37話.モブはペットを飼う事になった
油断はしてなかった。
いや、家に帰ったんだから、滅茶苦茶油断してましたね。
でも仕方ないじゃないか。家って一番リラックスする場所じゃない?
そんな場所で、自分の部屋に入ったら魔王が居るなんて誰が想像するんだよ!
いやね、最初は猫だったんですよ。
あれ? なんで猫が俺の部屋に? と思って近づいたらですね。
「捕まえたぞ榊 玲央」
「え?」
「『瞬間移動』」
「!?」
という風に場所を移動され、目の前には見るも美しい金髪碧眼の美女が立っている。
魔王のローブで見えなかった内側の姿は、綺麗な赤いドレスを纏っていた。
リーシャさんに勝るとも劣らないその美しさは、まるで絵画のようで。
「おい」
「!! は、はい」
「そう畏まるな。私はお前のお陰で理性が残っているのだ」
「俺の、お蔭……?」
一体、どういう事だろう?
「お前が"魔眼"に封じられし魔王のコアの分身体を倒したことで、私は不完全に蘇ったのだ」
「魔王の、コア……?」
「ああ。七つに分けられし私を魔王足らしめんとするコア。その一つを、お前が壊した。それによって私は、ギリギリ完全な魔王に成らなかった」
「???」
「フ……分からぬか。"魔眼"とは単なる力ではない。魔王の力の根源である死に至らしめる七つの特性……すなわち、傲慢・嫉妬・憤怒・怠惰・強欲・暴食・色欲である」
「!!」
それは俺でも聞いた事のある内容だ。
でも、そんな事はこのゲームでは聞いた事がない。
「私が取り戻した特性の一つ、嫉妬は猫の姿をとる事が可能でな。一度、お前とは出会っているのだぞ?」
「え……?」
「このバスタオル、人間に施しを受けたのは初めての経験だった」
「あ……!」
もしかして、あのランニングの時に居た猫!?
あれ、魔王だったの!?
「通常、"魔眼"の膨大な消費に耐えられるような人間はほとんど居ない。故に、魔力が尽きトラップが発動し、その者の器を取り込み我が肉体に吸収させ、力を定着させる。他の六つはすでに我が力となった」
「!! 俺を、殺しに……?」
「……。最初は、そのつもりだった。だが……お前は、この世界の人間ではないだろう?」
「!?」
「私は何度も何度もこの世界が繰り返している事を知っている。何度も死んだのだろう。その時の事は思い出せないが、力を取り戻すまでの意識は毎回あるからな」
「なっ……」
魔王が、この世界をゲームと認識してるって事か!?
ユーザーがクリアした数だけ、魔王がその時を繰り返しているのだとしたら……それはどんなに……!
「フ……やはりお前は優しいな。私の身の上を案じたか」
「!!」
「安心しろ、というのも変な言い方になるが。私は完全体になると理性を失うようでな。いつも、これくらいの時期で私はもう私ではなくなっていたんだ」
「!?」
「だが……今回は違った。お前が居た。繰り返す時の中で、今までお前のような者は居なかった。いや、同じ見た目の者は居た。だが、死んでいたはずだ」
「俺が、居た……?」
この世界に、俺という存在は元から居た……!?
なら俺は、榊 玲央という存在に乗り移ったって事、なのか!?
「勘違いするな。見た目が似ていたというだけだ。それはお前であってお前ではない。というより、お前ではないから、死んでいたはずだ。私はそれが気になった。だから、今回接触したのだ」
「……」
「そして、理解した。お前は私と同じように……神によってこの世界へと魂を移された存在だという事。私と、同じようにな」
「え……!?」
「私は神に与えられた役割をこなしていたに過ぎない。死を繰り返し、記憶だけが積み重なる拷問さ」
「……それに、綻びが生まれた……?」
「そうだ。初めてなんだ。私が私のまま、居られる事が。だから……榊 玲央」
「……はい」
「私は今回、何もしない。お前の好きなようにやってみろ。お前はこの世界の事を、知っているのだろう? そう、『ブレイブファンタジー』を」
「なっ!?」
魔王が、『ブレイブファンタジー』を知ってる……!?
だって、ゲームだぞ!?
俺が前世で生きていた世界の!
「私は魔王ではあるが、不完全だ。そして私に従う魔族達は一枚岩ではない。その証拠に、アインというホムンクルスには悪い事をした。私は全ての魔族が可愛い子だと思ってはいる。だが、中には言う事を聞かぬ者も居る」
「……」
「私が裁く事は出来ぬ。私に反旗を翻したならばまだしもな。故に……私は何もしない。榊 玲央。アインを、助けてやってくれるか」
「!! うん。アインはもう、俺の友達だから」
「フ……そうか。場所はアインから聞けば分かるだろうし……その区画はしばらく空けてやろう」
「!? 良いんですか? 俺達の、人間の手助けになりますけど……」
「構わん。私は元より人間の大陸などに興味はない。配下の者達が欲しがっているだけだ」
「なっ……」
でも、それで合点がいった。何故、魔王が言葉を話さなかったのか。
何故、魔法を連発するだけのある意味脳筋みたいな戦い方だったのか。
その全てが、繋がった気がする。
逆に言えば……今の魔王は、元の魔王より理性がある分強いんじゃないだろうか。
流石に魔力は劣るだろうけれど……。
「それにな、今日から私も時々この家に世話になるからな」
「え……?」
「咲、だったか? お前の部屋に入れてくれたぞ」
さーきぃぃぃぃぃっ!?
何故魔王を家に、もっと言うなら俺の部屋に入れたのぉぉぉ!?
あ、見た目猫だったからか!
「確か……」
『ふふ、おにいならこの可愛さを見たら間違いなく可愛がるはず。なし崩し的に家で飼えるかも♪ 拓はおにいが良いなら良いって子だし、お父さんにお母さんもおにいの言う事は基本的に反対しないし。うん、いける!』
「と言っておったぞ?」
さーきぃぃぃぃぃっ!!
お兄ちゃんそんなに動物に弱いわけじゃないからねっ!
「にゃん」
「なっ!?」
「にゃんにゃん」
「くっ……そんな、元が魔王だと知って、いる、のに……」
「にゃ!」
「ふぐぉぉぉぉぉっ!?」
立ってる俺の肩に乗ってくるだとぉぉぉっ!?
「にゃぁ~」
「ぁぁぁぁぁっ……耳元で囁いたらだめぇ……分かった、分かりました……飼います……」
「うむ! よろしく頼むぞ榊、いや玲央!」
肩から飛び降りた魔王は、また人型に戻った。
うう、可愛い黒猫の姿で誘惑するなんてずるい……。
「ちなみに、なんて呼べば良いんです……?」
ニグルメウム・メルギトス・マカロン。それが魔王の名前だ。
流石に魔王をマカロンという可愛い名前で呼ぶには……
「マカロンでよいぞ」
「え……」
「マカロンでよいぞ」
「……良いんです? 猫、ですよ?」
「よいと言っておる。どうせマカロンと呼ぶ者も居なくなって久しい。人間はみなニグルメウムとしか呼ばぬであろう」
あ、うん。この世界では一般的にニグルメウムと呼ばれていて、フルネームはほとんど知られていない。
藤堂先生クラスなら知ってるかもしれないってレベルだ。
だから皆、男だと連想している。
こんな美女だなんて解釈不一致である。
いやマカロン的には合ってるんだけど。
「えっと……普段どうするつもりなんです?」
「玲央がヴァルハラに行っておる間は魔王城に居る。お主が帰ってきたら、猫でおる」
「……」
それで良いのか魔王。
「えっと……別の姿に成って、ヴァルハラに転入とかは? それなら一緒に居れますけど……」
いや何を言ってるんだ俺は。魔王だぞ?
ヴァルハラって天敵じゃないか、お互いに。
「ふむ……それも面白そうではあるな。考慮しておこう」
考慮されてしまった。
大丈夫なのかこれ。
というか、西園寺さんのストーリーをこの魔王は知っているのだろうか?
「どうした?」
「あ、いや……」
それも、今話す事ではないか。
「それじゃ……戻してもらえます?」
「うむ、それはよいが……その敬語を止めよ玲央。お主は私のご主人様なのだぞ」
「ごしゅっ!? な、なんで!?」
「ペットを飼うのだぞ? ペットは主をご主人様と呼ぶのだろう?」
「……魔王さん、人間の世界の薄い本、読みましたね?」
「マカロンだご主人様」
「……はぁ、分かったよマカロン。どうしてこうなった……」
「ふはは! 面白くなってきたであろう!」
「それはマカロンだけだからっ!!」
こうして、何故かうちに魔王が住む事になった、ペットとして。
いや言葉にしても意味が分からない。
本当に訳が分からないのだけど。
こんなの誰にも話せないじゃないか……。
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