10話.兄として
校舎から結構離れた、寂れた場所。
ゲームではこれくらいの時期に、彼はこの人工ダンジョンをクリアする。
もっと早く会いたかったが、彼はゲームではランダムエンカウントであり、自分から会う事が出来ないサブキャラクターだった。
丁度クラス内順位争奪戦が始まるこの時期に、ある高難易度人工ダンジョンクリアタイム一位をソロで叩き出し、話題に上がるのだ。
クリアチーム一覧に、まだ彼の名前が無いのを確認した俺は、出入り口の近くで待機する事にした。
出来るだけ早く会いたいけれど、今日会えなくても構わない。
……俺には今、『魔法のカバン』の中に、全ての傷、病を完治させる万能薬である『エリクサー』が九つある。
『マカロン。使わなかった『エリクサー』なんだけど、一つを……』
『にゃん(戯け。それは私が玲央に下賜した物だ。どう扱おうが私の知った事ではない)』
『え、ええ!?』
『にゃ(話がそれだけなら私は行くぞ。長期間離れると咲がすぐに探し始め……)』
『あー! まーたマーちゃんはおにいのとこに居るぅ! おにい、マーちゃん連れてって良い?』
『にゃー(ほれ見ろ、見つかったではないか)』
『あ、ああ。良いよ咲。その、手加減するんだぞ?』
『私のにゃんこへの愛を手加減なんて出来るわけないんですけど! ねぇマーちゃん!』
『にゃ!(知るか!)」
『ほらおにい、マーちゃんもそうだって鳴いてる!』
『にゃー!(違うわー!)』
『は、はは。ほどほどにな……』
『はーい! さぁマーちゃん、櫛でといであげるねぇ!』
『にゃ~(仕方がない、我が毛並みを整える栄誉をやろうではないか)』
なんて事があり、全て貰ってしまったのだ。
この『エリクサー』があれば、彼の妹の病気は治る。
ゲームでの烈火が、彼と親交を持つのはもっと後だ。
その間、彼はずっと人工ダンジョンに挑み続け、彼の妹は病気でずっと苦しみながら、休講状態が続く。
俺の手に『エリクサー』があり、すぐにでも治す手段があるのに……それを知っていて待っていられるだろうか?
否である。それに烈火なら、きっとこの事がなくても彼とは仲良くなれるという、ある種の直感がある。
あまり原作の話を変えたくないという思いはある。
だけど、苦しみや悲しみを乗り越えて、という展開は、ノーセンキューである。
ゲームと違い、もし烈火が『エリクサー』を入手できなかったら?
彼の妹の病気の進行がゲームと違い、亡くなってしまったら?
可能性が無いとは言い切れない以上、待って後悔したくない。
なので俺は、彼に合う可能性の高いこの人工ダンジョンの入口へとやってきたのだ。
「ここは……『風神・雷神の挟撃』ダンジョンね。ダンジョンランクA、私達でもクリアは難しいんじゃないかしら玲央君」
「あ、攻略しに来たわけじゃないんだ」
「え?」
リーシャさんにきょとんとされてしまった。
まぁそれはそうだよね。
ダンジョンに来ておいて、攻略しに来たんじゃないなら何しに来たんだって話だろう。
「あ、そういう事」
「うん?」
「いいえ、気にしないで(情報収集という事ね。流石、玲央君は抜け目がないわね。常に努力を怠らないのだから。見習わないと)」
何故か納得されてしまったので、俺は周囲を歩いてみる。
このダンジョンは攻略難易度がAという、最高難易度に近い為、あまり人が来る場所ではない。
俺も実際に来るのは初めてなので、感慨深かったりする。
入り口に立って、奥を見てみる。
……うん、なんにも分からない。
周りから見たら、あいつ何やってんの? って思われる事請け合いである。
幸いというか、リーシャさんしか居ないのであれだけど。
いやリーシャさんもそう思ってるかもしれないけど。
「……(私には分からないけれど、きっと玲央君の事だから、何かあるのよね)」
なんだろう、期待に満ちた眼差しを向けられている気がして胸が痛い。
そうして待つ事少し、突然光が現れた。
「「!!」」
「ふぅ……ここでも拾えなかったか。くそっ……! 待ってろよ千鶴。兄ちゃんが必ず助けてやるからな……!」
居たー!
ヴァルハラ三年生戦闘科、特殊部隊所属・第一部隊隊長、本郷 彰!
「ん? お前、見かけない顔だな。そっちの女の子は剣聖のリーシャ・エーデルハイトだな。って事は新入生か。この人工ダンジョンに挑むつもりならまだやめておけ。ここは他のダンジョンより難易度が段違いにたけぇからよ」
「初めまして、本郷先輩。俺達がここに来たのは、人工ダンジョンを攻略する為じゃないんです。本郷先輩、貴方に会いに来たんです」
「俺に? つーか、俺の事を知ってるのか」
「はい。そして、妹さんの事も知っています」
「「!?」」
あ、リーシャさんに説明していないから、一緒に驚かせてしまった。
まぁ要件は手短に済ませよう。
仲良くしたい気持ちはある。
だけど第一は、妹さんの病気を治して、彼と妹さんの進む道を自分の意志で選べるようにしてあげたいだけだから。
「これを」
「!? こ、これはっ……『エリクサー』か!?」
「はい。どうぞ」
「ありがっ……いや待て待て。おかしいだろ。俺とお前は初対面、だよな?」
「はい」
「それなのに、なんでこんな貴重なモンを俺にポイっとくれんだよ!? 怪しすぎるだろうがよ!?」
だよね。なら切り札を出そう。
これは本当の事だから。
「……俺にも、妹と弟がいます」
「!!」
「俺の妹と弟が、千鶴先輩と同じ症状になったら……きっと、本郷先輩と同じ事をします」
「!?」
「同じ兄として……見過ごす事は出来ません。受け取ってください。妹さんを……千鶴先輩を、救ってあげてください」
「お前……。くっ! すまねぇ、恩に着る!」
そう言って、俺から『エリクサー』を受け取った彼は、そのまますぐに消えた。
それで良い。
今後直接会う事がなくても、彼と彼の妹さんを救えたのなら、それで良いんだ。
「さ、俺の目的はこれで終わ……リーシャさん?」
「……玲央君の行動は、いつも誰かの為なのね。どうして知っているのとか、そういう野暮な事は聞かない。藤堂先生の事も知っていたものね。だけど……あらかじめ、少しは教えてくれても良いじゃない?」
後ろを向けば、リーシャさんが少し頬を膨らませていた。
うん、これは完全に俺が悪いので、何も言えない。
「こ、これからはそうするね。その、売店に行こうか。アイスクリームでも奢るよ?」
「玲央君、私の機嫌がそんな簡単に……チョコレートソフトクリームで」
「了解! それじゃ行こうリーシャさん!」
ゲームの好感度を上げるアイテムで、リーシャさんはアイスクリームが好物でプレゼントすると親密度が上がったんだよね。
現実でも効果があって良かった……。
お読み頂きありがとうございます。
次話は少し空くと思いますが、よろしくお願い致します。




