その3
今朝は夢を見ていた。
ゼロ戦に乗ってソロモン諸島に向かっている。そしてなぜか時折妖精の囁き声と読経のような声がかわるがわる聞こえるのだ。
私はううーんとうなされながらおそるおそる目を開けた。
寝言を言っている私の耳元で、モモコと大樹がこしょこしょと耳元で話しかけては並んでプロペラ扇風機にむかって「あ゛〜あ゛〜」 と声を出し、震える読経の音を出す作業を繰り返していた。
寝言を言っている人に話しかけるのはやめなさい。
私はもそもそと起き上がる。
「おはよう、お父ちゃん!」
モモコが私の背中に抱きつき、大樹は正面から飛び乗ってきた。
のしっ。
ううっ! だ、大樹、朝はそこへ飛び乗ってはいけない。
お前もいずれ大人の仲間入りすればわかるが。
「あれ? お父ちゃん、泣いてるの?」
私は歯を食いしばって耐えていた。
「ううん、な、泣いてないよ。さ、今日はおばあちゃんの家に行く日だろう」
私は這うようにして起き上がり、2,3度飛んだ。
「わあい!」
子供達二人もなぜか大喜びで私の隣で諸手をあげて飛び跳ねている。ハンズアップ! モモコ、君には必要ないからね、将来的にも。
今日は土曜日で休みだが子供達と妻は、妻の実家へ遊びに行くことになっている。
妻が日曜日に友達の結婚式に出席するので今日から泊りがけで子供らを連れて行くことになっていた。
「陽子が私たちの仲間内では一番最後になったけど、六つ年下のイケメンなのよ! 羨ましいわあ、ハワイの海の見える部屋でプロポーズされたんだって。はあー羨ましい」
妻は3日前から呪文のように繰り返し、のし袋の表面に「お祝い」と書くべきところを「お呪い」と書いてしまい大騒ぎしていた。
まちがいにも程がある。
妻はB型で私はA型。そして子供達は二人ともAB型。
血液型の相性は悪いのである。そして私はこの妻のおおらかで明るいところが好きでもあり、おおらかすぎてとてつもなく許せない時もあるのだ。
8年前の新婚時代に給料日前なのに、どうしても行きたかったアイドルのサマーコンサートのプラチナチケットを内緒で友人から購入し、その日の食卓には白米と、みそ、マヨネーズ、醤油、あじ塩がのっかていて私の目をテンにさせた。
「好きなのをトッピングして食べてね、銀シャリは最高だね」
などとすましており翌日のコンサートで空腹のあまり倒れて救急車で運ばれたが、そのアイドルからお見舞いの色紙が送られ、本人はガッツポーズだった。
今もテレビから究極の懐メロ「お富さん」が流れたため、のし袋の下に自分の名前を書くべき所に、「お富さん」と書いてしまい大騒ぎだった。
本気でまちがえてるのが恐ろしい。
「お父さん、プロポーズの言葉って覚えてる?」
ふいに聞かれて私はアワアワしてしまい黙ってしまった。というか忘れている。
はっきりいって男なんてそんなものだ。
瞬間、ペナルティが1増えていた。なんで?
妻は少しぶりぶりしながら、子供達を連れて出かけていった。
やったあ! 明日の夕方まではエアコン天国だあ!
そしてゆっくりパソコンの前に座れるぞ。モモコのちっこの心配も、大樹の攻撃もない。そして何より久しぶりの静けさを味わうことが出来る。こっそりビールも飲もう。
まずはゆっくりシャワーをあびて体を清め、残り物のカレーを食べた(またカレー)。
私は今日は小説ばかまつりを開催しようと決めていた。読みまくろう、グダグダしながら。
まずは昼寝をし、準備万端だ。静かな環境とエアコンのおかげで寝覚めがいい。
何か新しいものを読む前に「ひとりの鈴木」を読み返し、感想を入れた。
【椎名先生、はじめまして。大変面白い作品を読ませていただきました。この中年のおっさんに尊敬の念を抱いた私もおっさんです。そして先生、先生に質問です。なぜ鈴木という苗字だったんですか。私の大嫌いな上司と同じ名前だったので、そしてその日はその上司ともめまして、ついうっかり呼んでしまったのです。でもそれが吉と出て、大変有意義な時間をすごさせていただいた上に、この上司を妖怪と思えば腹も立たないという境地にまでたどりつくことが出来ました。ありがとうございました。こりからも執筆頑張ってください】
よし、送信……ああっ!
読んでが「呼んで」に、またもやこりからもに……私は自分のブラインドタッチを悔やんだ。意味が無い。
私は激しく落胆したが、もう仕方が無い。返信は期待しないで明るく生きていこう。
気を落ち着けるために昼寝をしたら外はもう夕暮れだった。
さあ、いよいよばか祭りに突入だ。どれを読もうかな……。私の第六感は何を選ぶのか。
スクロールしていたら、またもやタイムリーなタイトルが現れた。
【絶叫プロポーズ/作者:カトラス】
ああー、なんだか思い出したくもないがせっかく話題に乗ったことだし読んでみるとしよう。
読了時間5分。終了。なんというか……作品としてはその、アレだが何か心にひっかかる。
これは主人公がジェットコースターに彼女と乗って、絶叫しながらプロポーズをするというタイトルそのまんまなのだが……。
私はこの先生の作品を続けて読むことにした。
読了時間が短いのと、コメディとホラーを中心として多作だった。
【池さん】を読んだ。
【それは、中学三年の夏の苦くて淡い思い出……その当時、僕達の間ではブルース・リーが流行っていた。「ホー、アチャー、ホチョー」池さんは、ブルース・リーの物真似が得意でクラスの人気者だった。そんな彼に、転校生だった僕はあこがれていた。男が男にあこがれれるってのも、少しキモイ感じもする】
読了時間、5分。すでに最初の150文字であきらかに誤字がある。そして、内容は小説ではなく本当に思い出だった。しかし、これには数人感想をよせていて、まさに私もこれには笑わされ、そして最後はほろりとさせられた。いや、それ以前に何かがやはり心にひっかかるのである。そう、私もシチュエーションは異なるにしろ、似たような経験を持っているのだった。私のクラスにもブルースリーではないが、ジャッキーチェンのそっくりさんがいて、型は異常に決まっているのにめっぽう喧嘩に弱いやつがいた。
そしてそいつとは、その山根とは今も親友である。子供達同士も仲良くしている。
まるでこの池さんにそっくりだった。
そして絶叫プロポーズ、私のプロポーズを思い出した。
私は一世一代の勇気を振り絞って、妻にこう告白した。
「お前を、俺が墓送りにしてやる」
妻からのカウンターパンチをくらった。
私は「俺の墓に一緒に入ってくれないか」と言うつもりが、緊張のあまり思いっきり噛んでしまったのである。
そんな時代もあったねと苦笑いだ。中島みゆきだ。その船を漕いでいこう。ギターを胸より上でかき鳴らそう。
私は夢中でカトラス先生の作品を読んだ。
やはりどこか他人とは思えない。そしてその作風はどこかひょうひょうとして、心にスルリと入ってくる。ホラー作品においてもどこかユーモラスだったりする。
何よりも多作でそのアイディアは豊富だった。作者紹介や感想欄の返信を見ると、ご自分でも文章力を気にされているようだ。そして感想返信の誤字の面白さが秀逸だった。
風海都南子先生の感想の返信に「こんにちは、南海先生」と書いてある。さすがが「さうが」になっていたりする。
狙っているとしか思えない。私の「こりら」といい勝負だ。「こりら」VS「さうが」、「池さん」VS「山根さん」で戦わせたいものだ。
そしてこの先生の作品は回を重ねるごとに文章が変わってきている。上達されているのだ。
しかもいろいろな作品を積極的に評価し勉強されている。
もはや他人とは思えない。きっと年代も近いのではなかろうか。
私は夢中になってカトラス分析を続け、三時間後、ついに一つの結論をだした。
《私も作者になろう! 真の小説ばかになろう!》
私はこの瞬間、自分にとってはとてつもない決心をした。
そして決め手はこのカトラス先生。私は彼を見習って、少しずつでも小説なるものを書こうと決心した。
努力すれば少しは書ける様になるはずだ。
私のうちに秘めたる魂の叫びが、それ行けとばかりに飛び出す日が来るはずだ。
私はまずはペンネームを考える。一生懸命に。
カトラス先生にあやかって……サントス。なんか……古い。
サンクス。なんか……インパクトが薄い。
私は瞑想に入り、宇宙との交信を始めた。何か良い名前はないものか。
瞑想している私に、ある記憶が蘇ってきた。
私は会社に入社仕立ての頃、英語力を身につけようと近所の教会の日曜学校に行っていたのである。むろん、金がないからだ。
そこには男女20人くらいが集い、聖書の話と日常英会話の授業があった。先生はアメリカ人で神父さんだった。
そんなある日、先生が一人一人にメモ用紙を一枚づつ渡し、そこに英語で動物の単語を書きなさいとおっしゃった。
まず目をつむり、降りてきた言葉を書きなさいと。
私も皆に倣って、降りてきた単語を書いた。しかも得意気に。なぜなら少し難しい単語だったからだ。
神父さんは皆に目を開けるようにおっしゃった。
そして一人ずつ紙を読み上げた。ほとんどの人が、dog(犬)やcat(猫)等と書いていた。
いよいよ私の番になり、神父さんが私が書いた単語を読み上げると会場にどよめきがおこった。神父さんはわたしに
「スバラシイ、アナタハ、シッカリト神ノメッセージヲウケトリマシタ。今回ノメンバーデハアナタダケデース」 と賞賛しだした。
はっきり言ってべた褒めである。
「アナタハ、ワタクシタチノ仲間デース。サッソクセレモニーヲハジメマース」
私は屋上に案内された。
そしてそこには馬鹿でかい浄化槽のようなものがあり、きったない水が並々と入っている。
訳がわからぬまま白いムームーのようなものを着せられ、その浄化槽に肩まで沈められた。
訳がわからなかったが、神父さんをはじめ、皆がニコニコしながらお祈りをはじめ、中には泣いている人もいて異様な光景だった。
そしてお祈りが終わるとぶどう酒を飲まされ、平べったい白いパンのようなものを口に入れられた。
「今日カラ、アナタモワタクシタチノナカマデース! ヨハネ!」
と神父さんが叫び、周りの皆が拍手をする。そして口々に私をヨハネ! ヨハネ! と呼ぶ。
私は寿志なのだが……。そして帰りに印鑑を押させられ、なぜか圧力鍋7点セットと聖書一冊を7万8千円でローンを組まされていた。
よくわからなかったがしばらくしてその教会はなくなり、私もヨハネと呼ばれることはなかったが、鍋セットは今も妻が使っているのでまあ普通の買い物だったんだろう。
しかしいまだにヨハネになった意味が分からない。
そのときに私が書いた単語はhippopotamus=河馬だった。
私はあんなに大勢の人から結婚式と入社式以外拍手をされたことが無かったので(しかも泣きながら)コレをペンネームにすることにした。
カトラス先生にあやかって、ここにネット小説作家を目指す「ヒポポタマス」が誕生した。
私は作者登録をするときに指がふるえた。なんとか作者登録をすませ、記念すべき第一歩としてカトラス先生にメッセージを送ることにした。
【はじめまして。実は私、カトラス先生のその向上心と作家魂に触発され、そして感銘し、本日作家登録を行ったヒポポタマスといいます。先生のカトラスにちなんで命名いたしました。まだ一作も書き上げてはおりませんが、ぜひともメッセージをお届けしたく、失礼とは知りながらも送らせていただきました。突然ですが先生の作品を読み、とても他人とは思えず、共感してしまいました。特に池さんは感慨深いものがあります。まあ、私の友人はジャッキーチェンでしたが。囲碁、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします。ヒポポタマス】
送信した。とてもすがすがしい気持ちでいっぱいである。まずは第一段階はクリアだ。
そしてまだまだ夜は長い。私はとにかく一作書いてみようと試みるのであるが、緊張と疲れのあまり眠気が襲ってきた。
早寝をして明日早起きをしようと心に決め、エアコンをガンガンにつけて布団にくるまり、至福の思いで床に就いたのだった。