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71話 解呪後

 

 ◇◇◇



 リズリーの呪いが解けた直後、彼女たちのもとにはジグルドを先頭に、第二魔術師団の面々がやって来ていた。


「リズリーちゃん! 大丈夫か……!」

「リズリーさん!」

「皆さん……! 助けに来てくださったんですか……っ!?」


 急いで駆けつけてくれたのか、皆の肩が上下に揺れている。


「当たり前です!」

「リズリーちゃんはもう、俺たちの仲間だろ!」

「……っ」


 こうやって、当たり前のように駆けつけてくれること。

 結界の外でも、仲間だと言ってくれること。

 嫌悪や嘲笑ではなく、心配や喜びを向けられること。

 それが、嬉しくてたまらなかった。


「ジグルド、ゼン、他の皆も来てもらってそうそう悪いが、念の為ユラン・フロイデンタールを拘束してくれ。俺はあまり魔力が残っていなくてな」


 リズリーにいの一番に駆け寄ったジグルドやゼンに、ルカは淡々と告げる。

 彼の視線の先には、床に座り込み、視線を落とすユランの姿があった。


「……それは構わねぇけど、これはどういう状況なんだ? それとルカ、俺たちがリズリーちゃんを見ていつも通りいられるってことは、呪いはもう解けたんだよな?」


 抵抗を見せないユランを、魔法でジグルドが拘束しながら問いかけた。


「リズリーの呪いについてはお前の言う通り、解呪に成功した。そして、ユラン・フロイデンタールは──……」


 それからルカは、この場にいる仲間たちにユランがリズリーを呪った張本人であることや、クリスティアを洗脳した犯人でもあること、代表契約についてや、過去に呪いの術式を盗んだ罪もあること、そしてリズリーを手に入れるために魔法を駆使して数人を手に掛けたことを説明した。

 以前からルカに詳細を聞いていたジグルドこそ反応は少なかったが、他の多くの者はかなり驚いていた。


「ルカ……こいつをどうするつもりだ?」

「こいつがしたことは重罪だ。……とはいえ、呪いを使用した者への処罰については陛下がお決めになるだろう。ここにいる何人かでユラン・フロイデンタールを王城へ運び、沙汰を待つ他ない」

「そうだな。分かった」


 状況が飲み込めたジグルドは、より一層魔法でユランの拘束を強めた後、複数の部下にユランを連れて行くよう指示を出した。

 ユランは団員たちにされるがまま、立ち上がる。

 力が入っていないのか、ふらふらとしているが、おとなしく出口へと足を進めていく。


「ユラン……」


 ユランに拉致をされ、呪った理由を耳にし、ルカに助けられ、呪いが解け──未だに動揺を持つリズリーだったが、一つだけ分かっていたことがあった。


(きっと、もう会えない……)


 ユランにどのような処罰が下されるかは分からないが、ユランは加害者、リズリーは被害者だ。

 もう一生、笑いあえることはないのだろう。


 だから、きっとこれが最後の会話だ。


「ユラン」


 リズリーが呼び止めると、ユランを連れて行こうとする団員たちが足を止める。ユランは、ゆっくりとリズリーの方に視線をやった。


 団員たちにすぐに済むからとだけ告げたリズリーは、心配そうにこちらを見つめるルカに笑顔を浮かべた後、真剣な表情でユランに向き合った。


「私はやっぱり、ユランがやったことは許せない。……ううん、私だけじゃない、多分お姉様もだと思う」

「…………」

「でも、幼いころ、優しかったユランも、穏やかに笑うユランも、本当の貴方だと知ってるから──」

「……リズ、リー」

「今までありがとう、ユラン。……さようなら」


 リズリーが別れを告げると、ユランは俯いた。

 彼の頬から顎へと伝った涙がポタポタと床を濡らす中、彼は自らの足で出口の方へと歩みを進めながら、小さな声でこう言った。


「リズリー、悪いけど、今から言うことをクリスティアにも伝えておいて。……本当に、ごめん」

「……っ」


 その言葉を最後に、バタンと扉が閉まった。

 緊張が解けたからか、悲しみに襲われたからか、体の力がふっと抜けて倒れ込みそうになるリズリーを、ルカは優しく支えた。



 ◇◇◇



 ルカたちは屋敷の外に出て、複数の団員たちが馬でユランを王城へ運ぶのを見送る。

 そのあと、ジグルドたちは一斉にリズリーのもとへと駆け寄った。


「リズリーさん、呪いが解けて本当に良かったね。いろいろ思うところはあると思けど、僕は素直に嬉しいよ」

「ゼン……」


 色々というのは、ユランのことを指しているのだろう。ゼンは、本当に優しい子だ。


「これで、リズリーちゃんは自由に屋敷の外に出られるな! 今度俺が気に入ってる飯屋に連れてってやるよ!」

「ジグルドさん……」


 快活な笑顔でそう言うジグルドは、出会った時からずっと心強い兄のような存在だった。


「いやー、こんなにめでたいことはないな! これはまた宴だな! 絶対!」

「そうだそうだ! 我らがリズリーちゃんがやっと呪いから解放されたんだからな!」

「皆さん……」


 他の団員たちも皆、一様に笑顔で解呪を喜んでくれている。


 結界の外でも、彼らの笑顔が自分に向けられている。


 改めてそれらを理解すると、リズリーは目頭が熱くなってくる。


「リズリー」


 ルカに名前を呼ばれ、リズリーは振り向いた。


「皆が、こうして自分のことのように喜んでいるのは、リズリーがこれまで俺たちのことを大切にしてくれたからだ」

「ルカ様……」

「呪いからの解放、おめでとう、リズリー」


 リズリーは、幸せをかみしめるように微笑んだ。



 それから暫くして、リズリーたちも帰宅の準備も始めた。

 空を見上げれば、雲行きが怪しくなってきているため、急いだほうが良いだろう。


「ルカ、お前拘束魔法も使えないくらい魔力が消耗してるってことは、もちろん転移魔法も使えないんだよな?」

「ああ、だから一頭馬を貸してくれ」

「あいよ」


 屋敷の外に繋いでおいた馬一頭を、ジグルドがルカのもとに連れて来る。


 以前、ルカが竜の討伐へ行った際も馬に乗っていたが、馬を撫でる手つきから察するに、かなり慣れているのだろう。


(ルカ様と馬……なんだか様になるなぁ)


 皆が帰宅の準備をする中、ぼんやりとそんなことを思っていたリズリーの視線にルカが気付いた。


「リズリー、何をしてる。早くお前も来い」

「え?」

「え、じゃない。お前は俺と一緒だ。一人で馬を乗りこなせないだろう?」

「あ……」


 これまで、ルカとともに敷地外の外に出たのは祝勝パーティーの時だけだった。

 あの時は、夜にルカと馬に相乗りすることになんて、思ってもみなかった。


「それはそうなんですが、これ以上ルカ様にご迷惑をおかけするのは申し訳なくて」

「迷惑じゃない。それに、俺以外に乗せてもらうなら結局一緒だろ。良いからさっさと乗れ」

「わ、分かりました。よろしくお願いします」


 ルカに支えられ、彼の前に横座りで乗馬する。

 良かったなぁと言わんばかりの顔でこちらを見てくるジグルドに、リズリーはハッとして俯いた。

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