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43話 下を向いている暇なんてない


「…………!」

 ルカの驚いた顔に、リズリーは覚悟していたような顔を見せる。


(そうよね。いきなりこんな話されても意味が分からないわよね)


 だからリズリーは、順を追って説明することにした。


「まず私が祝勝パーティーについて知っているのは、先日ユランからの届いた手紙に書いてあったからです。ユランとクリスティアお姉様も参加すると書いてありました」

「……なるほど。それで、どうしてリズリーも参加したいんだ? 正直……術式さえ書いてもらえれば、俺だけで事足りると思うが。それに」


 ルカは悲しそうに表情を歪ませる。リズリーにはそれが何故なのか分からなかったけれど、視線をそろりと下げて言いづらそうに呟いたルカの言葉に、その理由を痛いほど知ることになった。


「お前は今関わる人全員から嫌われる呪いを掛けられている。……それなのにパーティーなど不特定多数の人間が集まる場所に行っては嫌な思いを──……」

「ルカ様は私のことを、心配してくださっているのですね」


(本当に、お優しいお方だわ……)


 三年間呪われていたのだから、人から嫌われることにも慣れているだろうと、そんなふうに思っても致し方がないというのに。 


 ルカはいつだって、リズリーを心配してくれる。


「ルカ様、ありがとうございます。けれど私は大丈夫です」

「リズリー……」


 大勢の人から嫌悪の瞳を向けられ、わざと聞こえるように悪口を言われることだって想像に容易い。もちろん、それはリズリーとって辛くて悲しいことだし、もうあんな目に遭いたくないとさえ思う。


 ──けれど。


「ルカ様と一緒なら、きっと大丈夫だって思うんです」

「…………っ、そう、か」

「あっ、その、社交があまり好きではないルカ様にパーティーへの参加を強いるのは申し訳ないと思っていますし、私を婚約者として連れて行ったら、ルカ様にご迷惑をおかけすることになるとは思いますが……その」

「そんなこと、気にしなくていい」


 ルカは照れくさそうにそう言うと、少し意地悪そうに笑ってからリズリーの頬に手を伸ばす。

 柔らかな頬をむにっと摘ままれたリズリーは、声にならない声を出しながらルカを見つめると。


「可愛い」

「……へっ!?」

「……それで? リズリーがパーティーに参加したい理由は何だ?」

「は、は、はい! えっと、ですね」


 可愛いなんていきなり言われて頭が真っ白になったリズリーだったが、コホンと咳払いをして自身を落ち着かせると、口を開いた。


「ユランの手紙には、“久々に会いたいから、リズリーもパーティーに参加したらどうか”と書かれていました」

「なっ」


 リズリーは公爵邸に来てから、基本的に外には出ていない。外に出ればまた嫌悪の目に晒されるからと、ルカが屋敷内で不便がないように色々と取り計らってくれていたからだ。


 つまり、そんな状態のリズリーにユランが会うとすると、ユランが公爵邸に足を運ばなければならないわけだが。


(いくら従兄であり古くからの付き合いがあるとはいえ、異性であるユランがわざわざルカ様のお屋敷にまでやって来て私に会いたがったなんて話、もしも社交界に広まったらユランの評判も落ちかねない。彼はきっと、そんなことはしない)


 だから、パーティーにリズリーを引っ張り出そうとしているのだろう。

 そのこともルカに説明したリズリーは、続けて自分の考えを口にしたのだった。 


「呪うほど憎い私に何故会いたいのかは分かりませんが……話せば、ユランが何を考えているか、何故呪ったのか、何故お姉様を巻き込んだのか……分かるかもしれません。だから私はその誘いに乗ろうと思ったんです」

「だが危険だ! お前を危険な目に遭わせるわけには──いや、俺が守れば良いだけの話なんだが……そういうことではなくて、いや、守るなら良いのか……?」

「ふふ、焦っていらっしゃるルカ様はあまり見られないので、新鮮ですね」


 口元を隠すようにしてリズリーが笑うと、そんな彼女を見てルカが前髪を掻き上げてバツ悪そうな顔を見せる。


(ルカ様、何だか可愛い……それに、俺が守るだなんて、何だか、恥ずかしいのに嬉しい)


 ポッと赤く染まった自身の頬をバチンと両手で叩き、リズリーは緩んだ表情を引き締め、姿勢を正した。


「ユランとは二人きりにはなりませんし、大勢が集まるパーティーならばそれほど危険はないと思います。それに、私がパーティーに行きたいと言った理由は、他にもあるんです」

「……? というと?」

「もし姉の洗脳が解けた場合、屋敷の敷地内に入れば呪いの影響も受けず、お姉様は完全に正気に戻るはずです。そのときに、側にいたいのです。……これは私の、単なる我儘なのですが……」


 大好きだった姉──クリスティア。そんなクリスティアに呪われた事実は、いくら事情があると信じていたリズリーだとしても、辛いものだった。


 だが、クリスティアが望んで呪ったわけでも、リズリーのことを本気で嫌ったわけでもない可能性が高いと分かった以上、一刻でも早くクリスティアと昔のような仲睦まじい姉妹に戻りたかったのだ。


「それは我が儘でも何でもない」

「……ルカ様……」

「…………。分かった。祝勝パーティーは一緒に行こう。心配はあるが、俺はリズリーの気持ちを優先したいからな」

「……っ、ありがとうございます……!」


 感謝の気持を伝えるべく深く頭を下げれば、すぐさま顔を上げるようルカに指示され、リズリーはキョトンとした顔を見せる。


 すると、ルカはずいと身を乗り出してリズリーに顔を寄せると、薄っすらと目を細めた。


「それで? まだ何か話があるんだろう?」

「……えっ! 何で分かったんですか!?」

「顔を見ていれば何となく分かる。……で、何があるんだ? 話してみろ」

「……実は──……」


 ルカに促されたリズリーは、それからポツポツとある考えを話し始める。その間ルカは、丁寧に相槌を打ちながら、真剣に話を聞いてくれたのだった。



「とりあえず、リズリーがどうしたいのかは分かった」


 話し終わる頃には、ルカは呆れと微笑が混じったような表情を見せて、そう呟いた。


「お前は、相変わらず優し過ぎるな」

「優し過ぎるのはルカ様の方では……?」

「悪逆公爵と呼ばれている俺に優しいなんて言うのはお前くらいだよ」


 ルカの言葉に、リズリーは勢い良く立ち上がる。


「そんなことはないと思います……!」

「……突然何をそんなに興奮しているんだ」

「ルカ様がご自身の優しさを理解されていないからです……! どれだけルカ様が優しくて、私どんなに救われているか……今から演説してもよろしいですか……!?」


 腹の底から声を出してそう伝えれば、ルカは呆気にとられたのか口をぽかんと開けて、直後口元に手を寄せる。

 そして俯いて肩を震わせるルカに、引っ込みがつかなくなったリズリーはぷりぷりと怒り出して、「もう!」と声を上げたのだけれど。


「……なんか悪ぃ……すんげぇイチャイチャしてるとこ邪魔すんのは流石の俺でも胸が痛むんだけどよ」

「……っ、ジグルドさん……!?」

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