表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/34

第3話:回収リストと、没落令嬢エルナ

 街のざわめきが、真一の鼓膜をくすぐった。


 異世界という響きは、どこかロマンチックに聞こえるものだ。だが、実際にその“異世界”に立ってみると、それはあまりに生々しい現実だった。


 空は鈍く曇り、石畳の道には雨水が染み込み、屋台の男たちが口汚く客を呼び止める。人々の服は擦り切れ、子どもたちの目は、ひどく大人びていた。


「ようこそ、“アステラ王国首都オルディア”。中規模文明圏・G-2。戦災・飢饉・魔獣流入の影響で、死亡率が平均8.6%を超えております♪」


 横を歩くリリスが、観光ガイドのような口調でそんなことを言った。


「いや、“ようこそ”じゃねえよ……」


「今回のターゲットは、この都市に住む三名。中でも最優先対象が——」


 彼女の指が、空中に浮かぶ光のパネルをタップした。真一の目の前に、3つのシルエットが表示される。名前、年齢、死期、回収優先度。


 その中の一つに、目を奪われた。


 


 《エルナ・ヴァレンティア/16歳/死期:本日中/優先度:高》


「……16歳?」


「元・貴族令嬢です。政争で父が処刑され、家は取り潰し。今は身分証もなく、スラムの片隅に潜伏中」


「……そんな子が、“死ぬ予定”なのかよ」


「はい。路地裏で餓死。あるいは売られる途中で心臓発作。複数の可能性がありますが、結果は同じです。今夜が死期ですね」


 リリスはそれを、まるで天気予報を告げるように淡々と言った。


 真一は唇をかみ、無言で地図のマーカーを見つめた。視界の片隅に、“赤い輪郭”が浮かんでいる。死が近い者に現れる印。


 


* * *


 


 地図に示された地点は、王都の中でもとりわけ陰鬱なスラム街だった。


 壊れかけの木造住宅が密集し、下水の匂いが鼻を突く。生きる気力を削がれるような空間。そんな中で、真一は彼女を見つけた。


 エルナ。


 ブロンドの髪は汚れて灰色になり、ドレスの裾は泥にまみれている。だが、その佇まいには、どこか気品の名残があった。彼女は誰にも気づかれないように、ひっそりと壁にもたれて座っていた。


 そして、まるで“自分の死を知っている”かのように、空を見上げていた。


 


「——死神さん、ですか?」


 


 真一の足が止まった。彼女の視線が、まっすぐこちらを見ていた。


「え?」


「あなた、きっとそうですよね。そういう目をしてますもの」


「…………」


 言葉が出なかった。死の視界で視る彼女の輪郭は、真っ赤に染まっていた。あと数時間。たぶん、何もしなければ本当に死ぬ。


 エルナは、どこか諦めたように笑った。


「もう、いいんです。父が処刑されたときから、私は“終わった存在”でした。誰も助けてくれなかった。なら……今度はちゃんと、最期を見届けてくれる人が来てくれた。それだけで十分です」


「……ふざけんなよ」


 真一は、思わず口にしていた。


 何が“十分”だ。何が“終わった”だ。そんな理屈で、命を諦めるなんて。


「お前、まだ生きてるじゃねえか。なら——死なせねぇよ」


 背中に背負っていた鎌が、かすかに震えた。死神としての本能が、“回収”を促してくる。


 だが、真一はその声を無視した。


「リリス。鎌、しまう方法、教えろ」


「え? えぇ……? しまう……って?」


「回収しない。こいつは、俺が助ける」


 リリスがきょとんと目を丸くする。次の瞬間、彼女はふっと微笑んだ。


「……あら。それ、“退職フラグ”ですよ?」


「上等だ」


 真一は、エルナの前にしゃがみ込み、手を差し伸べた。


「なぁ、お嬢さん。もしよかったら——“死神補助員”として、俺に協力してくれないか?」


「……え?」


「俺、働きたくないんだ。でも、ノルマはある。だから頭を使う。お前みたいな頭の良さそうなやつ、俺には必要だ」


「……あなた、変な人ですね」


 エルナが、小さく笑った。だがそれは、さっきの諦めの笑みとは違った。確かに“生きている者”の、それだった。


「わかりました。あなたに従います、死神様」


「やめろ、その呼び方はやめろ。俺は……社畜上がりの、半端な死神だ」


 


* * *


 


 その夜、真一は初めて“魂回収”を拒否した死神となった。


 鎌は眠り、代わりに、一人の少女が彼の背中に立つ。


 死の輪郭は、まだ赤いまま。


 けれど彼は、きっとその色を変えることができると信じていた。


 


(第3話・完)


「あの……読んでくださって、ありがとうございました。

死神様は口は悪いですけど、根は優しいんです。だから、もしよかったら……

ブクマや評価、感想なんていただけたら……きっと、あの人、喜びます……ふふっ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ