第10話:死神制度と、魂の再評価
廃屋の一角。
小さな魔法端末のホログラムが、静かに光を放っていた。
《魂回収数:3/100》
数字は、少しずつだが確実に増えている。
だがその進捗とは裏腹に、真一の胸の内は、晴れないままだった。
「なあ、リリス。ちょっと、いいか?」
「なに? ノルマから逃げたい病、再発?」
「……いや、マジな話」
リリスが振り返る。その瞳には、わずかに真剣味が混ざっていた。
「最近の回収対象……明らかに、“死を望んでない奴”も混ざってる気がする。
それって、おかしくないか?」
「……それは、否定できないわね」
予想以上にあっさり返ってきたその言葉に、真一は驚いた。
「認めんのかよ」
「死神の回収リストは“世界の均衡”に基づいてる。
でも……均衡って、誰が決めてるのか。正直、私にもわからないわ」
「え?」
「言っちゃえば、“世界”って、結構テキトーなのよ」
その言葉は、真一にとって衝撃だった。
あれだけ冷徹に動いていたシステム。
あのギルバートですら、“ルールの代弁者”として機能していた。
だというのに——その根幹が“テキトー”?
「たとえばさ」
リリスが指を鳴らすと、空中にリストが浮かび上がる。
《回収候補・参考対象一覧(抜粋)》
- 5歳:重病児。現在療養中。死亡確率97%
- 28歳:革命活動家。政変リスク大。死因:事故(予定)
- 64歳:無職。魂活性低下。死因:自然死
「この中で、誰を“優先的に回収すべき”だと思う?」
「は?」
「正解は……“どれも正解じゃない”」
リリスは肩をすくめる。
「死神リストは、“管理局が提案する最適解”。
でも、それが“正義”とは限らない」
「……ってことは、“誰を回収するか”は、最終的に俺が決めていいってことか?」
「建前上は“判断を委ねている”わ。でも、上は“それも記録して監視してる”。
あなたの“選び方”次第で、今後の扱いが変わるの」
つまり、“自由”に見せかけた“選別”。
選んだ相手、選ばなかった理由——そのすべてが査察の材料になっている。
「じゃあ……」
真一は、リストの中の“革命活動家”に視線を向けた。
「この28歳っての、仮に“回収しなければ政変が起きて世界が混乱する”とか、そういう可能性もあるってことか」
「うん。逆に言えば、“回収したら世界が安定する”可能性も」
「……俺、なんかすごくヤバい立場にいる気がしてきた」
リリスは微笑む。
「ようやく気づいた? 死神って、“魂の管理人”じゃなくて、“未来の選定者”なのよ」
* * *
その夜、真一は一人、広場の高台に立っていた。
夜風が冷たい。けれど、それが思考をクリアにしてくれる。
死神という職業に、こんなに重たい責任があるなんて思ってもみなかった。
——誰かが死ぬことで、誰かが生きる。
——逆に、誰かを生かすことで、何かが壊れる。
ただの社畜だった自分が、そんな選択をしていいのか。
「でも、選ぶしかないんだよな……」
エルナの言葉が、ふと脳裏をよぎる。
『私は、死神様が“迷いながら選んでる”ところが好きです』
あいつ、ああ見えて……わかってるのかもしれない。
この世界のルールが、どれだけ理不尽か。
「……リリス」
戻ってきた部屋で、彼女に問いかける。
「お前、今までどれくらいの魂、回収してきた?」
「……覚えてない。たぶん、もう千とかは超えてると思う」
「じゃあ、その中で“今も覚えてる魂”ってあるか?」
リリスは一瞬だけ目を伏せた。
そして、小さく頷く。
「ひとつだけ。……今も、夢に見る」
「そっか」
「けど、それを思い出すたびに思うの。
——今度こそ、“後悔しない回収”をしたいって」
その言葉が、真一の中に強く残った。
自分の選択が、誰かの未来を変える。
それを受け止める覚悟があるか。
問い続けながら、彼は今日も、魂を選びにいく。
(第10話・完)
「ふふ、珍しく真面目な回だったわね。
……でも真一って、悩むくせにちゃんと進むから、見てて悪くないのよね。
さて、感想とブクマと評価くらいは回収しとこうかしら。拒否? ……あら、削除対象になるわよ?」




