6話 選択肢は、私にある
数年前まで、第二魔術師団は魔物討伐任務の際の後方支援を務めることが多かった。それから徐々に魔物や魔法の研究に力を入れ、今は魔法等の研究機関という側面が強い。
そして、ルカの話いわく、噂に聞いていた通り第二魔術師団が呪いについても調べているということは事実らしい。
(……筆頭魔術師様が第二魔術師団に入ってからというもの、研究の一つに呪いが加わったことは知っていたけれど、まさか筆頭魔術師様自らがそこまでのことを……)
第二魔術師団が、呪われた魔術師団などと呼ばれている名前の由来は、呪いを研究しているからだけではない。
数年前、第一魔術師団に所属していたルカが突如、第二魔術師団に異動し、呪いの研究を始めたことが奇行扱いされ、ルカ自体が呪われているのではないかと周りが勘ぐったことも一つの要因だ。
そんなルカに続いて部下たちも呪いの研究を始めたので、ルカの呪いが移ったのではないか、第二魔術師団は今後呪いを蘇らせ、この国に呪いを蔓延らせようとしているのではないか、という噂まであるくらいだ。
(確か、悪逆公爵なんて異名が広がり始めたのも、筆頭魔術師様が第二魔術師団に移ってすぐだったわね。部下を実験体にしているだとか。だから、悪事がバレないために、魔法省ではなく自身の屋敷の隣に第二魔術師団の研究施設を移して、魔法省から距離を置いているだとか……。話を聞く限りでは、そうじゃないのかもしれないわね)
本当に部下を実験体にしているのならば、呪いが効かなくなるほど自身が呪いが浴びるなんてことはないのではないか。少なくとも、噂と完全に一致するなんてことはないらしい。
何故呪いがルカには効かないのか理解したリズリーに、「それで」と声を掛けたのはルカだった。
「お前はこれからどうしたいんだ」
「……どう、って」
「呪いを解きたいのか、そうじゃないのか」
「そんなの……っ、解きたいに決まっています……!」
ルカの言葉を遮ったのは、リズリーの切実な思いによる言葉だった。
何故そんな分かりきったことを聞くのだろう。
久々にユラン以外とまともな会話が出来る喜びよりも、ルカの質問に戸惑ってしまうリズリーだったが、次の瞬間、事態は大きく好転することになる。
「……なら解呪方法を探すのを手伝ってやろうか」
「…………。えっ……?」
ぽかんと口を開けるリズリーに、ルカは一切表情を変えることはない。やや鋭くて冷たい視線が、リズリーを射抜いたままだ。
「どうなんだ。……はっきりと言え。呪いの文献や資料なんかも第二魔術師団にしか置いてないから、自力では無理だと思うが」
「……お、お待ち下さい……! どうして……っ」
まさかの提案をされ、リズリーは困惑を隠せなかった。
(どうして、他人の私に……こんな提案をしてくれるの……っ?)
リズリーは過去に、自身の力で呪いを解こうとした。
しかし、呪いに関する資料や文献は自身の手に入る範囲にはなく、唯一呪いの影響を受けていないユランも知らなかったのだ。
そんなときどうしようかと考え、頭に浮かんだのが第二魔術師団のことだった。
呪いの研究をしている第二魔術師団ならば、解呪方法までは分からなくても、呪いにまつわる文献や資料くらいはあるだろうと思ったからである。そしてそれは、ルカの話曰く当たっていたらしい。
けれど、リズリーは第二魔術師団に行けなかった。それは、確証がなかったからではなく──。
「私を助けたって、貴方様にはなんの得もないじゃありませんか……! それに、呪いをかけられるなんて、相当誰かから恨みを買った嫌われものだとか、思わないんですか……っ!?」
第二魔術師団の人たちも、呪いの影響を受けてまともに取り合ってはくれないだろうと思ったからだ。
それと、ユランからあまり第二魔術師団には近付かないほうが良いと念押しされたからというのもある。
だというのに、あまりにも簡単にルカが救いの言葉をかけてくれるものだから、リズリーは困惑と動揺から、声を荒げた。
ルカは、大きく態度を変えることなく、静かに呟いた。
「お前が自分の呪いを理解しながらも、さっきの男を手伝おうとした。リズリー嬢の人となりは、それで凡そ理解できたつもりだ」
「……!」
「それと俺はこの世で何よりも呪いが嫌いだ。だから無くしたい、それが理由だ。そもそも、協力するだけで確実に解呪できる保証はないがな」
「…………っ」
何故ルカがそこまで呪いを嫌うかは分からなかったし、聞ける雰囲気でもなかったけれど、リズリーにとってこの提案は、藁にも縋る思いだった。
(もちろん、不安だってある。けれど、私……呪を解くこと、諦めなくても、良いの……? 可能性が、あるの……?)
リズリーは一度俯いてから、再びルカと目を合わせるように顔を上げる。
涙が込み上げてきそうなのを我慢するために目頭を指先で摘んでから、頭一つ分以上高い位置にあるルカの顔を、覚悟を込めた眼差しで見つめた。
「お願いします……っ、私を助けてください……っ!」
「…………」
「もう、嫌なんです……っ、大切な人たちから蔑まれるのも、仕事を罵倒されるのも、大好きな人たちに、嫌いだって言われるのも……っ、もう、嫌なんです……っ!!」
暗闇に溶けていくリズリーの叫び。一瞬の静寂のあと、ルカは切なげに目を細めてから、小さく頷いた。
「──ああ、分かった」
直後ルカは「それなら」と言って、ローブのポケットからとある魔法紙を取り出す。
そこには既に術式が描かれており、ちらりと表面が見えたリズリーにはそれが何の術式が直ぐに分かったが、動揺しているためか、なぜルカがその術式を取り出したのかまではイマイチ理解できず、目を何度か瞬かせると。
「早速行くか」
「あの、それって転移の術式ですよね? 今からご帰宅されるんですか……?」
「ああ。まあ、そうだな。というか、これからお前も行くんだ。早く俺に掴まれ」
「………………。はい!? えっと、もう夜ですよ……?」
ルカの話を聞くに、解呪は困難を極める可能性があるのだろうということは理解していた。
だから、何度かルカの元へ訪れたり、第二魔術師団にお邪魔することもあるかもしれないとは思っていたけれど、どうやらそんなリズリーの考えは甘かったらしい。
「何を驚いている。解呪には年単位で時間が掛かるかもしれないんだから、一緒に暮らした方が効率が良いだろう」
「はい……!?」
「第二魔術師団の隣には俺の屋敷があるから寝泊まりはそこだ。衣食に関してな
らある程度は保証してやるから安心しろ。それに……今は家に帰っても、辛いんじゃないのか」
「……っ、そ、れは……」
確かに、今家に帰っても、冷たい仕打ちをされるだけだ。
(流石にそれは……辛い)
もしかしたらルカは、そんなふうになる状況を察し、こちらの感情を汲んでくれたのだろうか。
(そこまでお優しい方なのかは、今はまだ分からない、けれど)
ユランに何も言わずに他人の家に行くだなんて、誰かに攫われたのではないかとユランが心配するだろうか。
それに、こんなにルカに頼ってしまって良いのだろうかという懸念もある。
けれど、リズリーは、ルカに吸い込まれるように、手を伸ばした。
「呪いのこともそうですが、生活面まで……ご厄介になってしまって、本当に良いのでしょうか……?」
「くどい。良いと言った」
そして、ルカはリズリーの手をそっと取ると、今までよりも幾分か優しい声色で問いかける。
「……聞くのはこれで最後だ。今から俺に付いてくるかは、お前が選べ。……自分で、決めろ」
ルカにそう言われたリズリーは、掴んでくれた彼の手をギュッと握り締める。
──未来に恐怖がなかったわけじゃない。懸念材料だってあった。
けれど、少しでも状況が好転するかもしれないのなら、この手を掴むべきだと思ったから。威圧的だけれど、選択肢をくれたルカが、なんだか優しい人に思えたから。
「私、付いていきたいです……! 少しでも可能性があるなら、それに賭けてみたい……っ」
リズリーがそう言うと、ルカはこくりと頷く。
それからリズリーの腰に手を回してから、もう片方の手に持っている転移の術式を発動させた。
「転移の術式が発動している間は絶対に俺から離れるなよ。手を離せば変なところへ飛ばされる」
「は、はい……! よろしくお願いします……!」
そうして、術式が展開されて二人は眩い光に包まれた。リズリーはギュッと固く目を閉じて、ルカから絶対に離れないように彼の手を力強く握る。
それは、二人が出会ってからものの十分足らずの出来事。
自らの意志で悪逆公爵だと呼ばれる悪名高いルカに攫われることを選択したリズリーの表情は、緊張と不安、そして希望に満ちていたのだった。