第2話:死神の力と、100件のノルマ
世界が白く包まれていた。いや、“この場所”に色という概念があるのかもわからない。ただ、意識を取り戻した瞬間に感じたのは、自分の身体が自分のものではないような、そんな不快な浮遊感だった。
「……夢、じゃねえのか……?」
桐谷真一はぼやき、額に手を当てた。視界の端で、ふわりと黒い影が舞う。
例の銀髪ゴスロリ少女——リリスが、いつの間にか目の前にいた。
「おはようございます、桐谷さん。ご無事で何よりです! 記憶混濁もなさそうですね。では、早速オリエンテーションの続きへ!」
「……お前、何なんだよ……」
「ですから、死神管理局所属、魂回収部門“第三観測区・地上実働班”の、リリスと申します!」
眩しい笑顔。まるで企業説明会の受付嬢のような口ぶりだが、言ってる内容はとんでもない。
「あなたのような“瀕死者”には、特別に死神候補としての資格が与えられます。管理局は人手不足でして……まあ、俗にいう“スカウト”です!」
「勝手にスカウトすんな。こっちは過労死しそうなだけで、死ぬ気なかったんだぞ!」
「でも、心臓停止まで残り30秒でしたし……まぁ、意思より先に身体が限界だったんですよ?」
あっけらかんと言ってのける彼女に、真一は何も言い返せなかった。何より、あの瞬間、駅の階段から落ちかけていた記憶ははっきりある。あのままいけば、本当に“死んでいた”のだろう。
「じゃあ俺は……助かったのか? お前らに拾われて」
「いえ、助かってません。死神として再構成されたので、もはや“元の世界には戻れません”!」
さらりと、とんでもない事実が告げられる。
真一は思わずしゃがみ込み、頭を抱えた。疲労の果てにようやく抜け出したと思ったブラック企業生活。その先に待っていたのが、今度は異世界で“死神”としてノルマ付きの仕事……。
「俺、いつになったら休めるんだよ……」
「きっと、永遠に……ですね♪」
即答するな。
* * *
「では、あなたに付与された能力の説明を行いますね!」
空中にホログラムのような光のパネルが浮かび、リリスの指先がそれを操作していく。真一は魂が抜けたような表情のまま、無意識に話を聞いていた。
「まず一つ目、《死の視界》。対象の“死期”が視えます。近い順に赤く、遠い者は青く視えます」
「おいおい、まさか人混みの中で“赤”だらけになるとか……?」
「ええ、都市部では大体そうですね。だいたい人間って、いつでも死にそうなんですよ」
その軽さにゾッとする。
「二つ目、《不可視化》。自分の存在を空間から切り離し、一時的に誰にも感知されなくなります」
「それ、スパイ映画とかで使うやつじゃん……」
「はい、悪用厳禁です。まあ、使いますけど♪」
「お前ら死神だろうが……」
「最後に、《時間停止》。ただし一度に止められるのは“最大5秒間”まで。空間全体に効果が及びますが、連続使用には冷却時間が必要です」
なるほど、と真一は思う。これらの能力があれば、たしかに魂を回収するには便利だ。というか、便利すぎる。
「回収って……どうやってやるんだよ?」
「こちらの鎌をどうぞ!」
リリスが差し出したのは、黒銀に輝く、意外とスタイリッシュなデザインの鎌だった。刃は半透明に光り、持ち手には小さなボタンのようなものが付いている。
「相手の背後に立ち、死の瞬間に合わせてこの鎌で“魂の紐”を切るだけ。慣れれば簡単です♪」
「……それが仕事、ね」
「はい。では、次に“ノルマ”のご説明に移ります」
* * *
ホログラムに、冷たく表示される文字列。
《月間魂回収件数:100件/未達成時:存在抹消》
「……ちょっと待て。100件? ひと月で?」
「正確には“30日間換算”ですので、1日平均3.3件ですね!」
そういう問題じゃない。
「ちょっと多すぎじゃねえか!? そんなに人、死ぬのかよ!?」
「はい。死にます。地上は戦乱、疫病、魔獣災害などで死に放題です」
「世界どうなってんだよ……」
「ちなみにノルマ未達は“削除対象”になります。報酬もありません。魂回収には歩合制ボーナスがあり、働けば働くほど、消えません!」
最後の言い方が怖すぎる。
真一は、鎌を持つ手を見つめた。これが俺の、今後の人生——いや、死後の“職業道具”だというのか。
「はぁ……冗談だろ……」
「冗談だと思ってもいいですけど、あと28分で最初の回収リストが届きますよ?」
「リスト!?」
真一は思わず声を上げた。
「はい♪ あなたの初任務です。3件、確定しています。場所は“アステラ王国首都”、詳細は転送後に提示されます」
「勝手に決まってんのかよ……!」
思わず声を荒げた真一を、リリスがきょとんと見つめる。
「なにを今さら。あなた、もう死んでるんですよ?」
「…………」
「ちなみに、死神になって初回リストでビビって逃げた者は、過去に六千人います」
「……何人が残ってんだ?」
「二人です!」
「……絶望かよ」
そして、真一の視界に、小さなウィンドウが浮かび上がった。
《魂回収対象:3名/転送開始まで:00:27:53》
タイマーは、容赦なく進み続けていた。
(第2話・完)
「いや、ほんと聞いてくれ。ノルマ100件とかふざけてんだろ。
こっちは死にかけ社畜からようやく脱出したのに、また労働地獄かよ……。
ブクマとか評価とか、してくれるよな? な? それがあると、まだ生きてる気がするんだよ……」