4話.モブですから
日に当たって銀色に輝く美しい髪。
アイドル顔負けの整った顔立ちに、すらりとした長い手足に抜群のプロポーション。
貴女アニメやゲームの世界から出てきましたか? と言っても差し支えないほどの美女……って、ゲームのキャラだったよ。
そんな見るだけでも俺という存在が浄化されそうな人が、目の前に立っていた。
とりあえず拝んでおこう。
「何してるの貴方」
「えっ……と、な、何か俺に用事ですか?」
「何で敬語。同じクラスメイトなんだから、普通に話して良いよ。榊君だったわよね」
「俺の事を覚えて!?」
感動だ。あの剣聖、リーシャ・エーデルハイトが俺の名前を口に出した。
帰ったら赤飯炊かなきゃ!
「誠也おじさんが認めた人くらいは覚えるわよ」
あ、そういう。
そういえば、リーシャ・エーデルハイトは藤堂 誠也に憧れて戦場についていくようになったんだよなぁ。
凄まじい潜在能力を認めた藤堂 誠也は、リーシャ・エーデルハイトの同行を許可するんだよね。
「それで、情報を集めるのが趣味の榊君に聞きたい事があるの」
おおう。あの失言から今に繋がっちゃったのか。
「……ある呪いを、解除する方法を探していて。そういう話を、何か聞いた事がないかと思って……」
「!!」
ぐはっ! こ、これは主人公である轟 烈火が剣聖、リーシャ・エーデルハイトルートに進む選択肢の一つじゃないか!?
間違ってもモブが聞いて良い話じゃないやつ!
「実は、貴方ならもう知っているんでしょうけど……藤堂 誠也先生は、その体を呪いに蝕まれていて……」
あー! あー! それ以上言っちゃだめぇぇぇっ!!
それは主人公である轟 烈火が聞いて、一緒に解決するお話なの!
俺が聞いちゃダメなやつなの!!
「先生は、私を庇って……その傷を負って……先生は、気にするなって、私のせいじゃないって言うけど……私はっ……って何してるの?」
「な、なんでもないれふ」
聞きたくないけど聞かないわけにもいかず、耳を塞ぎたいけど耳を塞ぐわけにもいかなかった俺は、その場にうずくまっていた。
だってこの話、俺だと解決できないんだよ。
この話の延長上で、藤堂 誠也先生の呪いが解けて、戦闘枠の追加NPC枠として仲間に加わってくれる。
その強さ、デスタムーアを一人で殺せるダークドレアムのごとし。
こちらが操作はできないけれど、勝手に戦ってくれる最強の味方である。
彼が仲間になってくれるルートはリーシャ・エーデルハイト限定ではあるものの、その破格の強さに笑うしかなかった。
だけどその分、それに至るまでの難易度も相当なもので、解呪する為の素材探しで出てくるボスが、出鱈目に強い。
リーシャ・エーデルハイトが仲間に居るからって事もあるのだろうけど……主人公である轟 烈火の強さと、リーシャ・エーデルハイトの強さでギリギリ勝てるのだ。
そこに何の戦闘力もない俺が加わった所で、負けるのは火を見るよりも明らかなのである。
「……その表情、榊君は知ってるのね? 解呪の方法を」
「っ!!」
「やっぱり! お願い、教えてほしい! 私に出来る事なら、なんでもするから!」
俺のポーカーフェイスの出来なさに情けなくなる。
両肩を正面から掴まれ、前後にゆさゆさと揺られる。
顔が近くて気絶しそうです助けて……
「おいおい落ち着けよ。どうした? 何があったんだ?」
「!!」
「……っ! 別に、貴方には関係ない事よ。榊君、この話はまた明日。それじゃ、ね」
救世主、じゃなくて主人公である轟が、俺とリーシャ・エーデルハイトの間に入ってくれた。
別の意味で心臓が飛び跳ねたけど、さっきよりはマシである。
大丈夫かな? 俺顔もう真っ赤じゃない?
「大丈夫か玲央? やべー奴に絡まれてんな。あいつ、かなり出来るぞ」
「当然ですよ烈火君。彼女の名はリーシャ・エーデルハイト。剣聖と呼ばれる、自他共に認める強者ですから」
「うげっ、あいつが剣聖なのかよ! ただもんじゃねぇとは思ったけどよ」
西園寺は藤堂 誠也とも繋がりがある為、当然リーシャ・エーデルハイトとも知り合いだ。
というか西園寺ルートでは敵ボスだしね……。
「どしたの? 何かあった?」
「玲央、また何かに巻き込まれたか?」
百目鬼や氷河も集まってきた。
主人公勢がまた勢ぞろい、俺の心臓が持つか本当に心配になってきた。
しかも、モブである俺の元に集まってきてくれるとか、どんなご褒美なの。
課金はどこでできますか? 生活費を除いた全てを注ぎ込んでも悔いはありません、しばらくもやし生活でも良いです。
「ち、ちょっとね。リーシャさんの個人的な話みたいだから、俺から話す事は出来ないんだ、ごめん」
「成程な。了解だぜ!」
「そうですか。けれど、困った事があれば相談してくださいね?」
「そうだよ! 友達なんだから!」
「フ……そうだな。力になれる事があれば協力しよう」
「皆……!」
ああ、あったかい……桃源郷はここにあった。場所は下駄箱なんだけど。
そうなんだよな……皆、俺が推す大好きな人達だ。
熱くて、優しくて、クールで、それでいて少しポンコツな所もあって。
そのどれもが、俺の大好きな皆で。
それをリアルで感じられる俺は、どれだけ幸せ者なのだろう。
それから、どうやって家に帰って来たのか記憶がない。
気が付いたら、家の玄関の前に立っていた。
あれ? 俺スキップしちゃった?
いやこれはゲームじゃないんだぞ、現実だ。
やばい、舞い上がりすぎて何を喋ったのかすら覚えていない。
ははは、やべーな俺。
とりあえず家に入ると、エプロン姿の拓が出迎えてくれた。
「お。お帰り兄貴。今日は俺が飯作るんだけどさ、なんかリクエストある?」
「ただいま拓。そうだなぁ、赤飯とか」
「え、なんで赤飯?」
「間違えた。ハンバーグが良いな」
「おっけ! 肉しばいてくるわ!」
そう言って台所へと戻る拓を見送る。
まだ中学生の拓は、すでに身長180センチを超えている。
巨体で威圧感すら感じる拓は、あれで裁縫家事なんでもござれの万能タイプだ。
我が家の嫁にしたい男ナンバーワンである。あ、夫か。
家族想いで手先も器用、まぁ勉強はクラスの平均くらいの点数を取ってくるけど。
俺の自慢の弟だ。
もう一人の自慢の妹は、今日は部活で遅くなるらしい。
うちは連絡を冷蔵庫に張り付けてある白板でメモ書きするようにしている。
こうすることで、朝の早い両親も見れるし、両親も何かあれば書いてくれるので意思疎通がしやすい。
朝見た時と変わっていない白板に目を通してから、部屋へと戻る。
未だに煩い心臓の音を聞きながら、今日あった事を思い出し、思わず笑みが零れるのを我慢出来なかった。
明日の能力測定で、俺の弱さは露呈する。
夢のような時間は終わりを迎えるだろう。
問題はリーシャさんだが……まぁ、俺の弱さを知れば見限るだろう。
こんな弱い奴に何かできるわけがないって誰でも思うはずだから。
少し悲しい気持ちになるけど、そこは自分がモブである事を忘れてはならない。
さて、もう一度、この夢のような一日を振り返って、想い出に浸るくらいはモブでも許されるよね……?
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2025年8月4日追記
※名前の変更
リーシャ・バレンタイン→リーシャ・エーデルハイト
詳しくは活動報告へ書かせて頂きましたので、気になる方はそちらでお願い致します。