第21話:生きる意味を問う者
午前十一時。
真一たちは、王都の高層居住区にある屋上に立っていた。
風が強く、遠くには街の喧騒が小さく響いている。
リリスが、腕の端末に表示されたデータを読み上げた。
「回収対象、カイ・レストレイド。十七歳。
今朝、学校を無断欠席。
予定回収時刻は——十二時、正午」
その名を聞いた瞬間、真一は息を呑んだ。
目の前のフェンスにもたれかかるように、少年が立っていた。
制服の上着を脱ぎ、ぼんやりと空を見上げている。
「……本当に、ここで死ぬつもりかよ……」
リリスは静かに言った。
「“魂の波長”は落ち着いている。混乱や衝動ではないわ。
彼は、自分で“死”を選ぼうとしている」
「そんなの、選んでいいもんじゃねえよ……」
「でも、制度はそれを“確定死”と判断してる」
魂の回収制度には、例外がある。
“意志ある死”に至る者は、生きていても“対象”として認定されることがある。
つまり今、目の前にいる彼は「生者」でありながら「回収対象」だった。
* * *
「行くよ」
真一はリリスとエルナの制止を振り切り、少年に近づいた。
「よう、風、強いな」
少年——カイは驚いた顔を見せたが、すぐに目をそらした。
「……何の用だよ」
真一は隣に並んでフェンスにもたれた。
「暇つぶしだよ。下、めっちゃちっちゃいな」
「……」
「お前さ、死にたいの?」
「……うるさい」
けれど、その声には棘がなかった。
「……別に、もういいかなって思ってるだけ」
「どうして?」
「……誰にも必要とされてない。
親もいない、友達もいない。
学校でも浮いてる。
こんな俺、生きてたって仕方ないだろ」
真一は、しばらく黙って空を見た。
そして、静かに言った。
「俺さ、死神なんだ」
「は?」
「お前の魂、今日回収する予定になってる。
十二時ちょうどに、“死”が確定してる」
「…………」
カイの目が、わずかに揺れた。
「そうか……やっぱり、そうなるんだな。
やっと、終われる」
「いや」
真一ははっきりと言った。
「お前、本当は“終わりたくない”んじゃねぇか?」
「……違う」
「ほんとにそうか?
だって、お前——“飛ぶ”前に、空を見上げてた。
それって、名残惜しいってことじゃねえのか?」
カイは、答えられなかった。
何かが喉に引っかかっているように、声が出なかった。
* * *
少し離れた場所で、リリスとエルナが会話していた。
「……彼、揺れてるわね」
「真一さんの言葉、ちゃんと届いてる……気がする」
リリスはホログラムを操作し、魂記録を展開した。
「……見て、これ」
浮かび上がったのは、“未来の魂交差痕”。
それは、カイが生きていた未来に、誰かを救う“可能性”を持っていた痕跡。
「この子……将来、“誰かの命を救う医者”になってたかもしれない。
でも、制度はそれを“未確定”と判断して、無視してる」
「……そんなの、あんまりだよ」
* * *
真一は、静かにフェンスから離れ、カイに向き直った。
「お前に一つだけ、言いたいことがある」
カイが、ゆっくり顔を上げた。
「死にたいなら、それでもいい。
でも——“生きたくなる日が来るかもしれない”ってこと、忘れんな」
それは、どこかで真一自身がかつて聞きたかった言葉だった。
「今日、ここで終わったら、全部消える。
でも——あと一日でも生きれば、何か変わるかもしれねぇだろ」
風が止んだ。
カイの頬を、一筋の涙が伝った。
「……わかんねぇよ。
それでも、生きてていいのか……?」
「いいさ。お前の命なんだ。お前が決めていい」
カイはしばらく俯いたまま——
そして、フェンスから一歩、後ろへ下がった。
「……ありがとう」
その言葉に、真一は小さく笑った。
そして、ホログラムが静かに更新される。
《魂回収対象:状態変更/回収中止》
「回収、回避成功」
リリスが淡々と呟いた。
その口元には、ほんの少しだけ、笑みがあった。
(第21話・完)
「魂を刈るのが仕事。でも、誰かが“踏みとどまる”瞬間を見るのも——
きっと、大切な仕事の一つなのかもしれないわね。
生きてるあなたの声も、ちゃんと届いてる。
感想や評価、今日もそっと受け取るわ」




