6話.紅葉(もみじ)と紅葉(クレハ)
普段はリーシャさんと二人で歩く帰り道を、西園寺さんと一緒に歩いている。
ゲームのメインヒロインと二人きり、こんな状況でなければ飛び上がるほど、踊ってしまうくらいには喜んだのだけど。
陰から眺めてるのではなく、当事者となるとまったく変わってくる。
ちらりと横を見る。
綺麗な長髪、緑色の髪が風で流れて良い香りがする。
「どうしました玲央さん?」
「あっ……いや、なんでもないよ」
「? おかしな玲央さんですね」
そう言って笑う西園寺さんは、お世辞抜きで綺麗なんだよね。
烈火と一緒に笑っているシーンが好きで、クリアした後も何度も読み返した。
それなのに、俺なんかが烈火の役目を奪って良いんだろうか……。
そんな葛藤を抱えながら、家にたどり着く。
覚悟を決めろ、俺。
西園寺さんの……推し達の力になると、決めたんだろ!
「やっぱり一番だね」
「咲さんと拓さんは中学生でしたか? 高校生より時間は少し早いかもしれませんが、まだ午後の授業中でしょうね」
それもそうか。
とりあえず鍵を開け、家に西園寺さんを招く。
誰も居ない家に、俺と西園寺さんの二人のみ。
いつも西園寺さんを護衛しているSP達も、今日は連れていないらしいので、本当に二人きりである。
あれ、なんか緊張してきた。
「ど、どうぞ……」
「はい、お邪魔致します」
綺麗に靴を並べて、家に入る西園寺さん
こんな所でも育ちの良さが出てるな。
「散らかっ……てもないかな、基本何も置いてないし」
「男性の部屋に入るのは、御爺様以来ですが……御爺様も似たような感じでしたよ?」
そうなのか。西園寺 剛毅さんは、大英雄と呼ばれている藤堂 誠也先生より早くに有名になった猛将だ。
まぁ年齢的に当たり前ではあるけど。
今なお、その強さは健在と聞いている。
藤堂先生とも交流があり、その繋がりで西園寺さんも藤堂先生と交流があるんだよね。
ゲームで烈火と関わるのは、西園寺さんと付き合う事になって、挨拶に行くって話が出たくらいだったんだよね。
あの烈火ですら、最初はにべもなく会う事が出来なかった堅物でもある。
西園寺さんの必死の頼みで、折れたというエピソードである。
まぁ、俺が会うなんて事は無い方だろう。
藤堂先生やローガン師匠に会えて、親交を結べただけでも思いがけない幸運なのだから。
「ちょっと待っててね。飲み物を入れてくるよ」
「あ、お構いなく……」
「良いから良いから、本棚にある本、好きに読んでて良いよ」
そう言って部屋を出る。
飲み物にかこつけて、マカロンを探す為である。
とりあえず冷蔵庫へと向かうと、見つけた。
「マカロン」
「にゃ?(なんだ玲央、今日は早いな)」
「ああ、うん。ちょっと事情があって。というかマカロンは魔王城に普段居るんだよね?」
「にゃん(当たり前だろう。今も分身が居る)」
「!?」
ぶん、しんっ……! なんという事でしょう、影武者ならぬ本物の分身とは。
成程、だからいつ見てもマカロンが居たのか。
謎は全て解けた……!
……それは良いから、本題に入ろう。
「マカロン、実は……調べて欲しい事と、会って欲しい人が居るんだ」
「にゃん(西園寺の孫娘だな。良いだろう、世話になっている身であり、同志の頼みだ。聞いてやらん事もない)」
「!!」
流石、もう西園寺さんが来ている事を把握してるのか。
いや普段から気配察知をしてるマカロンだ、家に帰ってくる前から分かっていたんだろうけれど。
「それじゃ、行こうか」
「にゃ(ああ)」
開けていない一リットル入りオレンジジュースと、コップを三つお盆に載せて、部屋に戻る。
西園寺さんは身動き一つしておらず、ピンと背筋を伸ばして正座していた。
見た目も綺麗だが、西園寺さんは所作の一つ一つも綺麗で、雅があるんだよね。
「お待たせ西園寺さん」
「にゃん」
「いえ。……あら、猫さんもついてきたのですね」
ちなみに、マカロンはすでに前回皆が遊びに来た時に邂逅を済ませてある。
「今日は、このマカロンと話をして欲しくて呼んだんだ」
「え?」
何言ってんのこいつ? という目で見られないのが西園寺さんの凄い所である。
本当に単純に、驚いているだけなのが伝わってくるんだよね。
「今からの事が、皆には黙っていて欲しいと言った事なんだけど……」
「ああ、家に呼ぶのが、では無かったのですね」
「それも秘密でお願いしますっ!」
「あはは、分かりました」
やましい事はないはずなのに、つい条件反射で言ってしまった。
でも仕方ないじゃないか、西園寺さん一人を呼んだ理由が何も思いつかない。
友達だから遊ぶ為に、なーんて言えるわけがない。
ただでさえ西園寺さんは普通の令嬢ではなく、あの超大企業である西園寺グループの跡取りなのだ。
某アニメキャラのように、磯野ー! 野球しようぜー! と気軽に誘える方じゃないのである。
「それじゃ……驚かないで、というのは無理だろうから、武器を構えないで、と言っておくね」
「武器を……?」
「まぁ、この姿を見ただけでは流石の嬢ちゃんも分からんか?」
「なっ!? ンッ……ま、おう、様!?」
いけない、西園寺さんの眼がまた紅くなってる!?
魔王と直接会う事で、魔王化が進んだのか!?
「落ち着け戯け。お前は出たら死ぬぞクレハ」
「え!?」
マカロンがそう言うと、西園寺さんの眼がすぐに元の色に戻った。
「良いかクレハ。お前はその嬢ちゃんの体を奪おうとしているだろう。だがそれを達成すれば、お前は死ぬ」
「どういう、事ですか。何故、魔王が、玲央さんと共に居るのですか!」
「ふむ……どこまで話したものやらだな。とりあえず、私は玲央の敵ではないとだけは言っておこうか」
「!? それを、信じろと?」
「そうだ。ちなみに、人間の味方なわけではない。ただ、玲央の敵にはなりたくない。それだけだ」
「……。……分かりました、その言葉は信じます。でなければ、今玲央さんがこうして生きていられるはずがありませんから」
その通りである。
マカロンがその気なら、俺だけでなく俺の家族全員、すでにこの世に居ないだろう。
いくらでも殺す機会があったのだから。
「まったく……玲央さん、想像の斜め上を行っていて、情緒をどうしてくれるんですか……!」
「ご、ごめん。だけど、言った通り魔王は敵じゃないんだ。まぁ単純に味方ってわけじゃないんだけど……魔王は、人間の大陸に直接手を出す事は無いと約束してくれてる。そして俺は、その言葉を真実だと思ってる」
「……! はぁ……分かりました、そうすぐ信じる事は出来そうにありませんが……今は、玲央さんが信じているので、何もしません」
「うん、ありがとう西園寺さん」
普通の人なら、魔王を前にして冷静を保ってなどいられないはずだ
この世界の共通認識として、人間と魔族は憎むべき敵同士なのだから。
その総大将が目の前に居る。
戦う力を持たない人達ならば腰が抜けて動けなくなるだろうが、戦う力を持つ者が、その矛を収めるのは並大抵の事ではないと思う。
それだけでも、西園寺さんは凄い人なのである。
「さて、玲央。お前の頼みは、このクレハをどうにかしてほしいという事だな?」
「うん」
「言ったと思うが、私は魔族の……同族を手に掛けたりはしない。私に反逆を企てたり、そういう罪を犯したならば別だがな。それは、人間達とて同じであろう?」
「!!」
「そしてクレハは、先代の魔王に生贄としてくべられた被害者でしかない。私から見れば、だがな」
「それは……」
何も、言えない。
その通りだからだ。
彼女は、生きたいが為に、西園寺さんの体を奪おうとする。
そしてそれが成功すれば、彼女は魔王にその精神を奪われ死んでしまうのだ。
一番の被害者だと言って良い。
「お前からすれば、その嬢ちゃんを救いたいのだろう? クレハを犠牲にして」
「……」
「……すまぬ、意地の悪い言い方をした、許せ玲央」
「ううん、俺は何も言い返せなかった。マカロンの言う通りだから。俺は、クレハさんを犠牲にして、西園寺さんを生き残らせようとしてる」
「玲央、さん……」
「分かっている。お前は、分け隔てなく救える者は救おうとする者だ。クレハを救える道があるのなら、救おうとしただろう。だが、お前の"知識"にも、クレハを救う方法は無かった。だから、無意識的にクレハを排除しようと考えてしまったのだろう?」
「!!」
そうだ。俺は、この世界の知識をゲームとして知っている。
だから、クレハがどうやっても死ぬと決まっていると考えていた。
クレハという存在を、いないものとして扱っていたんだ。
「今は、私が居るという事を忘れるな玲央。可能だ、クレハを分離させる事など造作もない」
「「!?」」
「生贄に捧げる事で嬢ちゃんの魂の半分はクレハになっておる。なら、その半分を互いに作り出し補えば良い。元より本来あった物が欠けているだけなのだ。それを補ってやれば、嬢ちゃんは元通りに、クレハはクレハとして存在できるように出来る」
「俺にはその難易度が分からないし、普通なら無理だろうなって予想しかできない。だから、あえて聞くよ。マカロンなら、それが出来るんだね?」
「造作もない。そもそも、先代の魔王が苦し紛れに使った呪法だぞ。そんな程度の呪い、赤子に宿った時点で解けと言いたい程だ、あの小僧め」
小僧って、西園寺 剛毅さんの事だろうか?
いやそれよりも、事態は俺が思っていたよりも良い方向に向かいそうで安堵する。
「魔王、さん」
「マカロンでよい。猫の時もそう呼べ」
「わ、分かりました。マカロンにお聞きしたい事があります」
「申せ。玲央の知己故、特別に聞いてやる」
「ありがとう、ございます。私の中に居る紅葉が、ずっと頭の中で今も語り掛けてくるのですが……自分が私の意志を侵食して体を奪えば、自分が死ぬのは本当なのですか、と」
「そうだ。それこそが魔王の延命の呪法。お前の魂を生贄に、お前が体を奪えばその瞬間に、蘇るのだ先代の魔王が」
「!!」
「だが、今の段階ではただの呪法でしかない。まずはそれを解いてやろう。しかし、嬢ちゃんの体を奪うのは許さん。これは現魔王命令だと思えクレハ」
「っ!! あのクレハが、分かりましたと、言うなんて!?」
西園寺さんにしか聞こえていないであろう会話。
これまでも何度も話したことはあるのだろう。
その西園寺さんが驚く程という事か。
「ふむ。では嬢ちゃん、そのまま座っていろよ」
「は、はい」
マカロンは西園寺さんに近づき、頭に手を添える。
大きな赤い魔法陣が出現し、それが西園寺さんの全身を覆うように上下する。
「うっ……ぐっ……」
「耐えよ、それが呪法の痛みだ。なに、すぐ終わる」
「は、い……!」
何もできない俺は、ただ見ているだけしかできない。
「西園寺さん、頑張れ……!」
せめて、少しでも気が楽になるように。
心から応援するだけだ。
「玲央、さん……はいっ……!」
それが通じたのか、西園寺さんは笑った。
苦しそうな表情の中で。
「ふむ……これで終わりだ。よく頑張ったな嬢ちゃん」
「はぁっ……はぁっ……これ、で……私は、死なないで、済む、のですか?」
「ああ。今は魂に負荷が掛かっているから分離は出来ぬが、入れ替わりなら出来るぞ」
「え?」
「出て来てみろクレハ」
「はいっ! 魔王様っ! って何の苦労もなく出れたぁ!?」
おわぁ!? 西園寺さんの姿のまま、なんか甲高い声がぁ!?
「クレハよ。魂の分離が出来るようになるまで、嬢ちゃんに危機が迫った場合は助けよ。それが己の命を守る事にもなるからな」
「魔王様っ……本当に、ありがとうございますっ☆ このクレハ、魔王様の為ならこの命を懸けて☆」
「戯け。この命はお前の命を守る為のものである。私の配下が、簡単に命を散らすような事はあってはならぬ。さぁ、戻れ。基本的に私が呼ぶか、嬢ちゃんの許可なしに表には出ぬようにな」
「畏まりっ☆ ……あの、私の体で変な事はしないでくださいね、本当に……」
あ、戻った。
何だろうクレハから感じるこのメスガキ臭は。おっと、口が悪いな気をつけよう俺。
「あの、西園寺さ……」
「紅葉です」
「え?」
「これからは、紅葉と呼んでください。私の……母が名付けてくれた、大切な名前。その名で、ずっと呼ばれたかった。こうして呼ばれても大丈夫になったのなら……その最初に呼んで頂ける方は、玲央さんが良いです」
「……うん、分かったよ。紅葉さん、これからもよろしくって言うのは、変かな」
「いいえ。これからも末永くよろしくお願い致します、玲央さん」
そう言って笑った紅葉さんは、今までで一番の笑顔を見せてくれた。
「あー、あっつぃのう! オレンジジュースでも頂くとするか!」
「「!?」」
マカロンに茶化され、俺達も慌ててオレンジジュースを飲むことにする。
ひんやりとしてあっさりとした喉越しが、今の熱い体には気持ちが良かった。
その少し後に咲と拓が帰ってきて、
「あー! おにいがおねえとは別の美女を連れ込んでるぅ!? って西園寺さん!?」
「おおい兄貴!? 今度は西園寺さんを連れ込んでんの!?」
「言い方ぁ!!」
そうやってからかわれるし、更にライムに、
『玲央君、今どこ? こちらの鍛錬も終わったから、迎えに行くけれど』
とリーシャさんからメッセージが届いていた。
あぁぁぁぁぁっ!! わ、忘れていた!
ど、どうしよう、どうしたら良い!?
となったのは後の祭りである。この後リーシャさんへの説明を考えるのに頭をいつもの数倍は酷使した。
ちなみに紅葉さんに口裏を合わせてもらい、事なきを得たのだった。
お読み頂きありがとうございますー。




