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51話  操られたクリスティア

 

 ◇◇◇



 きらびやかなシャンデリア。テーブルに並べられた色とりどりな料理の数々。大勢の美しいドレスに身を包んだ淑女たちに、彼女たちの手を取る多くの紳士たち。

 祝勝パーティー会場に入場したリズリーがそれらに目を奪われたのは一瞬だった。


「ねぇ、あれって──……」

「ああ。リズリー・ラグナムだ。忌々しい……」

「確かアウグスト公爵の婚約者になったんでしょう? それにしたって、よくパーティーに来れるわね」


 リズリーを目にした者たちは、次々に目を吊り上げた。

 嫌悪や憎悪、それに嘲笑。

 リズリーは一瞬怯んだが、先程までのルカとのやり取りを思い出せば、不思議と恐怖心は消えていった。


(うん、平気)


 それに、聞こえてくる声にルカへの悪口はない。

 むしろ、「あんなリズリー(悪女)に騙されて、公爵も可哀想に」というルカへの同情が多く、リズリーはホッと胸を撫で下ろした。


(正直、ルカ様にもかなりの悪評が流れているから、私と一緒にいることでより酷い噂が立ってしまうかもと思ったけれど、そんなことなかったわね。本当に良かった)


 エスコートしてくれている隣のルカを見上げれば、彼はリズリーを悪く言う参加者たちを睨み付けている。

 リズリーは小さな声で彼を呼び、にこりと微笑んだ。


「ルカ様、私は大丈夫ですから。眉間の皺、伸ばしてください」

「……分かった」


 やや不満そうな声が、なんだか可愛らしい。

 リズリーは空いている方の手で口元を覆い、クスクスと笑い声を零す。


 ルカは会場の端にリズリーを誘導すると、彼女を見下ろしてバツ悪そうに口を開いた。


「笑いすぎだ」

「申し訳ありません……ふふ。さて、ユランとクリスティアお姉様もパーティーに来ているはずですから、まずは探しますか? どうにか二人とも、できるだけ人気のない場所に連れていけると良いのですが……」


 ユランに真相を聞くこと、クリスティアの洗脳を解くこと。今日のミッションは、最低でもこの二つだ。


 しかし、こんなに人が多いところでは、どちらも難しかった。


(もしユランが呪いの首謀者だったとしても、周りに人がいる状態で口を割るとは思えない。それに、たとえルカ様がクリスティアお姉様の洗脳魔法を解いたとしても、事情の知らない周りの人たちには、ルカ様が魔法で他者に危害を加えているように見える可能性があるものね……)


 ルカは考える素振りを見せてから、リズリーの耳元にそっと口を近づける。


「そうだな。まずはあの二人を探そう。だが、その前にリズリー。一つだけ、約束しろ」

「なんでしょうか?」

「ユラン・フロイデンタールとは、絶対に二人きりにはなるな。良いな?」


 低く、力強い声色に、リズリーはコクリと頷いた。


「わ、分かりました……」


 まだ確実ではないとはいえ、ユランが呪いの首謀者である可能性が高い。しかも、何故リズリーに呪いをかけたのか、理由が一切検討がついていない状態だ。

 そういったことから、ルカはユランの危険性を鑑みて、ああ言ったのだろう。


(でも……)


 まだユランを信じたい自分がいる。ユランの疑いを解きたいと願う自分がいる。

 けれど、呪いを誰よりも憎み、解呪に尽力してくれているルカの前でそんなことが言えるはずはない。


「よし、なら行こう。とにかく、あの二人がどこにいるか探さないとな」

「そうですね」


 ルカとまた腕を絡めたリズリーは、会場内を歩き出した。



「リズリー、悪いが少し待っていてくれ」

「はい! いってらっしゃいませ」


 ルカが国王への挨拶へ向かったのは、ユランとクリスティアを探し始めて五分ほど経ってからだった。

 国王の側近らしき人が、ルカへ国王のもとへ行くよう伝達しに来たのだ。


 ルカはユランとクリスティアを早く見つけ出したい様子だったが、国一番の地位にある国王の命に逆らうわけにはいかない。

 しぶしぶ国王へ挨拶をしに行ったルカの背中を見送ったリズリーだったが、僅か数分後、すぐさま帰還したルカの姿に驚いた。


「待たせたな」

「ルカ様、早かったですね……! もうご挨拶はよろしいのですか?」

「ああ。最速で終わらせてきた。この会場でお前を一人にするのは心配だからな」

「……!」


 さらりと言ってのける目の前の男に、リズリーの胸は高鳴る。

 周りの貴族たちからの悪口は未だに聞こえてくるのに、そんなことは比にならないくらいに、ルカの言葉は彼女の心を埋め尽くした。


(って、だめじゃない、私! ルカ様はただお優しいだけ! かりそめの婚約者だから、あんなお言葉をかけてくれるだけなのに)


 そうやって、期待してしまいそうな浮ついた心を、自らで諌めていた時だった。


「久しぶりね。リズリー」


 背後から声をかけてきたのは、まるで血に塗れたような深紅のドレスを纏ったクリスティアだった。


「! クリスティア、お姉様……っ」


 まさか、あちらから声をかけられるとは思わず、リズリーは目を丸くし、声が上擦る。

 ルカはあまり表情に出ていないが、僅かに開かれた目から驚きが見て取れた。


 一方で、クリスティアは動揺を微塵も感じさせないほど平然と、リズリーからルカへと視線を移した。


「アウグスト公爵様、ご無沙汰しております。前回の討伐任務以来ですわね」

「……そうだな」

「ああ、そういえば、リズリーと婚約したのですよね? おめでとうございます」

「……ありがとう」


 ルカは言葉少なに返答しつつ、クリスティアを見ながらスッと目を細めた。


「ルカ様……?」


 不思議そうに名前を呼ぶリズリーの腕を掴んだルカは、クリスティアの目の前で彼女を腕の中に引き入れた。


「えっ、ルカ様……!?」

「すまない、お前の家族に婚約を祝ってもらえたことが嬉しくて感極まってな」

「はい……!?」


(どうしてしまったの!? 婚約者の演技をするにしても、こんなに大勢の前で抱き締めるなんてルカ様らしくない……)


 ルカの腕の中で、彼の行動の真意を考えるリズリーだったが、次の瞬間、耳元でこう囁かれた。


「クリスティア嬢の魔力が乱れている。他者の魔力の影響を受けていると考えてよさそうだ。おそらく、洗脳魔法だろう」

「……!」

「術者がユラン・フロイデンタールかどうかは定かではないが、その可能性は高いな」


 前回の竜の討伐任務の際はクリスティアと距離があって見えなかったようだが、今回は彼女の魔力の流れをはっきり見えたという。


 ルカの目は、他者の魔力の流れや乱れを見ることができる。リズリーが呪われていることにも気付いてくれたことから、その力は折り紙付きだ。


(ルカ様がここまで仰るってことは、やはりユランはクリスティアお姉様に洗脳魔法を──……)


「うふふ、仲がよろしいんですのねぇ」


 妹の幸せを喜ぶような、どこかからかうような、そんな跳ねた声色ではない。淡々とクリスティアがそう言った矢先、ルカはリズリーを解放した。


「……ああ。見ての通りだ。それで、わざわざ挨拶するためにここへ?」

「愚かな妹を引き取ってくださったアウグスト公爵様にはお礼を伝えないといけませんでしょう?」

「リズリーは愚かなどではない」

「ルカ様……」


 クリスティアがリズリーを悪く言うのは呪いのせいなのに、ルカはこうして否定してくれる。

 流して構わないと思う一方で、彼のこういう真っ直ぐなところが、リズリーにはありがたかった。


「随分入れ込んでいらっしゃるんですね。まあ、なんでも構いませんわ。実は、アウグスト公爵様にはお礼以外にもお伝えしたいことがありますの」

「なんだ」


 クリスティアはにんまりと口角をあげた。


「遠くない内に、私たちは身内になるでしょう?親睦を深めるためにも、私と一曲踊っていただけません?」

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