31話.美樹也チームの指導
月曜日の今日は、美樹也に頼まれた指導の日だ。
いつも通りの朝を迎え、いつも通りに午前中を過ごす。
先輩達の来襲も無い、久しぶりの平穏な朝だったと思う。
まぁ、ライムで今日から千鶴先輩が復学すると彰先輩と陽葵先輩からほぼ同時に来ていたのには笑ったけれど。
笑ったせいか、同時にグループチャットに招待され、そこに千鶴先輩も参加した。
俺は千鶴先輩のライムは知らなかったので、そこでお互いに登録する事に。
今日は陽葵先輩と千鶴先輩は一緒に行動するらしい。
誘われたけれど、美樹也の先約があったので断った。
しかしそれで諦めないのが陽葵先輩である。
なら明日! と言われたのだけど、俺は今週はチームの皆との連携を深めたいと思っていたので、鋼の意思で断った。
『それじゃ、あーしとチルチルが手伝ったげるし! 模擬戦! 模擬戦やるし! ね! ね!』
だと言うのにこの陽キャ、押しが強い。
押しが強いのが陽キャなのか陽キャだから押しが強いのか。
まるで鶏が先か卵が先かみたい問答を心の中でしながら、結局OKしてしまった。
皆に後で話しておかないとな……。
まぁ、二年の最強精鋭二人と戦えるのは、俺達にとって良い訓練になるのは間違いないからね。
そんなこんなでお昼。
美樹也達と合流した俺とリーシャさんは、金曜日に烈火達と訓練した場所に集まった。
「今日はよろしく頼む、玲央」
「楽しみにしてたんだから! お願いね玲央!」
「もう一度自己紹介しておくぜ。俺は金剛 竜だ。クラス拳闘士。雑魚が多い中でよ、俺は氷河と百目鬼は認めてんだ。その二人がおめぇの事をべた褒めでよ。ずっと気になってたんだぜ。見た目はひょれぇが……期待してるぜ!」
「お前はいつも一言多いネ。アタシももう一度名乗っておくネ。影縫 旋風って言うネ。クラスアサシン、旋風って呼んでネ。こっちのデカいのが失礼な事を言ってゴメンネ」
アタッカーの美樹也に、支援の美鈴さん、タンク兼アタッカーの金剛さんに、アサシンの旋風さんか。
攻守共にしっかりしている、強いチームだな。
「俺は榊 玲央。とりあえず、鍛えたい方向性とかあるなら聞いておきたいかな。例えば、長所を伸ばしたいのか、短所を補いたいのか。一日で出来る事なんてたかが知れているからね。俺が出来るのは、ちょっとした道を示す事だけだから」
「「「「!!」」」」
「それとも、チームとしての方向性の方が良いかな? 美樹也と美鈴さんの戦い方は知ってるから、二人の戦い方を教えてくれたら、ある程度の道を言うことなら出来ると思うよ」
「「「「……」」」」
あれ、皆黙ってしまった。
まぁ、いきなりこんな事を言われても困るか。
「フ……本当に、お前は流石だな玲央」
「チームとしての力、はクラス対抗戦前に手の内を晒すのもあれだけど。とはいえ玲央には教えて貰う立場なわけだし、今更何言ってんのって話よね」
「俺ぁ難しい事は分かんねぇけどよ、氷河が言う通り只モンじゃねぇって事は感じたぜ。こいつを信じていけば、間違いはねぇ、そう感じた」
「アタシは個人の力量を伸ばしたいネ。チームとしての戦法は、アタシは元より遊撃ネ。自由に動ける強みがあるネ」
「成程……。それじゃ、美樹也は長所を伸ばす方向で、美鈴さんは短所を補う方向で行こうか。金剛さんと旋風さんは悪いけれど、得意な事と苦手な事を教えてくれる? あ、苦手な事は言わなくても構わないよ。これからクラス対抗戦も控えてるし、全部曝け出すのも嫌でしょ?」
「「……」」
「フ……どうせ玲央にはすぐにばれる。自分から申告しておけ」
「氷河……分かったぜ」
「……そうネ。アタシは強くなりたいネ。その為なら、なんだってするネ」
美樹也の言葉もあってか、二人は自分の得意な戦い方と、苦手とする事を話してくれた。
実をいうと、自分の長所と短所を理解しているってだけで、十分な実力者なんだよね。
それを自覚があって鍛えるのと、なんでも良いから鍛えるのとでは、全然成長が違ってくるのだ。
目的もなしに、ただ強くなりたいなんて言うのは、すでに十分な強さを得た人間が初めて言える言葉である。
「まず美樹也は、スピードを上げる方向で行こう」
「この間の戦いでも思ったが、俺には防御力が足りない。そこを補えば強くなれるのではないか玲央?」
そうだね。それも普通に考えてアリではある。
「ううん、そこに美樹也の甘えがある」
「!!」
「これくらいなら当たっても大丈夫。そう美樹也は考えた事、ない?」
「それは……」
「まずはその意識を変えよう。なんなら当たったら死ぬ。そう考えて動いてほしい」
「!?」
「だからと言って、大げさな回避をするようじゃ本末転倒なんだけど……その点は美樹也なら大丈夫だと思ってる」
「フ……まったく。ああ、お前の信じる俺を信じよう。ならば、俺は下半身のトレーニングをするべきという事だな」
「だね。とりあえず、重りをつけてこのダンジョンを無傷でボスを倒さずにそうだね……皆への指導が終わるまでに百周、ボスを倒さずにしてきてくれる?」
「「「!?」」」
「分かった。重りは……」
「あ、これ使うと良いよ。見た目はただのバンドなんだけど、身に付けると一つ重さ10キロになるんだ。これを両手両足に3つづつ、つけようか」
「「「!?」」」
「計120キロか、この程度ならば余裕だぞ玲央」
「最初はね。1周クリアするごとに一つ追加していくよ美樹也」
「「「!!」」」
「フ……そういう事か。良いだろう、早速始めるとしよう。他の者達を頼む玲央」
「了解。あ、もし傷を負った時の為に、入口にポーションをいくつか置いておくよ。遠慮せずに使ってね美樹也」
「ああ、助かる。では、行ってくる!」
「がんばれー」
そうして美樹也は駆けて行った。
入口に美樹也が戻ってきた時の為に、バンドを100個とポーションを10個ほど、分かりやすい位置に置いておく。
「さて、皆」
「「「はいっ!」」」
あれ、なんだか皆が直立不動になってる。何故?
「三人は訓練が一緒に出来るからね。まず金剛さん」
「うす! 俺の事は竜と呼んでくださいっす!」
「え? う、うん。分かったよ竜」
「嬉しいっす榊の旦那!」
うん、どこの旦那って?
まぁ良いか。
「竜は『オーラ』について、目で見えてる?」
「うす! 白い気っすよね?」
「そうそれ。それを体にまとわせる量が多ければ多いほど、攻守共に強くなるんだ。竜、旋風さんを見てみて」
「うっす」
竜が旋風さんを見る。対して見られる旋風さんは嫌そうにしているけど……。
「旋風さん、隠さなくていい。出して」
「!! わ、分かったネ」
「なっ……旋風の『オーラ』が、ここまですげぇ、だと!?」
「うん。旋風さんは普段、『オーラ』を抑えてる。今も抑えてるけど、竜のざっと三倍はあるね」
「「!!」」
「玲央、アンタは本当に凄いわね……」
まぁ、"魔眼"で見えちゃうので凄いと言われても微妙ではあるのだけど。
「知っての通り、『オーラ』は強化の元になる力だからね。攻撃にも防御にも使える。極めれば魔法すら気合で消せるよ」
「「!?」」
あれ、これは知らなかったかな?
サブキャラの一人が竜と同じ拳闘士なのだけど、魔法を攻撃で無効化できるんだよね。
烈火のように弾き返したりはできないので、使う事なかったけど、十分な強キャラではあった。
俺も烈火が居たからあまり使わなかったけどね……。
「二人にはこれから、『オーラ』の扱い方と、増やし方を実戦形式で学んでもらうよ。美鈴さんはしっかり結界張ってね? 張れないと俺が死んじゃう」
「え?」
「竜と旋風さんは俺に『オーラ』を込めた攻撃してもらいます。俺はただ立ってるだけ。美鈴さんには、俺の目の前に結界を張ってもらいます。美鈴さんの結界が割れたら俺直撃しちゃうので、本気で結界維持してね?」
「「「……」」」
「「「えええええっ!?」」」
「ちょ、旦那正気っすか!?」
「待つネ! そんな事して直撃したらどうするネ!?」
「そ、そうよ玲央! た、確かに結界には自信あるけど、長時間は……」
「うん。短時間しか強い結界を維持できないんだよね、知ってるよ美鈴さん。だからこの機会に、時間を少しでも長くなるように訓練しよう。美鈴さんの結界が長く続くようになれば、戦略が増えるよ?」
「それはっ! そう、なんだけど……! でも、もっと他に方法があるでしょ!?」
「あるかもしれない。だけど、今はこれがベストだよ。美鈴さんは優しいからね、俺がケガするかもしれないって思ったら、手を抜く事なんてできないよね?」
「うぐっ……!」
「それに、もし俺が怪我しそうになっても大丈夫。ほら、リーシャさん居るし」
「はいはい、私に全幅の信頼を置いてくれてありがとう。なんて言うと思ったかしら!? まったく、玲央君は少しは自分の身の心配をしなさいっ!!」
いやいや、リーシャさんがいるからこの方法を思いついたんですよ!?
リーシャさんの腕前なら、結界が割れて俺に攻撃が届くまでのわずかな時間でも、必ず攻撃を弾く事が出来る。
それくらいの神速の剣閃なんだ。
剣聖の呼び名は伊達ではないのである。
「その、直接見た方がそのまま意見も言えるでしょ? 見ながらどんどん直した方が良い所を言ってくね」
「め、滅茶苦茶だぜ榊の旦那……。ぶっ飛んでやがるぜ……」
「初めてお前と意見が合ったネ……まともじゃないネ……」
「もう! 分かったわよ玲央! アンタら、覚悟決めなさい! 玲央が言ったなら、これは確実に私達の力になるから!」
「ああくそ! やってやらぁ!」
「っ!! わ、分かったネ! 手加減はしないネ!」
「結局こうなるのね……。はぁ、仕方ないわね」
なんだかんだ言いつつ、リーシャさんは俺の傍で控えていてくれる。
「それじゃ、始めようか。美鈴さん」
「ええ! 『ハイ・シールド』!」
俺の目の前に透明な、でも厚みのある結界が展開される。
それを確認し、二人は攻撃を開始した。
竜と旋風さんの攻撃方法を見ながら、アドバイスをしていく。
「竜、攻撃のタイミングが単調。あと、左手の『オーラ』の量が少ないよ」
「う、うす! はぁぁぁっ!!」
「旋風さん、暗器を隠し持ってるのは良いんだけど、『オーラ』が満遍なく行きわたってないから、どれがメインかすぐに見破られるよ。今はそのナイフだよね。攻撃が当たる直前に増やすならともかく、最初からだと陽動にもならない」
「うぐっ……! そ、そんな事が分かる奴いないネ!」
「いるよ。俺でも目を開けなくても感じられる。戦いのマスタークラスなら確実にできるね」
「っ!! ああもう、分かったネ!」
「そう、その調子。『オーラ』を使うと消費が激しいから、自然と節約する方法を覚えちゃったんだと思うけど……『オーラ』も魔力と同じで、使えば使うほど練度が増すからね。出来るだけ何度も使い切ろう旋風さん」
「鬼ネー!!」
なんて話をしながら、夕方になるまで訓練をした。
「「「ぜぇっ……ぜぇっ……ぜぇっ……」」」
「お疲れ様皆。これ飲んでみて」
「喉が渇いてたから、ありがてぇっす榊の旦那」
「貰うネ……」
「頂戴玲央。ありがと」
「「「ゴクゴク……」」」
「「「!?」」」
皆が瓶の中に入った液体を飲み切り、驚いた表情に変わる。
それぞれオーラポーションとハイマジックポーションである。
片方は文字通りオーラを全快してくれるポーションであり、片方はマジックポーションの上位版のポーションである。
こっちは数が少ないのであまり出せないのだけど。その、お高いので……。
「す、すげぇ……今日だけで、『オーラ』の上限が上がってやがる……!?」
「う、嘘ネ……こ、こんな事で『オーラ』の総量まで上がったネ……!?」
二人とも自身の『オーラ』量を把握していたんだろう。
回復した事で、増えたのが実感出来たのだろう。
「私は流石に魔力量は増えなかったけど、結界に継続的に使う魔力量の調節方法が理解出来たと思うわ。今日やる前とは、消費が全然違うもの。ありがとう玲央」
「どう致しまして。後は美樹也だけど……」
話していると、丁度美樹也が戻ってきたところだった。
すでに上半身は裸で、汗だくだった。
「ふぅっ……ふぅっ……終わったぞ、玲央」
「お疲れ様、美樹也。これ飲んで、回復するよ」
「ああ、助かる」
ポーションを受け取った美樹也は一気飲みする。
「ふぅ……。……! なんだ、これは!?」
どうやら効果が出たようである。
美樹也に渡したバンドは、別名『成長の重し』と言われるアイテムである。
呪いの木偶人形と同じで、これまた凄い安い値段で売っていたので沢山買っておいたんだよね。
身に着けてトレーニングすると、僅かだが身体能力が向上するのだ。
それを一周するごとに増やしていった美樹也は、体感できるレベルで速度が上がった事だろう。
元より全キャラクター中一番の速度を誇る美樹也なのだから。
「フ……今の俺なら神速の更に上を目指せそうな気分だ。玲央、ありがとう」
「あはは、俺は何もしてないよ。全部、皆の努力の賜物だよ」
「何を言う。俺達は玲央のおかげで強くなれた。それを疑う者はこの場にはいない」
「ああ、榊の旦那。俺はもっと強くなれると思えた。感謝するぜ」
「そうネ。アタシもまだまだ強くなれる。そう実感できたネ」
「ええ。ほんと、玲央と同じクラスのリーシャさんが羨ましいわ」
皆が褒め殺ししてくるので、とても恥ずかしい。
でも、皆の想いと力があってこその物だ。
「玲央、また機会があれば、俺達を見てくれるか?」
「それは勿論。烈火達に注意はされたけど……皆の力になれるなら、力になりたいんだ」
「フ……何を言われたか想像はできる。安心しろ、そのあたりはみな弁えている。玲央に頼りきりでは、玲央に愛想を尽かされてしまうしな」
「それはおっかねぇな氷河!?」
「そ、それは絶対に嫌ネ!」
「あはは! ま、そういう事よ玲央。これからも聞いたり教えて貰う事もあるだろうけど、ね」
「安心しなさい玲央君。身の程をわきまえない奴らは私が斬って捨てるから」
リーシャさんが頼も恐ろしい事を言う。
こうして、美樹也チームの訓練も終わるのだった。
明日はクラス内順位争奪戦の日か。
俺のせいで一度も班行動できていないというね……。
滅茶苦茶長くなりましたので分割も視野に入れたのですが、最近分割続いてたのと切りどころが無かったので、そのまま投稿しました(脱兎)
お読み頂きありがとうございますー!