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その4

 その朝私は五時に目覚めた。

 さわやかな目覚め。そして気合を入れてパソコンの前に座る。

 その際に足の小指をテーブルの脚にぶつけた。

 猛烈に痛いの。なんだか人として悲しくなる。まずは眠たい目をこすりながらプロペラ扇風機をつけた。

 戦闘モードに入る。

 最初に「ひとりの鈴木」の感想の返信がきているかどうか、おそるおそる確かめてみる。

 あんなへんちくりんな感想に対して返事なんかあるわけが……あった!

 なんでこんなに嬉しいのかは不思議だが、小学生の時に「たいへんよくできました」シールをもらった時の感覚に似ている。


 【はじめまして、感想を残して下さって有り難うございます。『鈴木』に決めたわけは二つありまして、一つは、漢字の組み合わせが綺麗だから、もう一つは、フリガナがなくても読める名前にしようと思い、決めました。でも、鈴木さんはイメージ通りの綺麗なおっさんではないですが。上司を「うっかり者」と呼ぶのは、さぞ勇気がいったことでしょう。でもそのお陰で、上司の方と有意義な時間を過ごせたのですから、ときには想いの丈を素直にぶつけることも大切なのですね。貴重な経験を教えて下さり、有り難うございます。大変勉強になりました。次の作品に生かしたいと思います。はい、こりさんも読んで頂き、有り難うございます。頑張って執筆してゆこうと思いますので、今後ともどうぞ宜しくお願いします。】


 どうも意味がわからない……はっ! そうか! そうだったのか!

 先生は素直に私の感想を誤字のまま解釈し、返信しておられる。何とも読解には力が必要であっただろうあの感想……。やはり非凡な先生様だ。

 しかも先生の頭の中では私と上司鈴木の絆が深そうである。そしてわたしの「こりからも」は「Dear シーナ、Fromこり」のような解釈をされている。

 まさに天才となんとかは紙一重。椎名先生を心の中では「紙 一重先生」と呼ぼう。

 せっかくの椎名先生との初コミニュケーションは誤解が生まれただけだった。


 私は続いて大変に親近感を覚えたカトラス先生への感想に返信が来てないかなと思い、覗いてみる。来ている! しかも長っっ!


 【これは、これは、ヒポポタマナシ殿。久々に、自作自演でない熱いメッセが来て嬉しく思いますよ。ここからは、二人だけのやりとりのメッセなので、本音で語らせてもらいますよ!  まず、数多くいる作家の中からカトラスを選んで、弟子入りしたい気持ちは大変嬉しく思う。本来ならカトラスは弟子は一人しかとらないが、今回は特別に熱いメッセのお礼に弟子入りを認めようぞ! ちなみに、一番弟子は、風海都南子という作家である。彼か彼女かどうかは、まだよくわからない奴だが、わたしに弟子入りしてからというもの、わたしのアドバイスのおかげで、メキメキ頭角を現してきておる次第だ。後でそなたにとっては兄弟子にあたる。 風海にメッセでも送っておくといいだろう(ただし、失礼のないように頼むぞ。それと必ず、カトラスがよろしくお願いしますって事をつけ加える事を忘れずにな!) それから、先生と呼ぶのは堅苦しいから、今日からは、わたしの事を、マスターカトラスと呼ぶように頼むよ!マスターってのは決して喫茶店のマスターではないので、そこのところ間違わないように!マスターの意味が分からない時は、スターウォーズエピソード1を見るようにね。私の真の名称は暗黒シス卿マスターカトラスである。そなたは、私の弟子であるから、今日からはカトラスのパダワンになる。名称はダースヒポポタマナシモールになるからな! 最後に作品を書くアドバイスを与えよう。明日の直木賞の為にその一 ひたすら書いて書いて書きまくるべし、誤字、脱字は最初は気にするな! そんなものは、おっせかいな読者様がしっかり後から指摘くださる。明日の芥川賞の為にその二はまだ考えておらぬ。また思いついたら教えてやる。でわどわ、またね。ペコm(_ _;m)三(m;_ _)mペコ】


 むう……よくわからない。風海先生が弟子なのはわかったが(しかし、弟子に大変な気の遣い用である)私は弟子入りを志願したわけではない。

 しかし、こんなにその気になってらっしゃるんだ!

 ここはそっとしておき、弟子になった振りをするのが人の道だろう。パダワンって何?

 ヒポポタマナシ……誤字なのかギャグなのか……判断しかねるが、誠に遺憾である。

 天才的な誤字作家、カトラス先生。

 私も同じ轍を踏みつつある。

 誤字脱字は指摘されるから気にするな……なるほどこの辺りは他力本願全開でもよさそうだ。

 直木賞、芥川賞……そんなものを狙っていいのだろうか……せいぜい猪木賞が関の山だ。

 何より気になるのは「でわどわ」。シュビドゥワな韻を踏んでいる。デワッドウゥ〜ワッ!

 もうドゥワップな気分だ。サンキューブラザーYO!

 ここらへんは見習うべきである。ここらへんは。

 

 ううーむ、それにしても何か書かねば……。

 もちろん長編は無理だし……そ、そうだ! まずは手始めに詩だ、詩を書こう!

 文字が少なくてもなんとかなりそうだ。しかし、主張すべき思想がない。うーん、タイトルは……そうだ、今が五月だから、五月の詩なんてどうだろうか。

 こう、風薫る季節を詠うみたいな。おおっ! なんとなく詩人な感じだ。いいぞ寿志その調子だ。

 しかしやはりすぐに行き詰まるので、詩のジャンルを読んで参考にすることにした。

 つらつらと読んでいると、はっ! 私は目を疑った。私が今さっき思いついたタイトルがあるではないか!

 つかもしかしてもう執筆して投稿したのを私が忘れているだけかもしれない、いやいや、デジャヴーかもしれない……あれ? コマンタレヴーだったかな? まあよい。

 とにかくその作品を読んで見ることにした。作者は○先生。

 素晴らしくシンプルなPNをお付けになっている。きっと悟りを得られた方に違いない。

 角を全てなくし、全てを受け入れる無我の境地……すばらしい。PNですでに雄弁に物語るまさに詩人だ。


 【五月の詩/作者:○】


 あらすじ(五月を詩にしてみました。意味がわかりません)

 ──?

 キーワード(五月 六月 気象庁)

 ──???

 気象庁が出てくる詩? って何? 出だしの150文字を確認する。

 【おお、五月よ四月の次よ春の日差しはすでに遠く梅雨の足音が聞こえてくる寝苦しい夜を経て次の日パジャマを変えてみるもはや暑さは敵ではないいきなり寒くてぎゃふんと咳き込む空は晴れたり曇ったり転ばぬ先の杖ならぬ鞄の中には常に傘しばらく晴れが続いたならば存在忘却無くしたと騒ぐもちろ】


 もちろ? もちろって何? ああ、そうか、詩には句読点がないからこのようにだらだらと表示される訳だ。五月は四月の次なのは当たり前である。

 一体何を伝えたいのだろうか。やはり読んでみるしかない。

 2分で読了。そして読み返して4分。もう一度読み返して6分。ぽかんとして8分経った。


 こ、この作品は……私はこんな詩を読んだことがない。

 詩の概念がぶち壊される衝撃……いや笑撃作だった。

 なんというか……すぐには感想が見つからない……。詩を読んで笑ったのは初めてだ。しかも腹がよじれるほどに。

 うーん、これはどこにも属さないジャンルだ。○先生も悩んだはずだ。

 まず一年って12ヶ月以上あってもいいのかな、そんな気持ちが生まれる作品だ。

 常識なんてぶっ飛ばすためにあるのだ。仲間同士さ、手を貸すぜ!

 BGMは朗々と歌われるカンツォーネがぴったりな感じ。オーソレ・ミオだ。

 ほかの方々の感想を見ると、皆さんもこの詩に困惑しつつも賞賛の嵐だ。

 ギャグポエムという新しいカテゴリーを開拓なさっていく決意をされている。

 よし、私も挑戦しよう。初めて執筆ページへと向かう。新規小説制作をクリック。

 しばらく画面とにらめっこををしていた。浮かばない。仕方ないので目を閉じて瞑想に入った。寝ていた。はっ、イカンイカン。

 うるさいのが帰ってくる前に一作投稿しなければ。意地でも本日デビューを飾りたい。

 思い浮かばないのでとりあえず○先生に感想を書くことにした。


 【はじめまして。ヒポポタマスと申します。作家登録をしましたが、まだ一作も投稿しておりません。○先生を見習ってまずは詩を書こうとパソコンの前で唸っております。先生の詩は斬新で身震いがしました。おかげで髪が乱れて河童のようです。でもそれほどおもしろく身をよじって笑いました。どうか私に力をください。こりから捜索活動に入ります。ではよろしくお願いします】

 送信っと……。ああっ! 創作活動が……人探しになってしまった。一体私は何が言いたいのか。

 またもやがっくりしたが、カトラス先生の教えを守って気にしないように努める。

 ○先生を捜しに行く熱狂的なファンと勘違いされそうだがそれも御愛嬌だろう。


 やはり初心者の私は身近な題材を詩にすることが一番であろう。

 うーん、何がいいのか。

 よしっ、やはり最愛の子供たちのことを書こう。

 私は悪戦苦闘しながらキーを叩いていく。何度も書き直す。

 よし、なんとか形になってきたぞと思っているところへ電話が鳴り出した。

 えええ、今忙しいんだよ。ああっもうっ。投稿画面の途中だった。

 もう一度見直してのサインが出ていたが、もういいや。誤字脱字は誰かが指摘してくれるかもしれない。時計を見ると9時半を回っていた。

 慌てて送信をし、とにもかくにも初投稿に満足した私はすぐに電話を取りに行く。

 

「もしもし、福田です」


「ぎゃ───」


「…………」

 耳をつんざくような嬌声が私の耳を襲う。耳をふさいで一旦受話器を遠ざける。


「もしもし、あのねえ──」

「ちがっ! ぼくがさきに話すんだよ! もしもし、おとうちゃ──」

「どいてっ! もしもし? 今日ね──」

「お父ちゃん! あのね、大樹ね──ボグッ……うわぁぁん! イタイよ、おねえちゃ──」


 壮絶な受話器の争奪戦が目に浮かぶ。私は電話の機能をオンフックにして落ち着くまでほうっておいた。

 後ろのほうでドタドタと慌ただしい音がバスドラムのように響いている。


「こらあっ! 静かにしなさあああいっ! ベシッ、バシッ」


 山の神の声が響き渡り、かえるの三重奏にも似た「わああ、わあああ」という叫び声がしたかと思うと電話は切れた。

 私は一言も話していない。

 一瞬にしてエネルギーを奪われたようだ。脱力感に襲われる。

 とにかく投稿の緊張もあったせいか眠気が襲ってきた。

 少し眠ろう。目が覚めたとき感想はなくても読者はいるかもしれない。

 私は束の間の天国を満喫するためにクーラーをつけ(ガンガンに)そして布団にくるまって眠った。本当にこのスタイルが大好きなのである。

 巨大扇風機なんかは本当は嫌いなんだ。今日だけ、今日だけ許してくれと心の中で誰とはなく詫びながら眠りに落ちる時の素晴らしい至福感を噛みしめていた。

 しばらくしてまたもや電話が鳴り響く。

 時計を見るともうお昼を過ぎていた。欠伸をしながら受話器を取る。


「はい、福田で────」

「あ、お父さん、ちょっと遅くなりそうだから悪いけどお風呂掃除しておいてね。それからねえ、今結婚式会場にいるんだけどすっごい素敵なのよ! もうすっごいお金かかってるっていうか、セレブな演出なのよ! もうなんかいいわあ……。それからハマザキのパン祭のお皿の交換の締切が今日の消印までだったのよ。思い出したわ、だからそれもポストに投函しておいてね。必ずよ必ず! 冷蔵庫の横の引出にあるから。それからねえ──」


 私はまだ一言も話していない。

 あげくの果てには聞いてるの? なんて軽く怒られている。

 そっちはたまのおしゃれと外出でテンションが上がってるのだろうが、私は寝ぼけ頭である。

 巡る訳がない。ハイハイと適当に相槌を打って電話を切った。

 しかしすごい。セレブな会場でパン祭のことを思い出すその思考回路が素晴らしく好きな時もあればとてつもなく許せない時もある。 

 まあおかげで目が覚めた。さっそくパソコンの前に座りサイトを開いてみる。

 読者数をクリックすると0だった。はあ、まあしかたないさと思いながらも沈みがちで昼食はドライカレーにして食べ、テレビでサッカーを見ながらゴロゴロし、また気になってサイトを覗く。やっぱり0だった。はあ、なんだか悲しい。

 私は自作の詩を読み返してみることにした。


 【お前は産声をあげ 私の前に現れた

 初めまして 息子よ 

 血達磨のお前を見て 私は用意していた台詞も忘れ

 視界が真っ暗になった

 気づけば お前の母ちゃんの隣で眠っていたよ

 私のほうが安らかに そして言われたよ

 おめでとうございます 女の子ですよ

 ごめんよ 父は血に弱い (終)】


 なんの面白味もない作品だったが私は初投稿ということで満足していた。

 モモコの出産のエピソードを詩に書いてみたのだ。

 私は小説のトップページを見て、ああ、デビューしてしまったんだなあとしみじみしていた。タイトルが大きく「お誕生の詩」とありその下に作:ヒポポタマスとありこれだけでも感激だ。

 あらすじは簡単に「初投稿です、長女の立会出産時の様子を詩にしてみました」とだけ記した。


 何の気なしにスクロールしていてある事に気が付き、私を愕然とさせた。

 なんと私の作品は出だし150文字の時点で完結してしまっているのである!

 ご丁寧に(終)の字まで。そして文字数のところに150文字とある。

 つまり中身を読まなくてもいいのだ。

 顔から火が出るとはまさにこのことだ。たぶん屁もでる勢いなくらい恥ずかしい。


 こうして私の初投稿は散々な結果になるのである。



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