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その6


 私は今、パソコンの前で正座して、その時を待っている。

 戦闘機ならぬ扇風機の風に身を委ね、風を最強にしているため、髪の毛が逆立っている。


 最近、私の作品に初めての感想が寄せられた。私の初投稿の150文字の作品はさすがに削除したのだが、数作品掲載している。

 しかしそのどれもが短編で、もちろん内容も拙いものばかりだ。あいかわらず読者として、諸先生方の作品を読み、勉強している。

 私の作品に初めて感想を書いてくださったのは風海都南子先生だ。作品のタイトルは「大樹へ」。

 大樹の生い立ちを中心に、息子へのメッセージを込めた作品だ。

 

 我が家では昔、犬を室内で飼っていた。妻は大の動物好きで私はあまり好きじゃない。

犬ってのは賢い動物である。ちゃんとこいつは自分の事をかわいがってくれるのか、憎んでいるのかわかっている。

 犬はメス犬でキコと名づけられ、妻は溺愛していた。

 キコはあまり犬の面倒を見たがらない私の事はもちろん大嫌い、全くなつかない。

 それどころか、仕事で帰宅するたびにウーウー吼えやがるのである!

 私もそんなキコが嫌いだった。

 そんな時、事件がおきたのである。

 その日の私は恥ずかしながら、ムラムラしていたので、妻と一戦交えようと妻の寝室に忍んで行った。

 妻は寝ていたが、妻の横で寝ていたキコの奴は物音に敏感ですぐに目を覚ます。さすがに犬だけのことはある。

 キコは吼えはしないが、私の事を嫌な目でジトーと見ている。

 うっとしい犬めと私は思っていたら、(なんや、スケベなおっさんめ)とキコの声が聞こえた。

 その時は性欲が溜まっていた為、そんなふうに聞こえたのかもしれない。


 キコの視線に一瞬怯んだが、私は昂ぶりに身を任せて寝ている妻に上から抱きついていったのである。


「ぎゃあ〜!」


 妻は驚き、悲鳴あげた。ええー、一応旦那なのに……。

 しかも「ぎゃあ」である。

 軽くショックを受けつつ、声の大きさに狼狽してしまった。


 その瞬間、ご主人様が襲われているとばかりに無駄な忠誠心を発揮し、キコが私の臀部にがぶりと噛み付いた。


「ぎゃあ〜!」


 あまりの痛さに私は悲鳴をあげた。そしてその声でまた驚き、寝ぼけている妻が悲鳴をあげる。


「ぎゃあ〜〜!」


 さらに力を込めて歯を立てるキコ。


「ぎゃあ〜〜!」


「ぎゃあ〜〜!」


 悲鳴の連鎖反応がはじまった。こんな狭い部屋の中でバイオレンスな時間が流れていく。

 近所の家の電気がパパッと点いた。

 そりゃ真夜中に近隣の夫婦の悲鳴が聞こえたら、強盗かと思うだろう。

 寝ぼけたまま悲鳴をあげ続ける妻にも驚いたが、そのうち警察でも来たら恥ずかしいので、キコを尻にぶら下げたまま必死で妻の頬を叩き、正気に戻す。

 妻が止めなさいと言うまでキコは私の尻を離さなかった。


 翌日病院に行ったが、医者に理由を聞かれても曖昧に答えることしか出来ない。

 妻はキコに「えらかったね、おっさんをやっつけたね〜」なんて言っている。

 その言葉に憤慨した私は尻の痛みに耐えながら、一戦交えてしまったのである。

 その時に出来たのが大樹だ。


 そして犬のエピソードが大半を占めてしまい、全くとりとめのない話になってしまっている。


 先生の感想は「このお子さんは犬が産んだのでしょうか?あ話が犬6、息子3、病院1の割合でしたので勘違いしました。大樹の<き>はキコの<き>なんですね! 面白かったです」と書かれていた。

 犬から一字取った訳ではないのだが。まあいいか。

 微妙な感想だったが、初めての感想なので嬉しさがこみ上げる。

 先生の作品を読んで感想を書こうとしたが、一作も見つからなかった。不思議である。


 そんなふうに励まされながら書き続けている。そして、今、私は無謀な挑戦のため、パソコンの前で正座しているのだった。


 私は無謀にも「夏ホラー2007」というこのサイトきっての大きな企画に名乗りを上げてしまったのだ。

 いや勉強のためにと名乗りを上げたのだが、こんなに大きな企画とは全く知らなかった。

 「夏ホラー2007」とは8月15日の深夜に一斉にホラー作品を投稿するという、小説ばかになろうで最も大きな企画だった。

 つまりもっともばかになる日なのである。

 新参モノの私は、そんなこととはつゆ知らず気軽に申し込んでしまったのだ。

 100名のエントリーがあり、すでにビビル。

 私の作品などは読んでももらえまい。

 大手の新聞、雑誌、ラジオなどで紹介し、特設サイトには一日1万アクセスあるほどのオオゴトである。あわわわわわわ。

 その企画を運営されているのが影之兎チャモ先生だ。

 私は先生になんどもしつこいくらいに本当に参加していいものか尋ねたが、そのたびに「大丈夫ですよ」と優しくなだめてくださった。

 たぶん、どこかでそれが癖になったのだろう。

 優しい返信が欲しいばっかりにメッセをしていた節もある。

 ある日「先生は多作ですし、内容も文学的かつ達者な文章ですばらしい。先生の作品に恋をしそうです」というメッセを送ったのだが、それを妻に読まれてしまったのだ。


「ふっ、何が恋をしそうです? いくつなんですか? おっさん」と冷笑され、私のペナルティーは125$と書かれていた。


 え? $ってなんで? もう本当に貨幣価値の定まらない家庭である。

 

 そんなふうにチャモ先生には無駄に迷惑をかけていたので、下手は下手なりに一生懸命書くのが恩返しだとばかりに頑張った。

 毎日、日本昔話と水木しげる文庫を読み、研究した。あ、よく考えたら肝心のホラー小説は一冊も読まないで終わってしまった。

 し、しかたがない、頑張るぞ。

 ビールも飲まずに毎晩書いては消し、消しては寝るを繰り返し、ついにその日が来てしまったのである。

 8月14日、午後11時30分。

 パソコンの前で緊張の面持ちの私は、扇風機の大風に煽られながら、麦茶をがぶ飲みしていた。

 おおお落ち着かない。指が震える。まままだ30分あるな……。


 そうだ! 先日の子鉄先生の感想に返信が来ているかもしれない! と思いページをクリックしてみた。

 果たして返信は書かれていた。 


「ピポピポタマス様江   この度は私の小説をお読み頂き、ありがとうございます。私は常々、家族の大切さ、人と人のつながりの尊さを書いております。  それはあります、はい。 はいっ!        

まぁ君も頑張れば私みたいになれると思うよ。私は年収三千万なんだよ。うん。それは本当だよ。はいっ!

            では、お体に気を付けてピポピポしてね。                 ※この手紙は再生紙を利用しております」


 暗号のような返信である。そして改行が個性的。

 ピポピポタマスというところに子鉄先生の深い愛情を感じた。

 年収三千万ということは、相当なセレブに違いない。きっと美女を侍らせ、ドンペリをドンペリニョン! と言いながら軽やかにステップを踏む毎日なのだろう。

 羨ましいが、なぜこのようなサイトで書いておられるのだろうか。

 再生紙……セレブが言うとビンボ臭くなく、エコに聞こえるから不思議だ。

 子鉄先生を見習って、私も明日から会社でも藁半紙を使おう。

 ありがとう、子鉄先生! 緊張が少しはほぐれました。

 私は画面に向かってグイッと中指を立てた。まちがった。慌てて親指を立てた。

 

 時計を見ると、11時45分、あ、あと15分だ……、よ、よし。

 私は投稿の準備を始める。誤字脱字の最終チェックも終わらせたが、もう訳がわからなくなっている。

 

 扇風機の音がやけにうるさく耳につく。緊張のしすぎかもしれない。 


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ブーン!


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ー(・∀・)ー ブーン!


 あ、あと10分……マウスを握り締めている。汗ばんでいる。


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ー(・∀・)ー ブーン……


 〜〜〜〜ブーン、ドゴオッ! ガガガガガガガガガガ


「ぎゃあ〜!」


 突然の大きな不快音にドキリとし、大声を出してしまった。しかもマウスがもげてしまうし。


 慌てて音のほうを振り向くと、巨大業務用扇風機のプロペラが連日の使用に耐えられず、翼が折れてしまって、ゼロ戦が墜落し、前面のカバーがくわんくわんと床で回っている。

 驚いたのと、風が急に止まったせいで滝のような汗が流れ、目にも入り、悶絶した。


 (い、いかん、このままではヤラレル……)


 私はかすむ目をこすりながら、エアコンのスイッチの方向へ歩き始める。

 

 戦闘機の残骸に足をとられ、一回転してしまった。前回り受身をかろうじてとる。

 まさに、今まさにホラーな展開だ。深夜に一人、何をやっているのだろう。

 エアコンのスイッチを入れた。


 ──ブッ


 途端にブレーカーが落ち、真っ暗になった。


「ぎゃあ〜」

 ガチャリとドアが開き、白い影が浮かび上がる。


「ぎゃあ〜!」


「うるさいな、何?」


 懐中電灯を下から照らした妻のすっぴんだった。おそろしい。

 妻はブリブリ言いながら、ブレーカーを上げ、早く寝ろと捨て台詞を残し、寝室へ上がって行った。


 ホラーを書いているとホラーな事が起こるとは言うが、どうやら本当らしい。

 慌ててパソコンを立ち上げる。しかし、遅い! ああ、早く〜! 私はその場駆け足をした。気休めにしか過ぎないのだが……。

 自分の駆け足の音がバラバラなのでおかしいなと思って振り向くと、チッコに起きたモモコと大樹がニコニコしながら、その場駆け足に参戦していた。


「お父ちゃん、何してるの?」


「なんでもないよ、さ、寝よう」


 仕方なく子供たちを寝室へ連れて行き、私はパソコンの前にすっ飛んでいく。

さあ、投稿だ! 

 しかし、慌てているため全く作業がうまくいかない。

 なんとか、なんとか投稿! やった! 早速確認。あれ? ない?

 私の作品が反映されていないのである。

 おかしいなと思い、作者ページを開いて確認。愕然として呆然とした。

 慌てるあまりに18禁指定投稿をしていたのである。よりによってである。

 震える指でマウスを操作し、ページを探した。


 十八禁サイト、ノックダウンを開く。あった。


 「昼下がりの人妻たち」、「そこはだめなの!」、「おもらし万歳」の下に、私のホラー「小太りじいさん」が掲載されていた。

 この並びで行くと、老齢のBLと勘違いされそうである。そして「おもらし万歳」との因果関係まで問われそうだ。

 

 あまりのふがいなさにしばしポカンとしたが、あることに気がついた。

 「昼妻」の作者は風海都南子先生だったのだ! なるほど、どうりで作品掲載の欄が空白なのね。後で必ず拝読しようと心に誓うが、今は投稿を急がねば!


 一旦削除をし、再投稿をする。0時30分を過ぎていた。


 早速トップ画面から確認した。数々の名作の頂点に君臨するかのように、私の「小太りじいさん」が掲載されていた。

 これだけは、避けたかったのに……気にすることではないのかもしれないが、私の性分なのだ。

 ああ、くよくよしても仕方がない。早速先生方の作品を読まなければ!

 画面をクリックした。あれ? 真っ白。なんで?


 携帯からメールの着信音がする。管理人のトメ様からだ。


 ──サーバーがダウンしました




 エアコンをガンガンに効かせて寝ることにした。

 夏ホラーの開幕は私の体力を奪った。











 

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