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その5



 私の初投稿は、思わぬ展開をみせていた。

 相変わらず読者数は0が続き、私を落胆させた。その日、作者ページを開くと新着メッセージが一件ありますとの文字が目に入った。

 ええ! 何これ。

 私は女子中学生のようにドキドキしながらクリックする。乙女な自分を思いがけず発見し、軽く恥ずかしかった。

【一体何を考えているんですか? あんなものは詩とは言えません。ばかにするのもいい加減にしろ! 詩人】

 ガーン。

 激しく失恋した時と同じくらい心が痛む。しかも詩人からなんてしゃれにならない。

 だがこれは今思うとまともなメッセージだった。なんとこの後、空前の150文字小説ブームになったのである。

 短編どころかあらすじにすらならないこの超ウルトラ短編ブームは、若者を中心にこのサイトに蔓延し、読者数0を競い合うという珍事に発展してしまったのだ。

 私のところには若者からの崇め奉るようなメッセが来るようになり、一躍ヒポポタマスの名が知れ渡ることになってしまった。

 正直に言おう。私は35歳のサラリーマン。子供も二人いる。つまりこの現象に対して顔から火が出るくらい恥ずかしいと思うくらいの常識は持ち合わせている。

 当然名だたる人気作家陣ははっきりと苦言を呈され、またサイトのなかでも論争が巻き起こり、本当に大騒ぎに発展してしまったのである。

 私はチキンなため、サイトにいくのが怖くなってしまい、あれ以来一作も投稿していない。

 そして不覚にもヒポポタマスの名前は3ちゃんねるという巨大掲示板で話題を独占していた。

 私はショックのあまり小説を読むことさえも止めてしまったのである。


 そんなこんなであっという間に一か月以上が過ぎ、夏が来た。

 毎日うだるように暑い。

 私は心にぽっかり穴があき、ささやかな楽しみも奪われ、寂しく日々を過ごしていた。

 読みたいという気持も、書きたいという気持ちもわかず、なんだかお騒がせして申し訳ないという気持で一杯だった。 

 あんなに夢中になっていた日々はなんだったのだろう。今の私は蝉の抜け殻だ。

 大樹がたまに拾って箱にしまっている、アレと一緒だ。

 そして七月の暑い最中、祖母の三回忌の法要が執り行われた。

 暑い中、寺に親戚一同が集まり、まずは久しぶりの挨拶から始まる。

 子供たちはみな一様にテンションが高い。まずはお寺の本堂が楽しくて仕方がない。

 不思議な空間にわくわくしてしまうのには私にも覚えがある。しかし親戚の子供大集合の場合、もう手がつけられなくなる。暑さも加わりどっと疲れるのだ。

 モモコは大分お姉ちゃんになったので落ち着いてきたが、問題は大樹である。

 私の実家にいる時点で、仏壇の前から離れない。地元の風習で、電動式のくるくると中味が回転する大きいぼんぼりを仏壇の両脇に設置するのだが、それが楽しくて仕方がないようなのだ。

 仏壇の前でぼんぼりの灯りに合わせて踊っている。もうしょうがないので放っておくが、きっと祖母は楽しいに違いない。踊るひ孫を堪能しているであろう。

 その好奇心とお気楽な精神は寺にいても存分に発揮される。

 まずはお焼香をするが、皆和尚さんの前で一礼をする。そして大樹は何を思ったのか、私と妻が一礼をしている時に、一歩前に進み、和尚さんに「こんにちはっ」と大きな声で挨拶をした。

 これには和尚さんも親戚も苦笑いだ。

 

「みんなも大きな声であいさつしないとだめだよ」


 大樹は和尚さんの前で説教をたれた。大物である。

 妻は慌てて息子を小脇に抱え、退散した。 

 続いて更なる別の読経が始まり、こちらは最中にじゃあん、じゃあんとドラが鳴る。そしてドラの音に合わせて全員が低頭していく習わしなのだが、この音がかなり大きい。

 そのため、ドラの音に驚いた大樹はじゃあん、じゃあんと大きく鳴るたびに、口をポカンと開け、目を見開きどんどん立ち上がる。

 寺の空間いっぱいに鳴り響くドラは、わああんと辺りの空気を震わせていた。

 最後の一発、じゃあああん! と鳴った時、本堂は全員低頭し、大樹だけが魂が抜けたような顔でポカンと仁王立ちしていた。

 一瞬の静寂。

 蝉の声だけが聞こえる。


 ──ぶっ。


 大樹が思わず放屁した。

 驚きのあまりいろんな所が開きっぱなしになったのだろう。

 その音はとんでもなく響き渡った。低頭はしているが皆、肩先や背中が震えている。

 和尚様の肩もわずかではあるが小刻みに震えていた。

 妻は慌てて息子を肩に担ぎ、撤収した。 


 これには皆我慢の限界のようで、あちこちからゲラゲラと笑いが起こる。

 私は仕方なく苦笑いで頭を下げたが、この時大樹の行動に感心していた。

 なんて自由で怖いもの知らずなんだ。

 これは勇気があるとか気にしないとかではなく、恥をかく怖さを知らないだけなのだ。

 大人のように頭で考え、恥をかかぬようにとするのではない。ありのままだ。

 なんだか、たかがあのようなことで小説を書くことから逃げている自分が、倭小なものに思えてくる。

 私は大樹やそれを担ぐ妻、そして少し恥ずかしそうに大樹を咎めるモモコの姿に、たまらない愛しさがこみ上げてきた。

 なんでもない日常の風景であるのに、それは突然に私を包み込んだのである。

 家族っていいな、大樹は能天気だな──これが私が寺で得た教訓だ。

 大樹に思わぬ勇気とやる気をもらった私は、その夜、久しぶりにパソコンに向かった。

 風呂上りに、鼻毛が出てるということでペナルティをつけられたが、そんな事はどうでもいい。もう私の累積点数は25点を超えており、どうでもよくなっている。インフレだ。

 ゲームソフトは既に二つも買わされている。誰か助けてくれ。 


 どきどきしながらサイトを開く。久しぶりだ。

 メッセージが数件来ている。しかし、開くのには多少勇気がいったので、はじめに○先生への感想欄を覗いてみることにした。

 返信を下さっている。

 【ヒポポタマスさん、感想ありがとうございます。

 投稿頑張ってください。作品を書くという行為は、つらい事もありますがそれ以上に充実した時を与えてくれます。私の詩などにこれほどの賞賛とは身に余る光栄です。

 ヒポポタマスさんはこれから捜索活動に入るそうで、捜索活動? はっ、貴様関東猟友会のメンバーだな!

 山狩りして私を狩ろうなど……我々のネットワークを甘く見ないで欲しい。

 部下その一! 今すぐ伝書鳩で檄文を飛ばせ!

 何い、食べた? 吐け。】

 なかなか面白い返信だったので、○先生の6月の詩と7月の詩を続けて読んだ。

 やはり、とんでもないギャグポエムだったので、私は久しぶりに声をあげて笑ってしまった。

 そしてもう一度○先生の返信を読み返す。

 確かに作品を書くという事はつらい……しかし○先生の作品にはつらさが微塵も感じられない。そして私の誤字を受けて、ギャグで切り替えしてくださっている。優しさを感じた。関東猟友会だなんてとんちが効いているではないか。

 どうも○先生は鳩を飼っておられるようなので、独身の頃、レース鳩を七十羽ほど飼育していた私は懐かしさのあまり、鳩の飼い方について長々とメッセージを送った。

 少しでもお役に立てればよいのだが……。まあ、伝書鳩を飼っている人はまれなので、私もメッセージに思わず熱が入ってしまった。

 メッセージを書き終えて、少し落ち着いたところでメッセ欄をクリックした。

 やはり若者の私に対する賞賛のメッセと、良識ある読者の苦言のメッセージがそこにはあった。しかしその中に、「管理人より」というメッセージを発見した。


 管理人様からのメッセなんて来るの? ま、まさか退会勧告?

 ここの管理人様はトメ様という82歳の女性らしい。

 プロフィールにはそう書いてあった。座右の銘は「一生現役」だそうだが、本当ならばとてつもないパワーである。全部一人で運営されているらしい。

 恐る恐るメッセージを開いた。


 【こんにちは。管理人のトメ研究所です。このたびは大変な短編ブームになりましたが、いかがお過ごしでしょうか。実はこの短編ブームはどうやらヒポポタマス様が火付け役だったと、掲示板や3ちゃんねるで知るところとなりました。まずは斬新な企画、ありがとうございました。おかげでにわかにサイトが活気付きました。理由はなんであれ、みな事件には飢えていますので、管理人としては盛り上がるならなんでもオッケーです。ですが、いろいろと支障も出て参りましたので、これより600字以下の作品は投稿不可という設定に致します。大変申し訳ありませんがご了承くださいませ。そして、ヒポポタマス先生の功績を称えまして、この規定をヒポポタマス規約と命名することにしました。それでは今後とも執筆活動に励んでくださいね。トメ】

 

 はあ? なんだこれは。なんて頭の柔らかいばあさん、い、いや女性なのだろう。

 しかも私は一作目にして歴史を作ってしまった事になる。

 この騒動がきっかけで一つの法が生まれた。読者数0で法を作ったなんて私くらいなものであろう。

 もうくよくよしても仕方ない。忘れよう。そしてまた、小説ばかになるべく頑張ろう。


 私は何か無性に読みたくなり、スクロールした。

 ふと目に入ったタイトル、それは【ファミリー日記】。家族愛を再確認した今日にぴったりのタイトルだ。

 【ファミリー日記/作者:子鉄】ふむ、さっそくあらすじに目を通す。

 【温かい家族のある一日のお話です。山倉寛治36才、山倉信子34才、山倉かの子9才、山倉慎太郎6才、山倉茶太郎1才】

 ……なんだか家と似てないか? それにしても末っ子はなんて渋い名前なんだろうか。

 温かい家族というキーワードに心を奪われる。

 さらに出だしの150文字を読んでみることにした。

 【『お父ちゃんね、みんなの事が大事なんだよ。』夕食時、寛治は優しく家族に語りかけた。『みんなが元気でいてくれるからお父ちゃんはがんばれるんだよ。みんなが一緒にこうしている事が幸せなんだよ。』寛治は家族一人一人の目を見ながら続けた。『例えばさ、このおでんを御覧よ。】


 すでにいい話だ。ジャンルはコメディーであるから笑いがつまったお話なんだろう。

 このおでんを見ると、どうなるのだろう。知りたい。しかしこの真夏におでんは想像することすら躊躇するシロモノだ。 

 さっそく読んでみる。


 20分後、なぜだか目頭が熱くなっている自分がいた。

 ドタバタぶりに大いに笑った。父親、母親、子供たちのキャラクターが素晴らしく、家族をとりまく人間模様が三丁目の夕日を彷彿とさせる。そして時代に関係なく子供らの共通する部分に頷き、うんうんいいながら読んでいる自分がいた。渋い名前の末っ子は猫であることも判明した。

 しかし、11話の父親と息子の入浴シーンに【何でもないけど楽しいひととき、いつかは大きくなってしまう我が子。今しかない時間は「あっ!」と言う間に過ぎていく。 (もうちょっと小さいままでいてね。)頼りない慎太郎の背中をタオルで擦りながら、うれしい気持ちの寛二だった】とあり、この部分が今日の大樹の姿と重なってしまったのである。

 今しかない時間をもっと大切に過ごさなくてはと思える作品だった。

 なんてハートウォーミングな作風なのだろう。

 私はこの温かい作風に感激して、この先生の他の作品を読んだ。

 

 ひっくりかえった。


 なんというか感想がみつからない。感想とかいう言葉では済まされない、シュールでクレイジーなスーパーギャグワールドのオンパレードだった。

 ヒステリックな主人公が繰り広げるとんでもない世界に引き込まれる。凄いパワーとはちゃめちゃぶりで目が覚めた。

 しかし、根底に流れる何かは、やはりほわんとした適温のお茶のようなものがある。

 そこが魅力なのだろう。早速感想を書くことにした。


 【子鉄先生、はじめました。ヒポポタマスと申します。先生のファミリー日記は素晴らしかったです。私の家族を見ているかのようで本当に共感いたしました。きっと先生にもお子様がいらっしゃるのでしょう。うちの細君は信子さんより激しくおっちょこちょいな粗忽ものですが怖くて逆らえません。しかし作品を読みながらうちの家族も捨てたものではないな、などと感じることができ、旅行にでも連れていきたくなりました。気持ちだけですが。先生の作品のおかげです。本当にありがとうございました。これからの作品も楽しみにしております】


 よし、何度か見直して送信。今日は誤字はないようだ。

 うん、やっぱり家族は大切にしないとな。

 穏やかな気持ちで布団に入ろうとしたら、大樹が小さい大の字で眠っている。

 そういえば大樹は今夜は私と寝るといって頑張っていた。かわいいやつだ。

 よしよし、隣にそっと横たわった。

 びちゃ。

 とんでもないくらいに布団が湿っている。大樹が世界地図を描いていた。

 仕方なく大樹をを起こし、パンツを取り換えてやりながら「こんな時間もあっというまだろう」と感慨に浸っていた。

 いつのまにか、大樹の尻からは蒙古斑が消えていた。

 大樹の尻をパチンと軽く叩くと、奴はニヤッと歯の抜けた間抜けな笑顔を見せた。




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