第6話:魂回収と、見えない罪
この人……いい人、なんじゃないですか?」
エルナが小さくつぶやいた。
今日の回収対象——ルドヴィク・ヴァレンという男は、王都の中央広場で子供たちにパンを配り、老人には杖を手渡していた。
真一の死の視界にも、彼の輪郭はほんのりと赤く染まってはいたが、緊迫感は感じられない。
「……なあ、リリス。本当にこいつ、“回収対象”なのか?」
真一が問うと、リリスはホログラムを操作しながら頷いた。
「ええ。死期は今日。回収リストにはっきりと登録されてます」
「理由は?」
「“死因:不明”とだけ……あとは“補足:周囲に与える負荷高”と」
「周囲に与える……?」
意味がわからない。彼は善人にしか見えない。
スラムの少年たちが彼の周りで笑っている。お礼を言う老婆。敬礼する衛兵。
それでも、リストは彼を“死すべき対象”と記している。
* * *
「調べてみました」
エルナが手帳を広げ、記録を見せた。
「この人、公的には“孤児救済財団の理事”なんです。でも……資金の出所が不明。王都の経済監査局にも情報がなくて、動きがおかしいって噂もあります」
「つまり……?」
「表向きは聖人。でも、裏では……何かを“隠してる”可能性が高いです」
そのときだった。
一人の少年が、ルドヴィクの元に駆け寄った。
嬉しそうに何かを報告する。男は微笑みながら、頭を撫でてやった。
そして、その手のひらに——金貨を忍ばせていた。
真一の目が鋭くなる。
「“子供に金を渡して情報を運ばせてる”……密偵か?」
「ありえます。しかも、それが“合法ではない情報”なら……」
「……なら、裏で何かやってるのは確実か」
善人の顔をしながら、他人を使って動かす。
それを知らなければ、真一は“彼を回収する意味”を見失っていたかもしれない。
* * *
夕暮れ。広場に影が伸びる頃、ルドヴィクは人通りの少ない路地に入った。
真一は不可視化を起動し、その後を追う。
路地の奥には、鉄の扉があり、その前に重装兵が立っていた。ルドヴィクが短く合図を送ると、兵は無言で通す。
扉の先——そこは、地下倉庫だった。
棚にずらりと並ぶ薬品の瓶。
乾いた血痕。麻袋。床に落ちた人骨の破片。
そして、ケージの奥に——少年たちがいた。
目隠しをされ、口を縛られ、恐怖に震えている。
「……クソが」
真一は呟いた。
その言葉には、怒りと吐き気と、自分への悔しさが混ざっていた。
表向きの善人に、疑問を持てなかった自分。
ここまで“正しさ”の仮面を見抜けなかった自分。
手の中に鎌が現れる。
躊躇は、もうない。
「お前は“死ぬべき人間”だ」
その背後に立ち、静かに斬った。
ルドヴィクは振り返る間もなく、崩れ落ちた。
魂は、静かに、鎌の中へ吸い込まれていった。
* * *
外に出ると、リリスとエルナが待っていた。
真一の顔を見るなり、エルナがそっと問いかける。
「……どう、でしたか」
「……やっぱり、死神の仕事ってのは、感情じゃできねえな」
そう言って、彼は無言で歩き出した。
リリスがふと、彼に歩調を合わせて並ぶ。
「あなた、迷ってましたね。回収するか、しないか」
「……そりゃ、迷うだろ。人の命を扱うんだ」
「でも、最後には“覚悟”を決めた。私は、それがいいと思いましたよ」
いつもの軽口とは違う、静かな口調だった。
彼女の横顔に、真一はわずかに視線を向ける。
リリスの瞳が、今だけは“監視者”じゃなく、“人”に見えた。
そして、端末の通知が鳴る。
《魂回収数:2/100》
まだまだ道のりは長い。
けれど、その歩みは確かに進んでいる。
(第6話・完)
「今回も読んでいただけて嬉しいです。
……あの、お願いがあるんです。死神様に“貢献しない読者は削除対象”って言われて……
え? 冗談だって? ……ふふ。たぶん、冗談ですよ? ブクマと評価、お願いしますね」




