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その2

 今日は最悪だった。

 最悪な一日……今日は会社で上司とモメた。

 そしてうだるような暑さの中、死に物狂いで帰宅し妻と喧嘩した。

 

 まずは会社での出来事だ。

 私の上司の名前は鈴木一郎という。そう、あのスーパープレイヤーと同じ名前ということをひどく鼻にかけている。

 裏をかえせば、それくらいしか自慢することがないような男だ。

 いつも帰りに備品をごっそりかばんに忍ばせているのを何度も目撃している。

 なのに、モノがなくなっている! と社内の女子やお局が騒ぎ始めると全部「いたずらな妖怪」のせいにする。

 妖精ならまだしも、妖怪である。

 この上司と今日はモメたのである。

 はっきりいって仕事でモメるならまだいい。まだ前向きに納得できる。 

 しかし、この日は違った。

 私の手元に小包が渡された。世界興行という聞いた事も無い会社の名前だ。

 開封すると、なんと金髪の巨乳裏DVD「腐った果実」全6巻がペロリと顔を出した。

 

「はああ?!」

 

 私はつい声をあげてしまった。皆がなんだなんだとこちらへ近づいてくる。

 お局や女子社員はきゃっと言って眉をしかめて見ているが、同僚達はニヤニヤとしながらワイワイと品定めをはじめ、私のデスク半径1mはさながら男子校の昼休みのような賑わいをみせた。

 なんとなく甘酸っぱくてほろ苦い思い出がよみがえる。

 そこへ満を持して現れたのが、鈴木一郎である。


「なんの騒ぎだね! 福田君、一体どうゆう事なんだね!」

 

 全く身に覚えの無い私はさあ? といって上司を見た。やっぱり髪型が変だった。

 全体的におかしいが特に髪形は際立っていた。まさかとは思うがもしかしたら一部は油性マジックで書いているのではないかと思わせるような、なんとも形容しがたい形である。

 七三とかスポーツ刈とかではなく、円柱とか三角錐という表現がぴったりだ。

 

「さあじゃないだろう、君ぃ、君がこんなものを頼んだから届いたんだろう? ええっ?」


 私の顔の前でまくしたてる。ちょっとこの世のものとは違う臭いがして眩暈がする。

 これってなに? 

 そういえば鈴木一郎が飲み会に遅刻してきて、座敷に座った途端、近くにあった空気清浄機が一斉に作動するという珍事が思い出される。 

 

「君ぃ、何とか言いたまえ」


 今時、言いたまえなんていう人いないし。面倒くさいから黙っていた。


「これ、買いたい人〜」

 

 開き直って商売をはじめた。

 お金を払っていないのに私宛に来たのだ。

 家には持って返れないし、金髪は趣味じゃないので少しでもお金になれば嬉しい。明日の昼飯が豪華になるだけの話だ。


「いくら?」

「うーん、1本300円から」

 すぐにプチオークションが始まった。鈴木一郎は顔を真っ赤にして怒鳴り始めた。

「こ、こらあ! 何してるんだっ! これは、没収するぞ!」


 はあ? 大の大人がなんで没収? 中学生か。

 鈴木一郎は真っ赤になってデスクをばあんと叩いた。

 その拍子に名刺大の紙がひらひらとポケットから落ちる……そう月の光がひらり、ひらり今まさに。


「なんですか、これ?」


 女子社員が拾うと「世界興行クレジット決済システム」と書かれアドレスが載っている。


「どういうことですか?」


 私が詰め寄ると案の定、


「いたずらな妖怪の仕業だ! このフロアはお祓いが必要だ!」

 

 狂ったように叫びながら消えた。一体なんなの?

 自分が妖怪だということに気付けよ。

 とんだ濡れ衣を着せられ、一日中、気分が悪かったが財布はあったかくなった。

 それはまだいい。

  

 問題は家に帰ってきてからだ。

 5月だというのに連日暑さが続き、暑がりの私にとっては最悪の毎日。

 特に疲れて帰ってくると暑さのほかに子供たちのうるささで、暑さが倍、いや三倍増加する。

 妻は反対に寒がりだ。ここで発生するのがエアコン戦争だ。

 もちろん、電気代のことも考慮して、かなりのガマンはしている。

 私はアイスノンやヒエピタコを最大限活用し、熱湯につけてしぼったタオルで体を拭き(こうすると熱が蒸発する時に涼しい)拭いてすぐ扇風機にあたるなどの努力をしている。

 さらにはタライをもちだし、狭いバルコニーで部屋の電気を消し行水までしたことも一回や二回ではない。

 何もしていないわけではなく、そこまで努力をしてそれでも暑いときはエアコンをつけさせてもらう。

 今日も大変暑く、私は帰宅するなり暑い暑いを連発し、妻に頼んでエアコンをつけてもらった。


 はあ、極楽、極楽とばかりに大の字に寝転び、汗がひくまで束の間の涼を求めていると


 《ルルルルゥー》

  

 我が家の電話が鳴っている。


「モシモシ? 福田です。誰ですかあんた」


 ぎょっとした。

 電話に出るのが今一番のマイブームのモモコの声がする。

 飛び起きようとしたところ、何かが風を切る音がする。


「とうっ」


 どす。


 ぐっ……大樹……フライングボディアタックはあれほど禁止といったじゃないか。

 体が小さい分、ピンポイントで狙われた部分のダメージは予想以上に大きい。


「お父ちゃん、泣いてるの?」

「あ、う……いや、泣いてない、飛び降りたらダメだっていってるだろ」


 悶絶しながらも電話のほうを気にすると、妻がモモコから受話器を奪い、片手は受話器、もう片手はモモコの耳をつねりながら、あらあらすみません、はい、はい、などとよそ行きバージョンの声を出している。


「ぼくもいっしょにねるぅ!」

 

 大樹は腹巻とパンツ一丁の格好でニコニコしながら隣に小さい大の字を作った。

 暑いがよく腹を壊すのでこんな格好をさせられている。

 

 あら、まあ、すみませんです、いえいえ……一体誰と話しているのか。

 モモコは叱られて半べそをかきながらサヤエンドウのスジ向きをしている。


 はい、はい、では失礼します……電話が終わったようだ。


 プツン、プッシュウーゴォォォ…………


 いきなりエアコンのスイッチが切られた。えーなんでーと見上げると妻が立っている。

 顔は明らかに不機嫌だ。


「鈴木さんから電話だったわ」

「ええっ、俺はそんなもの買ってないよ! ほんとだよ! 金髪とか趣味じゃないしってそういう問題じゃないけどさ」


 まだ妻は何も言ってないのに私は言い訳を始める。まったく鈴木の野郎、なんなんだよ、小学生じゃあるまいし。


「キンパツ─、キンパツ─」


 モモコと大樹が喜んでキンパツの歌を歌っている。もちろん即興である。


「そんなこと当たり前よ。怒ってんのはそこじゃないわ」


 おお、やはり夫の潔白は信じてくれたのか、さすが我妻。


「売上」

  

 妻は手のひらをこちらに向けて黙って差し出す。

 そ、そこか。わたしはシブシブ6千円を手渡した。私の夢が消えていく。


「売上を隠しておくなんて信じられない」


 エアコンは止められ、汗をだらだらかきながらビールとモモコの涙の味がするサヤエンドウを食べる。

 さすがに暑くてこれでは明日仕事を頑張れない、お前の生理痛みたいにつらいんだと訴えた。


「わかった、じゃあコレ使って。リサイクルショップで買ってきた」

 妻がごそごそと出してきたのは業務用巨大扇風機だった。

 目をテンにしている私をよそに、スイッチを入れる妻。


 バウ──ゥゥン。バウ──ゥゥン。


 扇風機というより飛行機のプロペラだ。

 それを私の顔に向ける。サヤエンドウは吹っ飛んだ。

 涼しいというより大量の生暖かい暴風が熱と気力を奪う感じだ。スゴイ音である。


 そして自分は子供を風呂に入れ、さっさと寝てしまった。


 なんだかやりきれない日だ。最悪である。

 私は麦茶を片手にまたもやパソコンの前に座った。こうなったらヤケ読みだ。

 どうかすると麦茶にも小さなさざ波が立つほどの威力の追い風にのって、私はサイトを開く。

 とりあえず、昨日の感想に返信があるかもしれないので覗いて見る。

 変な誤字だらけで失礼な内容だったために、先生が怒っておられるかもしれないし、返信などないかもしれない。

 なにしろ初めての体験なので、緊張する。

 クリックしてみると返信がきていた。


 【拙作にお付き合いいただき、ありがとうございます。貴重なお時間をいただいた上に、感動したとまで言っていただけるなんて……うれしくって思わず踊ってしまいます。おばあちゃんなんで、盆踊りなんぞを^^; 月の光は……太陽と比べたら暗いです。うん。雪月花。誰がどれなのか。

 この作品は月というお題をいただいて書いたものなので、実は悠理と仁史を主人公に置いた、雪の章、花の章もそれぞれ書こうかと、ふと考えたこともあったのですが。

 悠理はともかく、仁史が雪や花? 無理がありますよね〜。

 まじめな話、啓治も別に月っていうわけではなくて、雪月花――四季の美しさを代表するもの――の言葉には、心の中にある友情や愛情、やさしさといったものと重ね合わせたつもりでして。

 月も確かに太陽と比べれば暗いですけど、心が闇に包まれそうなときに必要なのは、すべてを照らしだそうとする太陽の押し付けがましさではなく、月の光のようなさりげない優しさ、って、こういったことをはっきりと意識して書いていたわけではないので、自分でもよくわからんです(泣) すいません。改めてお礼を。ありがとうございました】


 感動した。

 気付けば正座をして読んでいる。

 そして文学的でやはり意味がわからなかったが、よしとしよう。先生ご自身もよくわからんです(泣)となっているので、たとえ私が理解したとしても失礼にあたるかもしれない。

 お前に何が解るんだと。

 そして普段お礼もいわれない私に2回もありがとうを言ってくれている。もう充分すぎる。

 おばあちゃんのはずがないのだが、きっと文学的過ぎて少し様子がおかしいのかもしれない。

 何はともあれ感動。弥招先生ありがとう。

 さあ、今日は何を読もうか……スクロールしていたら、とてもタイムリーなタイトルが飛び込んできた。

 【ひとりの鈴木/作者:椎名 奎】

 私はすぐさまあらすじを読む。どんだけの鈴木なんだ。いっそ鈴木を消してくれ。


 【「面白い。俺と勝負をしようじゃないか、鈴木」婚約と昇進をかけて、人類滅亡プロジェクトを計画した、エリート社員のスズキ平塚。数々の災害を乗り越える、人類最後の生存者の鈴木という名のおっさん。スズキと鈴木の、未来と生命をかけた戦いの果てに、彼らが最後に下した決断は、ちょっぴり切なくも心温かいものだった】


 一体どんな話なのか、き、気になる!エリート社員は福田寿志に置き換えて読むことにしよう。福田と鈴木の戦いだ。



 20分後、私は椅子の上に正座をして目を輝かせていた。お、おもしろい、面白すぎる。

 私は20分という時の間、思う存分はらはらし、笑い、涙ぐみそうになり、そして感動した。

 一本の短い映画を見終えたかのような読後感だった。

 地球をほしがるたくさんの異世界の住人の中から、どっかの星のスーパーエリートの「スズキ」が地球人類の一掃を計るが、どんな災害にもその強運のせいで生存する目の上のたんこぶ「鈴木」をなんとか葬り去ろうと悪戦苦闘する。しかし「鈴木」は死なない。

 強運だけでその災害をするりと抜けて一人けなげに生き続けるのだ。

 彼の唯一の所持品は「鈴木」と書かれた表札のみ。確かに家族とともにこの世に生きた証しはその表札だけなのだ。


 とにかく悪戦苦闘する「スズキ」の姿とひょうひょうと生き延びる「鈴木」という中年おっさんの姿がすばらしく可笑しいのだ。

 どこかの鈴木と違って愛すべき「鈴木」の姿がそこにある。

 「鈴木」は決してスーパーヒーローではなく、普通の中年のおっさんだ。

 次々と見舞われる災難を、恥ずかしい悲鳴をあげながら握り締めた表札とともに回避していく。誠に哀れな孤高のおっさんだ。

 私はこのおっさんにたくさんの事を教わった気がする。


 この作品の感想欄をみると、どの人も素晴らしく面白いと評価されている。

 私はうんうんと頷きながらいちいち目を通していった。

 もう同じ苗字というだけであのドグサレ鈴木一郎もこの「鈴木」さんに免じて許してやろう、そんな寛大な気持ちにもなってゆく。

 そして椎名先生はどなたかへの感想の返信欄に

 【実は当初、初投稿で登場人物がおじさんでは、きっと見向きもされない、やはり若者が活躍する方が良いのではと思っていました。けれど平凡にして非凡な鈴木さんを気に入って下さる方が沢山いてくれた事は、癖のある人を書くのが好きなわたしにとっては、とても嬉しい誤算です】

 と書かれていた。まさに平凡にして非凡な先生である。

 若者がよいと知りつつ、おっさんという爆弾を投げつけた。

 私は今日の嫌な気分が吹っ飛んだ。家族に改めて愛さへ感じる。

 もう鈴木一郎もどうでもいい、どうせ妖怪なのだ。しかし同じ地球に生きてるのだからともに共生していこうではないか。

 発想がやけに壮大だが、それも「ひとりの鈴木」におかげである。

 ありがとう、椎名 奎先生。

 

 私はプロペラ扇風機を回しながら、壮大な気持ちのまま床についた。

 その晩は「鈴木」と一緒にアルマゲドンを乗り越え、嵐の中を進む夢を見た。

 きっとプロペラの爆音のせいであろう。

 そしてまた、清々しい気持ちで目覚めた。歯を磨くために台所を横切る。

 はっ! またもやペナルティーが1増えてる、なんで? なんでえ!


 (食べ物を粗末にしたから)


 プロペラのせいで吹っ飛んだサヤエンドウがひからびて壁にくっついていた。




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