第9話:魂の価値と、死神の選択
「質問だ、桐谷真一」
その声は、真一が魂回収を終え、ほっと一息ついた直後に聞こえた。
振り返ると、そこにいたのは——ギルバート。
死神管理局・査察課所属。氷のような目を持つ査察官だった。
「先ほど回収した対象、バルタ・ラグネイル。
君は“彼を死なせるに値する存在”と判断した。それはなぜだ?」
その問いは、単なる報告義務ではなかった。
問いかけというより、試すような口調。
答えによっては“存在ごと切り捨てる”気すら感じさせた。
「……理由か」
真一は静かに鎌を収めながら、ゆっくり言葉を選ぶ。
「バルタは、罪を重ねてた。裏仕事で何人もの命を奪った。
でも……彼は、自分の“終わり”を受け入れてた。誰よりも、覚悟があった」
「覚悟で生死を決めるのか?」
「いいや。俺が見たのは……“生き切った”って顔だった」
ギルバートは、無表情のまま沈黙する。
「俺たち死神は、死の予定表を持ってる。
でも、その“中身”まで決めてるわけじゃない。
何を感じて死ぬか、どんな顔で死ぬか……それは、“本人次第”だ」
「……理屈にすぎん」
ギルバートは吐き捨てるように言った。
「死神の職務は、“個の感情”で成り立たせるものではない。死は秩序の一部。感傷を持ち込めば、均衡が崩れる」
「そりゃあんたら上層の理屈だろ」
真一は、にやりと笑って続ける。
「でもな、“現場”に立ってると……わかることもあるんだよ」
「……」
「俺は、死を“選ぶ”ためにここに来た。
いや、そう思えるようになったんだ。
死にたくなかったから、死にかけの俺を“死神”にしたんだろ? だったら、今度は——俺が誰かの代わりに死を選ぶ」
ギルバートは黙ったまま、しばらく真一を見つめていた。
そして、やがて一言。
「……言うようになったな、“社畜死神”」
皮肉にも聞こえるその言葉に、真一は肩をすくめた。
「言葉だけじゃねえ。行動も見てろよ、“査察官”」
* * *
その夜、リリスとエルナは、廃屋の部屋で静かに話していた。
リリスは、窓辺で月を眺めながらつぶやいた。
「……彼、変わったわよね。最初は“働きたくない”ってずっと言ってたのに」
「今は……“選びたい”って言ってます」
エルナが、柔らかく微笑む。
「でも、死を選ぶって……すごく重いことです。
だから私は、死神様のそばにいます。どんな答えを選んでも、彼が“一人で背負わないように”」
リリスは、少しだけ黙り込んだ。
その目には、どこか複雑な光が宿っていた。
「……私は、あの子に“選ばせたくなかった”のかもしれないわ」
「え?」
「本当は……何も考えず、逃げててくれたらって……思ってたのかもね」
エルナが少し驚いた顔でリリスを見つめる。
けれど、すぐにその視線を逸らすように、リリスは背を向けた。
「……まあ、もう遅いけどね。
今の彼には、もう“背中”がある。誰よりも死に近くて、でも……誰よりも生を見てる人間の背中が」
その言葉は、月明かりに溶けて、夜に滲んでいった。
(第9話・完)
「読んでくださって……ありがとうございます。
死神様って、すごく優しい人なんです。だから……応援してあげてほしくて。
よかったら、ブクマや評価、感想など残していただけると……彼も、きっと元気になります」




