黒騎士イベント
それから俺達は、三人での連携を確かめながら班訓練を行った。
今回の先輩達のような強敵相手の場合の対策等、課題は沢山あるからね。
そうして一日を終え、俺達は別れて帰る事にした。
いつも通りリーシャさんと一緒に帰路についていると、不意に感じた魔力。
「これは、烈火に美鈴さん……?」
「どうする? って聞くまでもないわね」
「行こうリーシャさん!」
「護衛としては行かせたくないのだけど、玲央君のその行動は止めたくないのよね。仕方ないわね……!」
魔力の感じた場所へ走る。
思い出せ、二回目のクラス内順位争奪戦が終わった日、ゲームではイベントが発生しなかったか!?
「がはっ……!」
「烈火っ!?」
「大丈夫だ美鈴、下がってろ……!」
「中々強い、が……俺には及ばないな。俺が目指す敵は、こんな物ではない」
黒いマントに黒い剣。
思い出した。黒騎士襲来イベントだ……!
ゲームでは強制敗北イベントである。
とてつもなく強い黒騎士は、ゲーム序盤の最難関ボスである。
ゲームでは一対四で戦うのだけど、それでもかなりの苦戦をさせられた。
その黒騎士との出会いイベント……!
「轟君! 百目鬼さん!」
「「リーシャさん!?」」
「……ほぅ。貴様が剣聖と名高いリーシャ・エーデルハイトか。噂は聞いていたぞ、何故藤堂誠也と共に前線から下がった? 俺は貴様達と戦える事を楽しみにしていたと言うのに……!」
そう、そういう設定だった。
そして黒騎士は、藤堂誠也を探して街へ侵入してきたところを、烈火達の帰り道で遭遇するという流れだ。
「む……貴様は……」
「……」
そんな黒騎士が、リーシャさんの後ろに居る俺へと視線を向ける。
背筋がゾクッとするような凍てついた視線を感じた。
これがゲームでは無い、本物の威圧感。
「イレギュラー、か。面白い、貴様の実力、俺が見定めてやろう」
「!?」
「させないわよ」
黒騎士の前に、リーシャさんが立ち塞がる。
「俺もまだやれるぜ……! 玲央に手出しはさせねぇ!」
「私だってまだやれるわ!」
黒騎士の後ろからは烈火と美鈴さん。
挟撃状態だが……黒騎士はそんな状況でも、笑った。
「ククッ……! 良いだろう、掛かってくるが良い!」
黒騎士は双剣を構えた。
リーシャさんと烈火を同時に相手するつもりなのか!?
「舐められたものね……! 行くわよ轟君!」
「おうリーシャさん! 美鈴、玲央! バフを頼んだっ!」
「「了解っ!」」
「おおぉぉぉっ!!」
「はぁぁぁぁっ!!」
俺と美鈴さんで、効果の違うバフを二人へと掛ける。
しかし、強化された二人の攻撃を、黒騎士は受け止めた。
「ククッ……軽い、軽いな」
「「!!」」
「平伏せ、『グラビティ』」
「「ぐっ!?」」
黒騎士の周辺に強力な重力が掛かっているのが分かる。
でも一度見れば、魔力の質は理解出来た!
「今解除するよ! 『マジックキャンセラー・グラビティ』!」
「何っ!?」
「「!!」」
「体が、動くぜ! くらえや! 『パワーブレイカー』!」
「はぁぁっ! 『天魔連斬』!」
「ぐはっ……! ククッ……やるなっ! ならばお返しだっ! 『グランド・ダッシャー』!」
「「ぐぅぅっ……!!」」
黒騎士の扱う魔法は土。
闇も扱えるのだが、基本的には使わない。
「剣聖よ、先程貴様は天を冠する技を使ったな。しかし、天を頂くのが貴様だけでは無いと知るが良い! 『裏天魔・封神斬』」
「くっ……!」
黒騎士の斬撃を、リーシャさんはなんとか避ける。
烈火がその隙を逃さずに攻撃するが……
「甘い、甘いぞ! 『裏天魔・封神斬』」
「ぐぁぁぁぁぁっ!!」
「「烈火!!」」
烈火は避けきれずに直撃する。
美鈴さんが駆け寄り抱きかかえるが、顔を横に振る。
どうやら烈火は気を失ってしまったようだ。
戦線離脱、だね。
美鈴さんも烈火を守る為に動けないだろう。
「さぁ、これで後二人……いや、実質後一人だな、剣聖、リーシャ・エーデルハイトよ」
「……」
ゲームで最初に黒騎士と出会った時、烈火と美鈴さんは敗れる。
美鈴さんは烈火を抱え戦闘不能な事を踏まえれば、原作通りに進んでいると言える。
だけど、ここでリーシャさんと俺だ。
本来であれば、このイベントで黒騎士とリーシャさんが出会う事は無い。
俺がでしゃばったせいで、運命が変わったとも言える。
今のこの状況で黒騎士にリーシャさんが勝てるかどうか、分からない。
もはやゲームでは無い以上、命が掛かっている。
なら、俺のできる事をやらなければ。
「リーシャさん、俺の後ろに」
「!? 玲央君、危ないわ!」
「ううん、大丈夫だよ。俺なら絶対に、大丈夫」
「……!」
「この俺を前にしてその気概、勇気か蛮勇か……試してくれよう」
ずっと思っていたんだ。
俺は、守られるだけの存在で良いのかと。
例えゲームではモブだとしても……この世界では、一人の人間として生きている。
「『オールエンハンス』」
自身にありったけの強化を。
元の数値が低い俺の力に、いくら高い倍率を掛けた所でたかが知れている。
それでも、一撃を入れられればそれで良い。
「……戦士の目だな。良いだろう、その勇気に敬意を払い、受けてたとう……!」
ああ、やっぱりそうだ。
ゲームでの黒騎士も、そうだった。
敵ながら義に熱く、弱き者を斬らない。
きっと黒騎士にとって、今の俺は弱者にしか見えていない。
だけど、その心意気を汲んでくれた。
……そこに、活路がある。
「"魔眼"よ……視ろ、その力を。見通せ、その力を」
「ほぅ……?」
「玲央君……」
黒騎士を覆っている魔力の流れ。
厚い場所、薄い場所、覆う力の流れを視る。
黒騎士の弱点は……ソコかっ!
俺はミスリルの剣を構え、『オーラ』を流す。
ミスリルは『オーラ』を伝えやすい材質で出来ている為、力強く輝く。
日々の鍛錬は続けてきた。
『オーラ』だって子供の頃からずっと増やしてきたから、総量は多いんだ俺は。
ただ、それを表立って使う機会は無かったけれど。
「ほぅ……!」
「すごい、『オーラ』の量……!」
「行くぞ、黒騎士っ……!」
「来いっ!」
「うおぉぉぉぉっ!!」
黒騎士は避けない。
俺のただまっすぐな剣を、受けようとする。
そう、黒騎士は弱者には手を出さない。
そこが、付け入る隙になる……!
「でやぁぁぁっ!!」
「ぬぅっ……何故だ、この程度の攻撃が俺に、通じる、はずが……!?」
「貫けぇぇぇっ!!」
「っ!! がっ……!? 馬鹿、なっ……うぉぉぉっ!?」
黒騎士の鎧の中心、魔力の集まりが薄い急所とも言える場所を、全身全霊で突いた。
「はぁっ……はぁっ……」
「や、やったの玲央君……?」
リーシャさん、それフラグっていうんです……。
「くっ……」
「「!!」」
やはり、仕留めきれなかったか。
俺の実力では倒せない事は分かっていた。
例え弱点だろうと、俺の攻撃力では届かないと。
なら何故俺がやったのか、それは……
「ククッ……! ハハハッ! 見事! イレギュラーよ、見事だ! この俺を吹き飛ばし、ここまでのダメージを負わせるとは。今回は俺の負けだ!」
「「!!」」
「弱者と見た俺の不徳。お前は戦士だった。見事、ここはお前に敬意を払い、引こう。俺は黒騎士、名をヴァイス。お前の名を聞いてもよいか?」
「……俺は、榊 玲央」
「榊 玲央よ。そして剣聖、リーシャ・エーデルハイトよ。次に会う時は俺も本気で相手をしよう。腕を磨いて待っている事だ」
そう言って、黒騎士は去って行った。
ふぅぅ……強制敗北イベント、これでなんとか乗り切っただろうか。
リーシャさんが負けるとは思わない。だけど、ゲームでの強制力がなんらかの形で働いて、リーシャさんが負けるなんて事になるのが不安だった。
だから、俺がやることにした。
無謀ではあった。だけど、黒騎士の性格を知る俺なら、なんとかできるかもしれないと思った。
でも……
「玲央君」
「は、はい」
「私が何を言いたいか、分かるわよね?」
「はい、ごめんなさい」
「……はぁ。もう、護衛失格じゃないこれじゃ。私が守られるなんて……もっと、強くなるわ。玲央君に信頼してもらえるように」
!? いやいやいや!? 滅茶苦茶信頼してますけど!?
今回はほら、強制力が働くかもしれないと不安になったからで……!
でもそんな事言えるわけなくて、この誤解をどう解いたら良いんだこれ!?
「百目鬼さん、轟君は大丈夫?」
「うん、死んでない。……世界には、あんな強敵がまだ居るのね。学園に居る間に、私達はもっと強くならないと……」
「……ええ、そうね」
二人の意識が変わったのを、感じる。
この世界では、命がいつ失われるか分からない。
元の世界でも交通事故等、そういう確率があったけれど……この世界ではその比ではなく、命がいつどんな時、奪われるか分からないんだ。
そして大抵が、それは魔族によるもので。
街にも結界は張られている為、大勢の魔族が侵入してくるという事はない。
けれど、やはり全ての魔族の侵入を防ぐことは出来ない。
俺も、大切な人達を守る為の力を身に着けたいなと、今日ほど思った事は無かった。
お読み頂きありがとうございますー。
少し重めのお話になってしまいました。しかし大事なお話なのでいれざるを得ず。
次話を今晩辺りに入れて中和しますね!




