その7
夏ホラーの投稿も無事に終わり、サーバーも復旧したため、ホッとしながら、私は他の先生方の作品を読み漁った。
どれもこれも素晴らしく、勉強になる。せっせと感想を入れ、勉強に励んだ。
感想を書くのは勉強になる。
しかし、私の作品はあまり読者数も伸びず、感想も入らなかった。
私の作品、小太りじいさんはどんな作品かというと、ある日、体の中の細胞たちが、なんらかの理由で化学変化を起こし、どんどん栄養を吸収し、大きくなって健康になろうとするお話だ。この恐ろしい病気に感染すると、ぷくぷくと小太りになってゆくのである。
ついには地球上に現在の標準体型の人間がいなくなるほど爆発的に流行するのだ。
そして全ての人が均一に小太りになっていくという恐ろしくワールドワイドなお話だ。
最終的には人類全員が健康なのだが、小太りからは抜け出せないという皮肉なお話にしあげた。
自身にとってはまあまあ怖い話に出来上がったし、ウィルスを持ってくるところがなかなか小賢しい感じがして気に入っている。
じいさんに限定したのは、小太りになってくると、男も女も見分けがつかなくなり、一律おっさんに見えてくるからそうした。うちのお袋も最近は女なのかおじさんなのかわからない時がある。
私の妻も、もう間もなくおばさんを通り越しておじさんにるのではないかと思うと恐怖である。
しかし、夏ホラーの作品群は素晴らしく、ここに参加させて頂いているだけでももったいない。ああ、思い切って参加してみてよかった。
二日も過ぎると、私の作品にも感想が入り始めた。
「こんにちは、拝読させて頂きました。これは、素晴らしいホラーコメディですね。もうお腹を抱えて笑い、腹がよじれました。真夏の暑気払いに違う意味で最高です。こんなホラーもあるんですね、ありがとうございました」
……うーん。
うれしいがこれはなんだか違う意味で複雑だ。
しかし、この最初の感想のあと堰を切ったように感想がなだれ込んで来た。
「この作品、本当に笑いました。特に細胞同士がお互いに栄養を分け与えようと必死になり、過剰に摂取したがために主人公の血糖値が上昇していくところなど、違う意味で手に汗を握りました。最後は糖尿病のために細胞が壊死していくのですが物悲しい中にこみ上げるおかしさに悶絶しました。主人公が最後に「和三盆……」と呟きながら息絶えていくところはとても複雑でした。不謹慎ですが笑ってしまうのです。ありがとうございました」
うーん、私の意図とする“せつない感じの恐怖”はもはや全く伝わっていないようだ。
己の筆力の無さに肩を落とす。
やがて、投票が開始される。様々な部門に分かれ、読者投票が始まったのだ。
私にはそのような華やかな場所は無関係なので、せっせと読書に励んでいた。
何せ、100編もホラーがあると頭が混乱してくる。何が怖いのかすらわからなくなっている自分が怖い。
「全員が小太りになってしまうなんて……もう怖すぎて考えたくもありません。体重が500グラム増えても彼氏に捨てられるんじゃないかってびくびくしている私には、夜も眠れないほどの恐怖です!!」
なんともしがたい感想である。大体こういう人に限って痩せているのに、強迫観念にとらわれて自分は太っているなどとたわけたことを言う。
しかし妻のように太っているのに痩せていると思い込み、まだ大丈夫と言っているのもどうかと思う。いずれにせよ少し肉があるくらいでいいのだ。
まったく違う論点で感想の返信をしてしまい、後悔する。
夏ホラーのサイトは空前のお祭りムードに沸いていたが、徐々に私の作品についての議論がたかまってきた。
「あれは、ホラーなのか? コメディとなり、エントリーの失格ではないのか?」
「いや、いろいろな意味で怖い。あれを投稿している行為自体がホラーだ」
「むう、しかし、あの作者は超短編で話題をさらった奴だぞ。これだって何かの夜明け前の作品かもしれん」
なんだそれは? 全く意味がわからない。チキンハートの私は静観しているほか手立てはない。しかし、話題にのぼるたびにビクビクし、もうやめてくれぇと思ってしまう。
何気にドキドキハラハラの日々を過ごしていた。
やがて作品への人気投票が始まり、なんと私の作品が「ホラーコメディ賞」にノミネートされている!!
しかも投票し、ご丁寧にもコメントまで下さっている方々がいるではないか。
嬉しくて夜も眠れず、昼寝ばかりして妻に怒られた。
真夜中にエアコンをこっそりガンガンにして、タオルケットにくるまりながらパソコンに向かっているところをみつかり、背後からドロップキックをくらったおかげで首が痛い。
そして賞の決定ももうまもなくというころ、おそるおそるサイトを覗くと……な、なんと、ホラーコメディ賞の部門で、私の作品が一位二位を争い、デットヒートを繰り広げている!
はわわ、もういてもたってもいられず、その場駆け足をしてしまった。
「うふふ、うふふ」
振り向くとモモコと大樹も参戦している。
「ガンガレ! お父ちゃん!」
もう、応援はいいから寝なさいね。プールの後は腹が冷えるから腹巻をしろ。日焼けの皮を剥いて、そこらへんに捨てるのはやめなさい、汚いから。
あたりにパラパラこぼれている薄皮を拾い集めては捨て、二人をチッコに連れて行く。
結果発表の前の晩、私の作品はついに一位になっていた。ひやああ! なんたる!
しかし、またもやここで私の作品が物議をかもす。
「あれは、ホラーじゃないよ」
「いや、ホラーコメディ賞にぴったりだ」
「文章作法が無さ過ぎる!」
「いや、斬新なストーリーを尊重しよう」
「そうやな。そうかもしれん」
「わだくすにも、異論はねえっす」
「アナタハカミヲ、シンジマスカ?」
もはや国籍すらわからないほど熱い議論が展開されていた。なぜ、私の意図するところとちがい、私の名前は晒されてしまうのか。
自分の力量など痛いほど知っている。なのでひそかに、謙虚に目立たぬようにしようとすればするほど話題にのぼるのはなぜなのだろう。
「いんじゃねえか?」
「いんじゃね?」
議論もおさまりつつあり、どうやら私の受賞がほぼ決まりかけたようだ。
こうなってくると目から汁が出そうになる。
「あれえ? お父ちゃん、泣いてるの?」
大樹が伸びかけの私のもみ上げをひっぱる。いてえ、イテテ。
「泣いてるのは、大樹がひっぱるからだよ。さ、やめなさい」
ニコニコしながら見つめる大樹に、今の嬉しさを伝えようとしたが、相手は四歳児であることを思い出し、やめた。
サイトを確認すると最後に「お前ら、落ち着けええ!!」という書き込みがあったが私は自分の受賞を確信し、電源を切って大樹と寝室へ向かう。
その晩はやはり眠れなかったので、ひさしぶりにベランダにたらいを出して行水をした。
小説ばかになろうに登録してから、こんな日がくるとは思わずにいた。
翌日の晩、私は張り切って行水で体を清め、パソコンに向かい、正座した。
サイトを開いてみる。各賞の名前をクリックすると、発表されるしくみになっていた。
ドキドキドキドキ。まずはこの辺をクリック。
エロティック賞、弥招 栄先生「夜香毒花」。
おお~、すばらしい! 自分の事のように嬉しいではないか。
HANAKO賞、風海都南子先生の「ばかの顔」。エロには入っていなかった。
ホラー大賞はなんと、マスターカトラス先生の「ネクロマンテック・マザー」が受賞されている!! スゴイ!
おおう! 知っている先生方の入賞は私にとっても嬉しいものだった。
ああ、ホラーコメディ賞……見るのも怖いが、見ないわけにもいかない。震える指でクリックする。
ホラーコメディ賞、萩本欽二先生「欽ちゃんの、ドーンと殺ってみよう!」。
ええ~!! ふっる~!! いやそんなことではない。なぜ、なぜだあああ!
私はがっくりと肩を落し、掲示板の昨日の続きを確認することを思いついた。
心臓をドキドキさせながら画面をスクロールする。
「お前ら落ち着けええ!!」
「よく見ろ、この話は“こぶとりじいさん”だろうがあ!」
「…………」
私の作品は、ファンフィクションと認定され、選外になっていた。
チャモ先生から「哀悼の意」というタイトルでメッセを頂いた。「遺憾である」と結ばれている。
ひっくり返った。
こうして私の夏ホラーは蝉の抜け殻の如く、カサカサな感じで幕を閉じたのである。