45話.モブの任務開始
さぁ、今日は任務開始日だ。
昨日は咲と拓に、もしかしたら明日は帰ってこれないかもしれないと伝えた。
そしたら、咲は目に涙を浮かべてしまった。
失言をしたと理解した俺は、すぐにヴァルハラの任務である事を伝え、二日間予定を組まれているから、と弁明した。
「……ちゃんと、帰ってくるよね、おにい」
「当たり前だろ。ちなみに、リーシャさんも一緒だからな」
「「それなら安心だ」」
なんという事でしょう、すでに兄の俺よりも信頼を得ているよリーシャさん。
その後、やたらと甘えてくる咲の頭を撫でながら、夜はゆったりとした時間を過ごした。
遅くに帰ってきた両親にも伝え、心配されながらも頑張れという言葉を貰った。
まだ薄暗い早朝。
俺は早めに準備を済ませ、靴を履いた所で、後ろから声が掛かる。
「おにい」
「兄貴」
「咲、拓。どうした、まだ早いし眠いだろ? ゆっくり寝てて良いんだぞ?」
「おにい、ちゃんと帰ってきてね。傷だらけになったって良い、いや良くないけど、ちゃんと無事に、帰ってきてね」
「兄貴、頼むから無茶しないでくれよ? 任務が大事なのは分かるし、ヴァルハラがそういう場所なのは知ってる。だけどさ、俺達にとって、どこかの誰かの命より、兄貴の命のが大事なんだからさ……!」
「咲、拓……。ああ、安心しろ。俺が二人を残して死ぬわけないだろ?」
「「……」」
「咲、拓」
「「!!」」
二人の頭の上に、出来るだけ優しく手を置く。
二人を安心させれるように。
「大丈夫だ。兄ちゃんを信じてくれ。必ず帰ってくる。二人は任務成功のお祝いの準備でもしていてくれよ」
「おにい……うん! 今日の学校の帰り、拓と色々買って帰る!」
「ああ! 兄貴が驚くようなパーティーの準備しておいてやるぜ!」
「ははっ。ああ、頼んだよ。それじゃ……行ってくる」
「……うん。おにい、気を付けて……!」
「兄貴、ファイトだぜっ!」
二人の心配と、応援に心を打たれながら、外に出る。
すると、リーシャさんがすでに待っていてくれた。
「本当に良い子達ね」
「うん。自慢の妹と弟だよ」
「ふふ。ますます失敗できないわね?」
「元々失敗するつもりはないけどね。……さぁ、行こうリーシャさん」
「ええ」
今日はいつもの雰囲気とは違い、ピリッとした空気だ。
これから戦いに行くのだから、当然かもしれない。
今回の戦いは、ゲームであれば藤堂先生が壊滅させるエピソードであり、詳しい話をユーザーの誰一人として知らない。
もし知っているとしたら、それは原作者であるあの人だけだろう。
攻略本の中で、インタビューで少しこの事も話していた。
ただ、流石に一度目を通した程度だったので、詳しくは覚えていないんだよね。
夢でも見たら良かったのだけど、今日はよく眠れてしまった。
原作では恐らく死んでいたであろうアイン。
意識が戻らないドライさん。
原作とはすでに大きく異なる点が存在する以上、何が起こっても不思議じゃない。
気を引き締めて行かないとね。
「よう、来たかお前ら。リーシャもご苦労だな」
「おはようございます藤堂先生。いえ、苦労だと思った事はありませんよ」
「ほう! あの男嫌いのお前がなぁ」
「べ、別に男が嫌いなわけではっ……」
「ははっ! 分かってるさ。玲央はそんな目でお前を見ないしな。というかあいつは、男色なんじゃないかと時々思うんだが……」
「それは、違うと思いますけど、多分……」
あの、違いますよ? そこははっきりと否定してほしいんですけどリーシャさん?
というか、本人目の前に言う事じゃないですよね!?
「はよっす! 俺達が最後か!」
「もう、烈火が寝坊するから!」
「わりぃわりぃ。わくわくして遅くまで眠れなくてよ!」
「遠足前の子供かっ!」
烈火と美鈴さんがやってきた。
相変わらず仲の良い会話で、聞いていてほっこりする。
「フ……相変わらず、玲央の反応は面白いな」
「ですね。烈火君と百目鬼さんの会話を聞いた後の、あの顔ですから」
えっ、俺そんな分かりやすい顔になってるの!?
「あはは。皆戦いの前なのに、凄いリラックス出来てるね。僕は緊張して、体が震えるよ……」
「アイン殿は、自身が居た、施設、なのだから……仕方、ない」
「あ、おはよう二人とも! アインは特に緊張するよね。嫌な思い出ばかりだろうし……」
「ううん、嫌な思い出ばかりではないんだ。あれでも、生まれた場所だからね。ツヴァイやドライと、一緒に過ごした記憶もあって。途中で、融合させられちゃったけど」
「「「「「!?」」」」」
ゆう、ごう!? そういえば……
『僕は、人間として。ツヴァイは魔族として。そしてドライは天族として造られた。僕達は三人で一人の体を有するキメラ型人造生物なんだ。その目的は、強大な魔王様の力の模倣。これは魔王様には秘密裏に行われていた実験で、僕達以外は適応出来ずに皆死んでいったよ』
そう、言っていた。
俺はまた、最初から一つの器を、三人で有しているのだと思っていた。
違った、のか。それぞれが意思と体を有していて、一つにまとめられた、という事だったのか……!
なんて、非道な事を……!
「アイン、その……体を分離させる事は、出来ないのかな? 今も、ツヴァイさんに代わる時は、肉体が変わってるよね……?」
「どうだろう。僕には分からないけど、研究施設にはそういう内容が残ってるかもしれないけれど……」
「……藤堂先生」
「あー、そんな目で見んな玲央。わーった、わーったよ! 本来全部資料は燃やし尽くす予定だったが……作戦変更だ。研究施設にある資料、取れるもんは全部搔っ攫え。ただし! 極秘として国には提出しねぇ。アリスとローガンに相談してみる。それで良いだろ?」
「藤堂先生……! ありがとうございますっ!」
「ったく、仕方ねぇ奴だな。お前らも面倒なリーダーを持ったな」
「それが玲央のいいとこっスから!」
「フ……異存ない」
「ま、そうだよね。それに、仲間の為に自分の身を顧みないトコとか」
「そうですね。少々そこが不安にもなりますが」
皆がやたらと俺を持ち上げるので、顔が真っ赤な自覚がある。
おかしいな、ヨイショするのはモブの俺の役目なのに、主人公達が俺をヨイショしてくるんですけど。
「まーた真っ赤になってるよ榊君。そこが可愛いんだけど」
「アイン、殿。榊殿は、男、だぞ?」
「それは勿論分かってるよ? でも僕、性別の壁なんてキメラだから超越してるんだよね」
「ごめんアイン、突然カミングアウトされてもどう対応して良いのか分からない」
「「「「「ははははっ!!」」」」」
皆が笑い出し、場の雰囲気が明るいものへと変わる。
アインの冗談で場が和んだ。
冗談だよね……?
「ガハハハッ! ったく、おもしれぇなお前らは。ま、緊張が完全になくなるのも良くはねぇんだが。早速向かうぞ。これに乗れ」
藤堂先生が放り出した魔道具は、元の世界で言う車だ。
ただし、タイヤは無く魔力で浮いている。
「運転は俺がするが……もしもの為にお前らの誰かも運転できた方が良いな」
「あ、なら俺がしたいっス藤堂先生!」
「烈火か。良いだろう、途中で交代するから、最初は見て覚えろ」
「うっス!」
烈火ならすぐに覚えられるだろうね。
俺も元の世界で運転自動車免許はちゃんと習得していたし、多分大丈夫なはず。
基本的な操作は変わらないから。
縦長で、この人数でも全員座れる。
藤堂先生の横には烈火が座り、その後ろに俺とアイン、剛毅が座り、その後ろにリーシャさんと西園寺さん、美鈴さんが座る。
美樹也はというと、一番後ろの席ではない車のトランクの上に座った。
背後から奇襲を受けた時に、対応する為との事だ。
凄いな、酔わないのだろうか。
俺ならそんな所に長時間座っていられない。
藤堂先生の運転はその性格と違い、凄く丁寧な運転だった。
速度は大分出ていると思うけど、あまり揺れない。
でも、よく考えたら地面の状況なんて関係ないし、そんなものなのかもしれない。
そうだ、今のうちに皆に渡しておかなければ。
「皆、これを一人一つ、持っていて欲しいんだ」
「「「「「!!」」」」」
「……えっと、呪いの木偶人形?」
「違うよ美鈴さん!?」
「それは、我が社の……」
「……」
「ンンッ! 西園寺グループで販売している玩具、ですよね玲央さん。二つセット入りの片方、ですか? 一つ2,000円はしたはずですけれど……」
「「「「「!?」」」」」
流石に西園寺さんは知ってるか。
自社製品だもんね。なんで言い直したのか分かんないけど。
「えっとね、これ……本来の効果知ったら、2,000円なんかじゃとても買えないシロモノなんだよね」
「え?」
これはあんまり言いたくないんだけど……背に腹は代えられない。
「実はこれ、一度だけ死に直結するようなダメージを受けても、肩代わりしてくれるんだ」
「「「「「なっ!?」」」」」
「(なん、じゃと!? そんな効果があるなど一言も……いや、我が社の専門チームでも見つけられなかったという事かの。末恐ろしい青年じゃて)」
「あー! もしかして、私を庇って倒れた時……!※一話参照」
「そう。これのお陰で助かったんだ。あ、でも死ぬくらい痛いからね?」
「そこで落ちをつけないで良いのよ榊君。どうして知っているのとか、今更聞くつもりはないわ。体験談もあるのだし、真実なんでしょう。もとより、榊君が私達にそんな嘘を言うなんて思っていないわ。ありがとう、受け取るわ」
「だな! 代金は帰ってからで良いか玲央?」
「いやいや! 受け取れないよ! これは俺が勝手にした事だよ!」
「ま、玲央はそう言うわよねぇ」
「フ……だな。だが、それでは俺達の気が済まん」
「ですね。皆さん、少し良いですか? 今回の任務が終わったら……」
ぐっ、防音の結界を張られて聞こえなくなった。
一体なんの話をしているんだろう(ソワソワ
「異議なしっ! それでいきましょ!」
「ははっ! 俺もオーケーだぜ!」
「うん、僕も賛成だよ。榊君には本当に感謝してるから」
「やろ、う」
一体皆で何を企んでいるんだよう!?
「ふふ、こればかりは榊君には秘密よ」
「そんなぁ……」
リーシャさんまで話してくれないなんて、殺生な。
そんな会話をしていると、人間の住む大陸の国境線を超え、魔族の領地へと進む。
ヴァルハラは戦士達の育成機関なだけあって、魔族の大陸の傍にある。
これは魔族達が大挙してやってきた時に、すぐに応戦する為でもある。
その為、そこまで時間が掛からずに国境に到達できる。
とはいえ、かなりの速度で走っているのにもうお昼前ではあるけど。
「よし、ここいらで降りるぞ。目的地はもう目と鼻の先だ」
「……ここからは僕が案内します。ついてきて」
アインが先導し、森の中を進んでいく。
道ならぬ道を歩いていくと、開けた場所があった。
「ここです」
森の中にひっそりとある、少し広い、白い建物。
まるで病院のようなそれは、入り口がこちらからは一つしか見当たらない、不気味な建物だった。
「もう一つの入口は、ここから反対側にあります」
「分かった。俺とリーシャは反対側に向かう。着き次第連絡を入れるから、それまで待機してろ」
「分かりました。藤堂先生、リーシャさん、お気をつけて」
「おう。任せろ」
「ええ。榊君達も気を付けて」
そう言って、二人は音もなく消える。
忍者かな?
藤堂先生は当然として、リーシャさんも普段は力を大分セーブしてるんだなと実感する。
「玲央、入り口に罠とかありそうか?」
「少し調べてみるね。……あるね。入口の両端。探知式の罠が仕掛けてある」
「オッケ。私が解除するわね。そういうの得意なのよね」
「待って待って美鈴さん。それは後で」
「っと、そうよね、ごめんごめん」
「張り切りすぎだろ美鈴」
「烈火にだけは言われたくないんですけど!?」
「お前達、静かにしろ」
「美鈴のせいで叱られたぞ」
「うぐぅ……烈火と氷河に言われるなんて一生の不覚……」
「ぶふっ……」
「玲央ぉぉ……」
「ご、ごめんって美鈴さん」
戦いの前だというのに、緊張感が無い。
非常に良い状態だ。
変に力むより、余程。
『聞こえるか玲央。これよりコードネームで呼び合う。こちらはα、そちらをβとする。α、位置に着いた』
『分かりました。こちらβ、入り口両サイドに罠を発見。αはどうですか』
『α了解。こちらは陽動として罠を無視する。βは解除しながら中へと進め』
『β了解』
「皆、藤堂先生達は罠を問答無用で中に侵入する。俺達は罠を解除しながら、中に侵入するよ!」
「「「「「「おお!」」」」」」
こうして俺達は、"邪眼"研究施設への侵入を開始した。
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