5話.西園寺 紅葉
三連休最終日、良い一日のお供えにどうぞ。
午前の授業が終わり、皆で学食を食べた後。
今日は珍しくというか、ヴァルハラに来て初めてではないだろうか。
西園寺さんと二人きりである。
リーシャさんは藤堂先生とのマンツーマンの指導。
アインと剛毅は二人で鍛錬。
烈火と美樹也は競技場で腕を磨く予定だと聞いた。
班行動しなくて良いの? と聞いたら、班の皆も大体は行くらしい。
つまり美鈴さんも一緒に行くわけで。
ちなみに何故大体なのか、それは西園寺さんが所用があって行かないからだ。
で、その所用というのが、俺と話があるからだった。
ヴァルハラにいる間は魔族に襲われる心配もないので、リーシャさんの護衛は必要ないからね。
まぁ普通に場所によってはモンスターは徘徊してるのだけど、プログラムされた人造モンスターであり、配置も大体決まっている。
魔法陣強化の時に出会った魔物は、ちょっと学園外付近まで行き過ぎたせいだし。
というわけで、今は無言で西園寺さんについて行っている。
一体なんの話なんだろう? いや、西園寺さんルートでの話なら分かるけど、俺に話す理由が無いので分からないんだよね。
そんな事を考えていたら、西園寺さんの足が止まる。
俺もそれに合わせて歩みを止める。
振り返った西園寺さんは、儚げな、今にも消えそうに見える雰囲気だった。
「無理を言ってしまってすみません、玲央さん」
「良いよ。今日はたまたま暇だったからね」
「ふふ、ご冗談がお上手ですね。玲央さんがそんなはず無いのに」
いえ、本当にそうなんです。
まぁそれを言っても仕方ないので、話を進めよう。
「それで、俺に話って? 西園寺さんの為なら、俺に出来る範囲の事なら力になるよ」
「ありがとうございます玲央さん。けれど、話を聞く前から安請け合いするのは感心しませんよ?」
「聞いた後でも聞く前でも変わらないからね。俺は西園寺さんの為なら、何でも力になるよ」
勿論、烈火達全員、誰だってだ。
俺の推し達の為なら、なんだってするぞ!
「もう……そうやって勘違いさせるような事を言ってはいけませんよ玲央さん」
「?」
「いえ、それが玲央さんですものね。では、お話させて頂きます」
勘違いとは、なんだろう?
俺が推し達の為ならなんだって出来るのはただの事実なんですが。
とはいえそれを聞く雰囲気でもないので、黙って話を聞く事にする。
「玲央さんにも軽くお話しましたが、私の……『紅葉』という名について、です」
「!?」
ちょっとまってぇぇぇぇっ!!
それ西園寺さんルートの『キー』言葉ぁっ!
そのお話を聞くイコール西園寺さんルートに入るやつぅ!
リーシャさんに続いて西園寺さんのも俺が聞いたら駄目なやつではぁ!?
「ふふ。その表情、ひょっとして玲央さんは、ご存知なのではないですか?」
「!!」
「……やはり。本当に、玲央さんはただ者ではありませんね。誰にも、御爺様しか知らないこの事実を、どうやって知ったのでしょう……ええ、本当に興味深いですね」
西園寺さんの眼が紅くなる。
そう、"魔眼"使用時のように。
西園寺さんに"魔眼"の力は無い。
だけど、魂が魔王の力に半分染められている西園寺さんは、興奮時かつ、『紅葉』という言葉を出した時にその眼を紅くする。
魔王の片割れ、その別人格が表に出ようとする時だ。
この片割れは藤堂先生に呪いをかけた魔王直属の魔将、その妹でもある。
先代の魔王を西園寺家の首領である西園寺 剛毅さんを含んだ精鋭達で封じ込め、分離させる事に成功。恐らくこれがマカロンの言っていた七つに分離された力だと思う。
しかし、先代魔王は西園寺 剛毅さんの娘さんが共に戦場に居て身籠っている赤ちゃんに気付き、自身の魂を埋め込み逃れようとした。
その際に、媒体として魔将の妹が生贄となったのだ。
藤堂先生に呪いを掛けた魔将は藤堂先生によって殺されている。
直接的な関係はないとはいえ、その妹が生きている。
それを知ったリーシャさんは、今もなお藤堂先生を苦しめている存在の妹が生きてる事を許せず、西園寺さんのルートで烈火と西園寺さんの前に立ちふさがるのだ。
烈火達に敗北したリーシャさんは、
『本当は、分かっていたの。貴女は違うって。……でも、気持ちを抑えられなかった……ごめんなさい……』
そう言って、去って行く。
烈火と西園寺さんは、その姿を悲しそうな表情で見送る。
以後、リーシャさんと出会う事はないのだ……悲しすぎる。
「このまま、貴方を私のものに……ぐっ……そうは、させませんよ『紅葉』っ……!」
恐らく、いやゲームと同じならば。
今、西園寺さんは自身の内に居るもう一人の存在、『紅葉』と会話している。
『紅葉』は魔王のもう一つの人格という設定で、彼女を乗っ取ろうとしている。
その実は魔王そのものではなく、魔将の妹の人格。
体を乗っ取った際に、魔将の妹ではなく、魔王が目覚めるようになっている。
それは、西園寺さんルートで西園寺さんの内に居る『紅葉』を断ち切れずに現魔王を倒すと、西園寺さんが魔王になり、烈火が西園寺さんとの約束通り、殺す事になるからだ。
いわゆるバッドエンディングの一つ。
名を呼ばれれば内なる彼女が目覚めやすくなる為、普段『紅葉』と呼ばれる事を禁止している。
それなら別の名前を付ければ良いだろうと思うかもしれないが、『紅葉』とは今は亡き西園寺さんの母親が、自身の名である楓にちなんで付けた名であり、意味のある名なのである。
西園寺さんは大好きだった母が付けてくれた名前を変えたくないと言って、名前を変えなかったのだ。
それが、魔王の人格を目覚めさせる近道になる事を知っていても。
「玲央さん。貴方になら、託しても良いと思えたのです。もし私が……内なる魔の者に乗っ取られたら……私を、殺していただけませんか」
「っ!!」
ぐわぁぁぁぁっ! これ烈火が聞くやつぅぅぅぅっ!!
間違ってもモブの俺が聞いちゃいけないやつパート2ぅぅぅぅっ!!
「……いきなり、こんな事を言ってごめんなさい。でも、私にはこの事を話せるに足る人が、玲央さんしか浮かびませんでした」
うずくまる俺に、悲しそうな、今にも消えそうな雰囲気の西園寺さんが言う。
……情けない姿を見せるな俺。
西園寺さんは、俺に相応の覚悟と決意をして話してくれたんだ。
なら、俺がする事はこうやってうずくまる事じゃない。
立ち上がり、西園寺さんの眼をまっすぐに見て答える。
「俺は、戦う力が烈火達より低いのは知ってるよね? 俺からしたら、烈火や、リーシャさんに話す方が良かったんじゃないかって思うのだけど」
「……そう、ですね。それも考えました。けれど……やはり、そう考えられる玲央さんが良いと思うのです」
そう考えられる俺が? 俺には力がないと言っているのに?
「玲央さんは、自身が考えているよりも、大きな力を持っています。それは目に見える形ではないかもしれません。けれど、私には分かるんです」
「……。分かった」
「!!」
「最初に言った通り、俺は西園寺さんに頼まれたのなら、なんでも力になる。そして、今の分かったは、西園寺さんを殺す事じゃないからね」
「!?」
「西園寺さんの内に潜む魔族を、取り出す、取り除く。……実は、当てがあるんだ」
「え!?」
「その、皆には黙ってて欲しいんだけど……今日、うちに来てくれる?」
「え、えええええっ!?」
あの西園寺さんが珍しく大声をあげた。
そうか、男に家に呼ばれるとか、そうだよね。
俺の考えが浅かった。
「あ、えっと! い、家には妹の咲と弟の拓もすぐに帰ってくると思うし、二人きりじゃないので安心して欲しいというか!?」
「あら、そうなんですね。残念です」
「!?」
どういう意味なの、西園寺さん!
「ふふ、冗談ですよ。玲央さんの事は信頼しています。例え二人きりでも構いませんし、そもそも私の方が強いじゃないですか」
「ごもっともで……」
西園寺さんにからかわれつつ、少し早いけど俺の家に向かう事にした。
マカロンに、会わせる為に。
お読み頂きありがとうございます。
三連休の方も多いと思いますので、三日続けてみました。
次話は少し空くかもしれませんが、よろしくお願いいたしますー。




